レポ

 ソープへの予約を入れた。

 自慰も一日だけ耐えることが出来たので、前回とまったく同じようにはならないはずだった。住んでいる市内にはソープがないので、県境を越えなければならない。このわずらわしさが、今まで躊躇っていた理由の一つだったが。


 ■ ■ ■


 ライ麦畑を捕まえては野崎訳と村上訳を一回ずつ読んだが刺さることはなかった。良いと思った部分は二つ。妹が可愛いことと、ポン引きからボコボコにされて金を取られた場面だけだった。果てしなく浅い感想で申し訳ないが、なぜ好きかは言語化しづらい。案外あまり好きじゃない主人公がボコボコになって喜んだのかもしれないし、暴力行為が出てきたことに喜んだだけかもしれない。

 もしかしたら、私がソープでをして、店の人のボコボコにされたという前ぶりだと思う人がいるかもしれないが、そんなことはなかった。だが思うのはポン引きに殴られることは物語になるが、ただソープへ行くだけでは物語としては山が乏しいということだ。物語を劇的にするには他者が必要だが、積極的に他人に関わろうとしないので、山が存在しえない。ドラマチックな場面で自分の欠点を指摘されてハッとすることが出来ないから、こうやって自虐を並べるしかなかった。


 何度も風俗へ行った流れを書こうとしてみたがどうもうまくいかない。

 自己弁護と過度な装飾の文、あるいは淡白で乾いた文で取り繕えば、不快感のない風俗レポ―トを書けると勘違いしていたのかもしれない。ただ実際に出来上がったものは、40~50代が書いてあるであろう絵文字交じりのレポや、10代が書いていると自称しているアニメキャプ交じりのレポとの違いは見いだせなかった。いや湾曲表現が多く何が言いたいのかわからないので、挙げた二つのほうがレビューとしての質ははるかに上だった。結局のところ「お前らとは違う」という感情隠せておらず、他者を見下すことでしか留飲を下げれないのがすぐにわかる。『キモくない風俗レビューは存在しない』と言葉が頭に浮かんだが、それはそれで個人の問題を全体に責任転換しているだけにも思える。たまりにたまった風俗ポエムの没原稿は、すぐにゴミ箱に行くことになった。だから出来るだけ省略するしかない。

 童貞は捨てた。捨てた……と言っていいのだろうか。勃ち、入りはしたが、出すことはできなかった。長時間腰を振り続け、もしかしたらもう少しでいけるかもしれないと焦りが募りつつも、結局出すことはできなかった。もうすぐ時間だということで、手でしてもらうことになったがそれでもなかなか出ず、固く目をつむって今季のアニメキャラの妄想をしながらなんとかことを終わらせることが出来た。その時は惨めだとは思わなかったが、相手側もプロで気遣いがうまかったのだろう。逃げるように入った近くのスーパー銭湯に向かおうとしたら、店の人に「どこへ行くのです?」と言われて、行きも帰りも送迎だったことを思い出して慌てて弁明した。その後炭酸泉に浸かりながら、そう言えばすごく惨めだなという気持ちが溢れてきた。

 時折性欲と言うものを嫌悪することに憧れることがある。

 嫌悪しているわけではない。ノクターンノベルズで「催眠 常識改変 透明人間 存在無視」等のワードで毎日検索するのが日課だった。風俗に行くか、skebで同じ金額を払って官能小説を書いてもらうかかなり迷った結果前者をとった。画像生成AIに打ち込むワードでお気に入りのプロントは「Two women. Black hair. Blonde hair. Black panties. Red panties. Business suits. Earrings. A troubled face. Short hair. Very long hair.(女性が二人。黒髪。金髪。黒いパンティ。赤いパンティ。ビジネススーツ。イヤリング。困り顔。ショートヘア。すごく長い髪。)」だった。R-18の広告バーナーが大量に貼られた匿名掲示板に入り浸っていた。そんな自分が性欲を憎んでいるはずがない。

 それでも、もし憎む側に立てたらと思う。小説を読んでいて、出てきた女性主人公が風俗を利用する客を憎んでいる時、それに後ろめたさを感じずに同調出来たらと。SNS男女論がにぎわっている時、肯定であれ否定であれ風俗は一度も利用したことがないし、するつもりのないという立場に立てたらと。それはもしかしたらこの世で最も醜い憧れなのかもしれない。大したことはない。ただ劣等感はまた一つ増えた。


 そこで気が付く。これはいわゆる「風俗説教おじさん」の心理だ。やることをやったくせにそのものを批判する。嬢に当たるのか、システムや概念に当たるしか違いがない。なりたくなかったものに既になっていた。それに加えて『自分の手のほうがよかった』等、幾万の童貞が踏み鳴らした轍を辿るような感想を言っている。

 とりあえずは好きな曲の売春における買い手と売り手の関係を共犯者と称した部分だけを聞いて、自分を慰めた。

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