第32話──信じる心
「王子! それは、まだっ!」
フリーダは言っていた。王子は紋章をまだ使いこなせていないと。使えない力を無理に発動しようとすれば暴走してしまうかもしれないと。
「紋章は使えないはずじゃなかったのか!?」
「危険は承知だ! だけど、たとえ僕が倒れようとティナがいる!」
さらに光は強さを増していく。光は小さな欠片へと分離し、以前、中庭で見たように無数の剣が王子の周りを取り囲み目にも止まらぬ速さで回転していく。
「くそっ! こんな──」
男の持っていたナイフは弾き飛ばされ、光に目がくらみ手も足も出せないでいた。それは私も同様で王子の起こす現象をただ見ていることしかできない。
王子を囲む剣が縛っていた縄を切り裂く。ゆっくりと立ち上がると王子は、右手を頭上高くへと掲げた。
太陽の輝きを放つ剣は、円環に回転しながらその中央に集まっていく。剣だけではない周りの岩石を巻き込み砕かれた瓦礫すら呑み込んでいる。それはきっと小さな太陽。高密度の圧力で周囲の全てを一点に凝縮し、太陽そのものが形成されていく。
暗闇に包まれた洞窟は、もはや昼間のように明るかった。
だけど、直感的にわかる。この力は危険だ。コントロールを失えば、いつ爆発的な力を拡散するかわからない。そうなれば魔法を放つ王子をも巻き込む爆発が起こるかもしれない。
これ以上は──止めなければいけない。
太陽が収縮を繰り返す。それは心臓の動きに似ていた。一定のリズムで鼓動が続く。しかし、徐々にリズムは狂い鼓動が激しくなっていく。私が王子に向かって走り出したそのときには、太陽は極端に縮まり、そして弾けた。
「王子っ!」
瞬く間に目を焼くかと思ってしまうほどの強烈な光が拡散し、爆発音が鼓膜を震わせる。王子に向かって跳んだときに私の目に飛び込んできたのは、苦痛に顔を歪ませる顔だった。
硬い地面へと全身が叩きつけられる。崩れた岩石がすぐ隣へと落ちてきた。
「王子! 王子っ!」
光が消えた影響でよく確認できないが、いちこちに火傷を負っている。それに、意識が。
「王子! ……王子!! なんで、なんでこんな……」
息はしている。でも、体を揺すっても頬を叩いても、呼びかけても意識が戻ってくることはなかった。
「そうだ……処置が必要……王子、肩を──」
ダメだ持ち上がらない。アーダンと違って非力な私では、王子を運ぶことができない。
後ろで岩が落ちてくる音がした。土ぼこりが舞う中で黒い人影が揺れる。
「暴走覚悟とは、やってくれたな、王子」
咎人の男だ。でも、王子の魔法で傷を負ったのか両腕で胸を抱えるようにしてやっとのことで立っているように見える。
「ティナ・アールグレン。ここは一度引かせてもらう。だが、お前は咎人の呪いとともにある。人の世界に居場所などあるはずがない」
男の歪んだ笑顔の前に再び岩が落ちてくる。土煙が消えたときにはもう男の姿はなく、代わりに最後に創り出したのであろうフォヴォラの巨影が召喚されていた。
フォルムは犬に似ていた。決定的に違うのは頭が3つあることだった。3頭がそれぞれ意志を持ったように窮屈そうな巨体で周りをうかがい、空気を震わせるほどの咆哮をする。
すぐにでも攻撃するべきだった。でも、できなかった。剣を持っていない。それにフリーダとは違い近距離でしか戦えない私では、動けない王子を守りながらこれだけの巨大な相手と戦うことはできない。
──なんで私はいつも力がないんだろう。
王子の方へ向き直る。まだ目は閉じたままだった。
「目を覚ましてください! 王子!」
体を揺すり、頬を叩く。何度も何度も。こうしている間にも足音がどんどんと近付いてくる。
「お願いだから! 今すぐ起きてください! 逃げてください! 王子──マリク……ねぇ、目を開けてよ! 動いてよ! マリクッ!」
地面が大きく揺れた。反射的に顔を上げれば、頭上から大きな岩石が落ちてくる。避けられない──と思ったそのとき、背中に熱を感じた。
火柱が岩石を包み込む。次の瞬間には青い一閃が岩を砕いていた。パラパラと破片が顔にかかる。
「やぁっと、本音を話せたみたいね! ティナ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます