第4話
レクリエーションの中でも俳句は人気らしく、1回目の俳句から2週間も経っていないのに、また2回目もやることになった。
わいわいと入居者たちが俳句を詠みあっているなか、桜さんは俺ばかりに話しかける。
「シモン、友達とは遊んでるんかい?」
「ああ、うん。ほとんど毎日遊んでるよ」
事実だったか、それはそれで『勉強もしたほうがいい』と言われるだろうかと思い直す。
勉強もしてるよ、と言おうとしたら、桜さんが先に「それはよかった!」と破顔した。
「心配してたんよ。学校も行かず、ずっと家におって。このままおらんくなってまうんやないか、って……。
そうか、友達と遊んでるんやね。よかったよかった」
えっ、と声を出しそうになって、咄嗟にグッと息を呑んだ。
学校に行けない状態。それどころか外にも出られず、祖母に命の心配をされるなんて……。
きっと現実のシモンは、そんな自分に絶望して命を断ったのだろう。
名前が同じなだけで関係はないと思っていたシモンと、俺自身が重なる。
もしかしたら俺にも、シモンと同じような結末があったのかもしれない。
桜さんの様子を伺う。苦しい過去を忘却した桜さんは、ニコニコ笑っていた。
きっと、忘れるしか救いはなかったのだろう。こんな最悪な現実、とても受け止められないに違いない。
「実は夏休み明けたら、学校に行こうと思ってるんだ。友達もいるし」
せめてこの妄想の世界だけは守ってあげたい、と思う。
「ほんまに? 無理せんでええからねぇ、生きてるだけでええんやから」
いいことではないかもしれないし、ボランティアとはいえ支援者失格かもしれないけれど。
「俳句もね、シモンとのこと思い出して書いたんよ。これ。覚えとる?」
『夏休み 宿題無視し 山駆ける孫』
ごくありふれたシーンなのに、描写しているのが死んだ孫の背中と思えば涙が出てきそうな俳句だ。
「おばあちゃんのとこに顔見せてくれんくなったのは寂しかったけど……。新しい夏の思い出、作ってるんやねぇ。嬉しいわぁ」
「……うん。今まで会ってなくてごめん。ボランティアの最中は来れるから」
「ほんまやねぇ、嬉しいわぁ。でも来年は受験生かな? シモンは頭がええから」
シモン、頭よかったのかよ。こんなにいいばあちゃんもいるのに、なんで、死んじまったんだよ。
ニコニコして『シモン』のことばかり話す桜さんの幸せな声音は、悲壮な色を伴って部屋に響く。
その幸せな言葉は、すべて虚構であるとみんな知っているから。
「そういえば、シュウマは元気?」
「シュウマ……?」
「忘れたん? あんたの叔父さんよ。あんたもちょこちょこ、面会くらいには行っとるやろ? いや、行ってないんかなぁ」
俺にはシュウマさんが元気か元気じゃないのか、本物のシモンが会ったかどうかもわからない。
しかしおそらく入院してはいても、桜さんの記憶の中でシュウマは生きている。シモンと同じく、現実では亡くなっている可能性はあれど。
だから俺は、その記憶と期待を肯定するだけだ。
「ああ、叔父さんね。この前父さんが面会に行って、元気そうだって言ってた」
「あらぁ、そう! わたしも老人ホームで、遠方やしでなかなか行けんくて心配しとってんよ。そうかぁ、よかったわぁ」
適当なことを言ったのが申し訳なくなるくらい、桜さんは顔を輝かせる。
「ヒデオに伝えてぇや。ほんまにシュウマのことで迷惑かけてごめんな、ありがとうって」
「うん、わかった。伝えておくよ」
「ありがとうなぁ」
桜さんはニコニコ笑う。何も知らないで。あるいは、何も知らないフリをして。
「ああ、あとね」
ふと思い出したかのように、
「立派に大企業に勤めるのはええことやけど、母さんはあんたが生きてさえいればええんよ、って伝えておいて?」
いつものことを言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます