第3話 柚子香とメッセージをやり取る日々。
誉から話が回ったのだろう。
家では母親が不満半分、…怒るに怒れない顔で俺を待っていた。
母親は俺を見るなり「なんで柚子香ちゃんを拒んだの?」と聞いてくる。
よく知らないがなんだここは?明治か?大正か?今は令和だぞ?
俺の素っ気ない「柚子香のためにならないからだよ」という返しに、父親はヘラヘラと「柚子香ちゃんはモデルやアイドルみたいに可愛いんだから、雄大も嬉しいだろ?勿体無い」と話しかけてくる。
そうじゃない。
内春柚子香が嫌なんだ。
それが言えればどれだけ楽だか。
「アンタが柚子香ちゃんを受け入れていれば、ウチは内春家で3番目に偉くなれたのに」
本音がダダ漏れの母親。
旧姓佐藤さんはすっかり内春さんになっている。
「今でも十分だろ?周り連中から頭ひとつ出てるんだから、不相応な夢を見るなよ」
「何よその言いぐさ!男の癖に!」
母親はすっかり内春の女になっていて女尊男卑になっている。
まあ内春家の女は、頭のおかしい働き者だらけだ。
母親は家事もこなしながら父親の仕事も手伝う。内春家に相互扶助の目的で使う金を入れる為に在宅の仕事もこなす。
その努力と成功体験が母親を内春の女にしてしまった。
「仮に言うけど、俺が柚子香と関係を持つ。そして柚子香が本気の恋をして、俺との関係を悔いた時、誉婆ちゃんが黙っていない。そうなったら母さんは今までの分も含めて、周りから突き上げを喰らう。この話、誉婆ちゃんから言われて母さんが了承したんだろ?責任を取らされるのも母さんだよ」
俺の言葉にグッと唸る母親。
俺が「でもいいだろ?俺は柚子香の婚約者だってさ。母さんに何か言える奴はいないだろ?それでいいじゃないか」と続けると、母親は損得勘定を走らせて「そうね」と言って、「柚子香ちゃんを大切にしなさい」と釘を刺された。
別に大切って言われても普段の生活に接点はほとんどない。
柚子香は週5で習い事だなんだと忙しい。
土日もエステだ付き合いだ買い物だと出歩いている。
俺は社会勉強としてバイトに行けばいい。
すれ違いで柚子香がキレて、関係が終わりになれば万々歳だ。
そんな甘い考えをした自分を軽く呪った。
平日は会えないのは問題ない。
だがメッセージアプリでのやり取りは求められた。
それを言われたのは1週間後だった。
柚子香の奴はウチまできて、腕を組んで胸を突き出すようにして「なんで朝も夜もメッセージがないの!?」と怒鳴ってきた。
玄関から見える外には父親に車を出させたのだろう。ご近所迷惑的に停車されている。
「何でって、起きる前に鳴らして眠れる時間に目が覚めたら悪いし、出かける時にメッセージで手間を取らせちゃ悪いし、夜だって寝てたら悪いし」
全部柚子香の為なんだとアピールをしたら、「そ…そう言う事なら仕方ないわ。でもそこら辺のきめ細やかさを養いなさい」と言われ、柚子香の平日のスケジュールを教えられた。
朝は6:00に起床。7:00に家を出る。昼は12:30から45分、放課後は大概16:30に学校を出て、習い事に行ってから就寝は23:30。
コイツ本当にハードだなと思った。
教えたのだから、そのタイミングでメッセージを入れろと言うものだった。
頭痛いと思いながらも、貞操を守る為だと諦めて翌週からある程度は守ってみた。
「おはようございます」
「お昼です」
「放課後です」
「お疲れ様です」
「おやすみなさい」
これだけを1週間入れ続けたらキレられた。
また父親に運転をさせてウチまで乗り込んでくると、腕組みをして胸を突き出しながら、「雄大!ふざけないで!」と怒られる。
俺が「俺のメッセージはこんなもんだ」と言おうとしたら、柚子香の奴は他のいとこ達とのメッセージのスクショを見せてきやがる。
ちっ、もう少し人間味のある文章を使う事がバレてしまった。
「とりあえず月曜日には「ふざけてましたごめんなさい」と送ってきて。8時25分よ。絶対よ!時間厳守!」と言われる。
俺の「理由言ってくれなきゃ送ってやんない」という返事に、本当に「キィィィッ」と怒った柚子香は、張り合っている勝田台風香に見せびらかしたいのに、素っ気ないメッセージでそれを見た勝田台風香から、「業務連絡みたい」とバカにされてしまって大変ご立腹だそうだ。
死ぬほどどうでもいい。
そして柚子香は来ると、玄関でキスを求めてくる。
別に一度したのだから勝田台だか国府台だか知らないが、そいつに向けて勝手に吹聴しておけばいいのに面倒くさい。
俺は母親の視線を感じながら、柚子香にキスをして見送る。
…会いたくない。
だからちゃんと演じよう。
そう心に誓った。
キチンと月曜の8時26分に、「リアクションが見たくてふざけていた。もう少し続けたかったけど怒るからやめる。ごめん」と送ったら、「今回は許してあげる。照れないでちゃんと送ってよね」とすぐに返ってきた。
そして夜中に着信で「雄大?アナタわざと1分遅れたでしょ?」と言われる。多分メタクソ慌てた事だろう。ザマアミロと思いながらも、「こっちにも話しかけられて応えたりとかあるからキッチリなんて無理だ、これでも話の腰を折って送ったんだ」と言ったら、「あらそうなの?じゃあいいわ」と言った後で、嬉しそうな声で「おやすみ」と言われて電話を切られた。
…また明日には「寝不足だわ。夜中に彼氏と電話しちゃった」とかやるのかと思ったが、勝手にしてもらう事にした。
俺を知らない人間に、趣味が裸踊りとか吹聴されても俺は構わない。
俺は週末に乗り込まれたくないのでキチンとメッセージを送る。
キチンと芸を細かくして、聞いていた時間から5分くらい前後させたり、今日の天気や昨日のニュース、時事ネタを織り交ぜておいた。
まあ時事ネタはわざと柚子香の知らなそうな話を選んでやった。芸人のネタとか絶対に知らないだろう。それでも真剣に返信をしてくるのは真面目だなと思ってしまった。
俺は頑張ったのに金曜の午後に誉から呼び出された。
呼び出された事で怒られるかと思ったら、「アンタも可愛いところがあるじゃないか。そう言うところを柚子香が気に入ったのかもね。これからもよろしくやりなさい」と言われて解放された。
怒られないで済んだ。
それは良かった。
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