第29話──本当の目的

 これが戦場ならば血なまぐさい臭いに鼻が曲がっていたことだろう。もう何十体かわからないほどに沸くフォヴォラを両断しながらひたすら真っ直ぐに進み続けた。洞窟はまだ掘られたばかりなのか、途中に分かれ道などはなく迷うことなく王子がいるであろう最奥へと向かっていけている。


 また、幸いなことに街で襲ってきたような、あるいは〈アヌ〉国の宮殿を襲ったような大型のフォヴォラも出現せず、野生動物に毛が生えた程度の影しか出てきていない。


 光がある以上、影はある。だから咎人は無限にフォヴォラを創り出すことができるのだろうか。この能力が神の力だとするならば、その可能性だって十分にある。


 突然、地面から飛び出るように姿を現した黒い影をわけもなく斬り捨てる。と、ほのかに揺れる灯りが見えてきた。


 王子!


 罠かもしれない。いや、十中八九罠だろう。それでもその灯りの方へ私の足は止まることがなかった。


 灯りの下へ足を踏み入れると眩い光に襲われ目が眩んだ。鈍く光る黒い光だ。寒気がするような禍々しい光が消えると、今までいなかったはずのフォヴォラの姿があった。


 普通の人よりも二回りほど大きな、物語に出てきそうな毛むくじゃらの巨人。それが大木のような太い腕を振り上げる。そのまま押し潰すつもりだろうが、振り下ろされる前に二本の腕は切り落とされ、次の瞬間には首がはねられていた。


 着地。と、同時に拍手の音が聞こえた。音がする洞窟の奥を見れば上半身を紐で縛られた王子が固い地面に横たわっていた。


「王子っ! 今! 助けます!」


「ダメだ! 来るなティナ!」


 駆け出そうとしたそのときだった。一人の男が灯りの当たらない暗がりから、まるで暗闇が分離したように静かに姿を現した。


 男は手からナイフを出すと、王子の首筋に当てた。


「勝手に話してもらったら困る。せっかくここまでおびき出したんだからな」


「今すぐその手を離せ! 王子には傷一つつけさせない!」


 くぐもった笑い声が上がる。男の目が光った気がした。


「威勢がいいな。子どもの頃とは大違いだ。……王子の秘書官か。強い力も得て、随分と出世したらしいな。威勢がいいだけでどういう状況か気づけてはいないようだがな」


 なんだ……? どういうことだ? 子どもの頃の私を知ってる……?


「話を聞いてくれティナ! 君はここにいてはいけない!」


「黙れって言ってんだろ!」


 男の拳が王子の顔面を殴り飛ばす。王子の綺麗な顔が痛みに歪んだ。


「貴様!!」


 今すぐに王子を助けたかった。この距離ならば一足飛びで男の懐に到達し、ナイフをはたき落とすことができる。だが、再び男はナイフを王子の首元に突きつけた。


「傷一つつけないんじゃなかったのか? ……まあ、いい。そうやって動かないのは懸命な判断だ。お前がいくら速くても首を刺せばそれで終わり。大事な王子の首から血が吹き出し、あっという間に命が失われる。ちょうど、あのときと同じようにな」


 あのときと同じ? さっきから何を言っている?


「何でもいい! とにかく王子から離れろ!」


 このままでは膠着状態が続く。だが、この男は王子を始末しようとしているわけではなさそうだ。男の狙いがわかればあるいは対処の仕様ができるかもしれない。


「……お前の目的は何だ? ──咎人だということはわかっている。狙いは、国家の転覆か?」


 男はまたもや嗤った。こちらの手の内を全て見透かしているような余裕のある笑い声だ。


「狙い? 今さら我々が一国家の転覆を狙うと思うか?」


「では、金か? それとも身分か?」


「そのどちらでもないね。金をもらったところでまともな取引なんてできやしない。咎人の身分は永久に変わらない。……それは、お前も知ってるはずだが?」


「……なんだと?」


 男の言葉に過去の記憶が蘇る。ダメだ、今は集中しろ。


「ここまで言ってもまだわからないのか? 存外鈍いやつだな。そうだな、目的を聞いていたな? 王子をさらった目的はいくつかあるが、その一つはお前だティナ・アールグレン」


「……なに?」


 洞窟の外から漂ってきた風が松明の灯りを揺らした。下卑た笑みを浮かべる男の口元が照らされる。


「お前の力がほしい。咎人の血が流れているお前のな。我々のところへ、こちら側へこい」 

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