第30話──明かされた正体

 銀の剣が落ちていく。カランカラン、と地面に当たった音がした。灯りがさらに男の顔を鮮明に映し出す。その下卑た笑みを忘れるはずがない。いや、何度も忘れようとした。呪われた運命とともに男にまつわる全てを忘れてしまいたかった。……でも、忘れられなかった。


 神に祝福されたと思ったのに。運命から逃れられると思ったのに。巡り巡ってまた呪われた運命は、最悪なタイミングでやって来た。


 無精髭を生やした咎人は、何も言えないでいる私の態度に満足したのかその笑みをさらに広げた。


「最初はな、あの場で王子をさらおうと思っていたんだ。ベルテーンの城下町でたいした護衛もつけずに歩いているところをな。神の紋章の一つ、太陽の紋章を授かったばかりの王子をさらえばいい交渉ができそうだろう。場合によっては、月の国──終わりの盾の国に渡したっていい」


 全身が震えているのがわかる。顔を上げられない。王子の顔を、綺麗な碧の瞳を見ることができない。


「だけど、お前を見つけて気が変わった。随分と大人びたが、その銀髪は覚えている。それに今のお前の顔は、あの裏切者の母親そっくりだ。人間となどと結ばれた哀れな女のな」


 ティナ・アールグレン! 剣を拾え! 動け! 頭を回せ! 王子が──王子が待ってる。助けなきゃいけない。王子を守るためにここまで来た! ……はずなのに。


「だが、それは過ぎた過去だ。母親を殺したとき、お前は弱かった。守ろうとすることも歯向かうこともできないほどにな。だから捨て置いたのだが、予想外にお前は強くなっていた。今のお前の力は神の祝福にあやかって平凡に生きている人間どもにはもったいない。我ら神に見捨てられた咎人のために使うべきだ。この世界を変えるためにな」


「あ……あっ……」


 息がうまく吸えない。頭に痛みが走り、ぐるぐると視界が回る。父が倒れ、母が刺され、血が流れるあの夜の記憶が何度も何度も頭の中で回り続ける。


「来い。ティナ・アールグレン。忘れたのか? お前は我々と同じ、人の創るこの世界に居場所などないただの咎人だ」


 ……私は、咎人。生まれ落ちたときから呪いと血に塗れた咎人。


 首を振る。必死に首を横に振る。


 違う。私は、そうじゃない。私は、私は──。


「違うよ」


 反響する王子の落ち着いた声が私の思考を止めてくれた。私の目は自然と王子をとらえ、私の耳は王子の声を聴く。


 王子はこんなときでも、私の目を見て微笑むと高らかに大きな声で宣言してくれた。


「ティナ・アールグレンは、王子の秘書官! 咎人だろうがなんだろうが変わらない! 今も昔も、僕の隣がティナの居場所だ!」


 暗がりにおいてもなお、王子の姿が光り輝いて見える。太陽が照らしているかのように。あのときもそうだった。王子に──マリクに全てを話したあのときも、マリクの顔は太陽の光に照らされてキラキラと美しく輝いていた。


「──ってめえ! いい加減に──」


 男が手に持ったナイフに力を込めた。


「やめろ!」


 寸前で手が止まる。でも、ナイフの切っ先で皮膚が破け首筋から血が出てきてしまった。


「これ以上、王子を傷つけるわけにはいかない」


 私の心は、何を言うべきかもう決めていた。喉奥から絞り出したような声は情けないほどにか細くて、いまだに体は震えていた。それでも、私はこう言わなければいけなかった。


「王子を解放してほしい。そのためなら私は、貴様についていく」


 今、この状況で私ができるのはこれしかなかった。  

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