第33話──もう半分の血の力

「……フリーダ? ……アーダン……?」


 そこにいたのは2人の仲間の姿だった。アーダンはすぐに王子へ駆け寄り、フリーダは私の側に来た。


「どうして……ここが」


「呆けてる場合じゃないわよ! 洞窟が崩落しかかってるの! 外にいてもわかるでしょ、ほら立って」


 目の前に出された手をつかんで体を起こしてもらったけど、なぜかフリーダは不敵に微笑んだ。……待って、2人が今ここにいるということは──。


「クールぶっていてもやっぱりまだ18歳。あんたの泣き叫ぶ姿、最高だったわ」


 カーッと顔が熱くなった。き、聞かれていた! いったいどこから!?


「王子、気がつかれましたか?」


「王子!」


 アーダンの声にはっとして王子の方を見る。薄っすらと瞳が開く。王子は辺りをうかがうとすぐに私の目を見つめて微笑んでくれた。


「よし、時間がない。まずは、3人であの犬みたいな怪物を──」


「……いや、アーダンとそしてフリーダは王子を外へ連れていってほしい」


 王子の笑顔のお陰で急速に頭が冷えていく。暗闇を目を凝らして拾うことのなかった剣を探す。


「ティナ! 何を言ってるんだ! 君も一緒に」


「王子。その状態では、逃げてもすぐに追いつかれます。それに、こんな巨大なフォヴォラを街に放り出すわけにはいきません。私がここに残り、怪物を倒します」


「ダメだ! 手傷を負っているのは君も同じ。危険過ぎる」


 3つ頭が吠える。私の方を6個の目が真っ直ぐに見ている。ようやく標的として認識されたらしい。


「わかってます。だからこその作戦です」


「しかし──」


「王子!」


 私は、初めて王子に向かって声を荒げた。翡翠の瞳をじっと見つめる。


「優しくしないでと言ったはずです。ここは戦場。王子には、適切な判断を求めます。それに、どうか私を信頼してください」


 もう時間がない。微笑みを一つつくり、大丈夫だと強調する。


 王子は、意を決したように口を開いた。


「いいかティナ! 君は、絶対に生き残らないとダメだ! 僕の命令はただ一つ! 君が生きて僕の元に帰ること! そうでなければ──」


 激しく踏み鳴らす足音と次々と岩石が落下してくる音で、その先の言葉はかき消されてしまった。


 2人が王子の横に並ぶのを確認すると、私は前方へと転がりながら銀の剣を拾った。立ち上がると、落ちてくる岩石を左右に避けながら進む。


 突然敵が歩みを止めた。中央の顔が口を大きく開け、中から焔色が見えた。


 目の前に落ちてきた岩を後ろに避けると、反動で大きく跳び上がる。剣を両手で持ち直すと、猛スピードで向かってきた火球に刃を当てて弾き返す。着地と同時に一気に加速した。


 狙いは、首。高く跳んで頭上からの攻撃も可能だが、あれだけ目があれば簡単に捕捉されかねない。身動きが取れない状況で今のような攻撃を受ければ、身が灼かれてしまう。


 ここだ。


 顎下に潜り込んで跳び上がる。だが、予想に反して金属にでもぶつけたような高音が響いた。


 全ての目がこちらをにらみつけた。3つの頭、それぞれから炎と水と雷の塊が放出される。


 なんとか地面を転がり、砲撃をかわすと後ろへと大きく跳んでフォヴォラと距離を取った。


「……硬い」


 まさに金属を斬ろうとしたような感覚だった。目を突けば倒すことはできるかもしれない。でも……。


 頭に違和感を感じて見上げれば、割合小さな岩石が落下してきていた。剣を振り上げれば、真ん中に亀裂が入り、私の体を避けて地面に落ちていく。


 岩石が落ちてくるスピードが増している。こうして悩んでいる間にも崩落は進み、今や唯一の出口が塞がれ、本当に逃げる術がなくなってしまう。


 ふと頭によぎったのは、戦闘前の王子の言葉だ。あのとき、王子は何を言おうとしていた?


 わからないけど、きっとまた私にとって大切な言葉。


 砂ぼこりが薄くなってきたところで再び3色の砲撃が襲ってくる。体を捻ってかわすと、3頭の犬が悔しそうに唸り声を上げた。


 あれは、おそらく犬のコピー。だから唸り声は威嚇。そして、次の行動は──。


 王子の笑顔が頭の中に浮かんだ。そうだ。王子の命令は絶対。いかなるときも私は王子のために。


 私は、すでに契約した。王子との約束は守らなければならない。だから、私はここで死ぬ訳にはいかない。


 ……あの力を使うしかないか。


 銀の剣を鞘へと戻すと、左手をゆっくりと地面に置く。地面に置いた手から黒い光が発生した。決して使うまいと決めていた、私の血の中にある咎人の力だ。


「王子の命が尽きるとき、私もまたその命燃やしつくさん」


 咎人の力に契約の、神の力を混ぜ合わせる。


 闇を照らすような眩ゆい光が辺り一面を白く染め上げた。


 王子は言ってくれた。私は、私だと。私はなんだ? 呪われた力を持ち、神の力も得た今の私は。


 答えはもう決まっている。


「私はティナ・アールグレン。王子の秘書官だ」


 咎人の力が怪物を創り出す力なら、私はそれに神の力を加えよう。私に与えられた神の力、それは剣だ。


 地底深くからつかみ取ったそれは、暗闇の中においても青白く輝く巨大な一振りの銀の剣だった。

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