第27話──消えた王子
王子の声が聞こえない。なんで──。
「貴様! 王子をどうしたっ! 王子の身を守っていたんじゃないのか!?」
王子の側にいたはずの近衛兵の胸ぐらをつかむ。近衛兵は手を振りほどこうとしながらも何度も首を横に振った。
「も、申し訳ありません! 今のフォヴォラの攻撃で」
「他の者は!」
静寂が「NO」と答える。
「見ていないのか!? 誰か! 誰でもいい! フリーダにアーダン! 〈アヌ〉の者! 答えて! 王子は! 王子はどこっ!?」
誰も何も言わない。神妙な雰囲気が今の状況を間違いなく現実だと告げていた。私の手を誰かがつかんだ。
「ティナと申したな。落ち着け」
〈アヌ〉の王が胸ぐらをつかんでいたままの私の手を力づくでほどいた。
「落ち着けって、これが落ち着いていられるわけ──そうか、〈アヌ〉の王! 貴様の企みか! 貴様が咎人と手を組み、フォヴォラを利用して王子をさらった! 違うか!」
握ったままだった剣を構える。
「吐け! さもなくば私の剣で吐かせるまで!」
「落ち着けと言っている。無意味な仲間割れをしている場合ではないぞ。貴重な時間が無駄になる」
「窓にはずっとフォヴォラがいた! 出入口は扉一つのみ! この城を知り尽くしている貴様なら混乱に乗じて容易に王子をさらうことができるはずだ!」
「わからぬ娘だ。完全に頭に血が上っている様子。冷静に考えてからものを言え。我らが貴公の王子をさらって何の得があると言うのだ。ことは公の場で起こったのだぞ。〈アヌ〉と〈ベルテーン〉の間で戦争でも起こそうというのか。そんなことになってみろ。戦乱は世界中に広がり、咎人の思うがままだ」
「だが現にフォヴォラは倒した! ここにはもう奴らは存在しないはずだ!」
窓の外から大勢の甲高い悲鳴が上がった。窓際にいたアーダンが急いで外の様子を覗く。
「怪物だ! 奴ら街を襲ってやがる!」
! 王子、ならばそこに!
「ちょっと! 待て、ティナ! ティナ!!」
*
「王子!」
私のミスだ。敵を倒すことに集中するあまりに王子が連れ去られるのに気がつかないとは。
「王子っ!」
小型のフォヴォラがあちこちに出現し、鉱山の入口や建物の外で次々と街の人々を襲っている。撹乱しようとしているのか、そもそも街を襲うことが目的なのかわからないが、どこもかしこも混乱しきっていて状況をつかむのが難しい。
「たすけてぇ!」
まだ年端もいかない少女が獣型のフォヴォラに襲われて逃げている。体が動くままに怪物を斬り落とすと、黒い影はすぐに消えた。
悲鳴が鳴り響く。地獄のようなオーケストラだ。
「ありがとうっ!」
命からがら逃げ延びた少女は、こんな状況にも関わらず満面の笑顔になった。
「お姉さん。つよいんだね! ……そんなにつよかったら逃げなくてもよかったのに……おかあさんのこと守れたのに……」
よく見れば少女の手は血で真っ赤に汚れていた。黒髪にもべっとりと乾いた血の跡が残っている。
「まさ、か……」
笑顔だった少女の顔が急に曇る。自分の手をまじまじと見つめて、頭を抱えながら叫び声を上げた。
「おかあさん! うわぁああ! わたしだけ! わたしだけ! うわぁあああ!」
少女の泣き叫ぶ声を聞きたくなくて思わず、小さな身体を強く抱きしめてしまう。震える身体を抱えながら、腹の底から沸き上がる感情を必死に抑えつける。
「いつだって。いつだって、怪物は咎人が生み出す」
ならば怪物を一人残らず蹴散らしてしまえばいい。怪物が湧くところ、つまり咎人がいるところに王子はいる。
泣きじゃくる少女の顔を胸から離すと、ゴツゴツとした岩肌に膝をつけて、まだ光の点っている瞳を見つめた。
「怪物は私が必ず倒すから。だから、頑張るんだよ」
喉をしゃくり上げながらも力強くうなずく少女に微笑むと、私は大きく息を吐き出して悲鳴の先へと向かった。
「マリク王子。今、向かいます」
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