第28話──一人、暗闇へ

 地を蹴り、空を舞い、視界に入った怪物を王からもらった銀の剣で次々に斬っていく。息はとっくに乱れて心臓がうるさいくらいに早鐘を打っているが、疲れるどころか指の先から足の先まで力が張り巡らされているように体は軽かった。


 でも、心は次へ次へと急いでいた。フォヴォラを斬る度に〈アヌ〉の民からお礼や感謝の言葉を述べられるが、構っている暇はない。1秒でも早く王子の捕われた場所を見つけなければいけない。


 今こそ冷静になれ、ティナ。何も考えなくていい。やることはと言えば敵の殲滅。そのためにするべきなのは剣を振るい、目の前の怪物をただただ消していくことだけ。


 政治の場のように面倒くさい駆け引きや知略を巡らすやり取りは必要ない。秘書官になる前の私がしてきたように、ただずっと戦っていればいいだけだ。


 醜い豚のようなフォヴォラが列をなして向かってくる。「契約」の言葉を述べて強化した力で横薙ぎにすると、一陣の風が撫でるようにフォヴォラの体を真っ二つにしていった。


「あそこだ」


 開けた視界の先──梯子をいくつか上った先にある洞穴から新たに何体かのフォヴォラが出現した。おそらくは鉱山夫が鉱石を掘り出すのに掘り進めた洞窟だ。


「王子……」


 剣を片手に持ち直して今にも壊れそうな梯子を上り始める。洞窟付近に群がった羽の生えた怪物たちが金切り声を出して滑空してくる。鋭いくちばしが顔に触れる寸前に剣で薙いだ。


 思わず舌打ちが出たのは、一体仕留め損なったからだ。左の頬に燃えるような痛みが走り、血が滴り落ちていた。


「うるさい」


 岩山の間を回旋し、もう一度鳴き声を上げながら突撃してきたところを確実に切り捨てた。


 止血する間も惜しんで次の敵が出てくる前に梯子を上り続ける。洞窟が見えてきたところで、周辺に現れたフォヴォラを下から跳び上がって仕留めると、そのまま何の光も見えない洞窟の中へと入っていった。


「マリク王子!」


 声を張り上げるも、何も見えない暗闇に音が吸い込まれていく。頭上には剥き出しの岩肌が迫り、大人がやっと3人並べるほどの狭さ。奥には多くのフォヴォラが待ち構えているのは間違いなく、本来なら目が慣れるまで動かないでいるのが懸命なのだろうが、そんな猶予も余裕もない。


 頬から流れる血を手の甲で拭った。王子はこれ以上の怪我をしているかもしれない。命すら危うい状況かもしれない。


 暗闇の中に王子の姿が浮かぶ。傍でつかえるようになってから、まだ一月も経っていない。それでもこれまでたくさんの姿を見てきた。紅茶を飲むときも、街を回るときも、戦うときも、命令を下すときも、かばってくれたときも、魔法の訓練に励むときも、いつもいつも王子は笑顔を見せてくれた。


 あの笑顔を、全てを守ると、秘書官になったときに誓った。この命を賭して守ると。王子が──マリクがいなければ、今の私はいない。マリクがいたから今の私がある。


「迷ってる暇なんてない。躊躇してるわけにはいかない」


 私は、王子の秘書官。いついかなるときも、王子のために全力を尽くすのみ。


 銀の剣を水平に構える。暗闇でもなおそれは、光を失うことはなかった。


「いざ、参る」

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