第26話──動揺と混乱

「王子! 無事ですか!?」


「大丈夫だよ……だけど、これは」


「王子は後ろへ下がっていてください! 近衛兵は王子を守れ! アーダン、フリーダは私とともに敵を迎撃する!」


 勢いよく白銀の剣を引き抜くと、一足飛びに近付いて飛び上がった。両手で柄を握り締めて上段から振り下ろす。


 が、硬い金属音が響き刃は返されてしまった。窓から突き出た顔に当たったもののまるで手応えがない。


「ティナ! 避けて!」


 張り上げた声に真横へと転がる。フリーダの分厚い炎の壁が同じく長いくちばしのついた鳥のような顔へと命中する。続け様にアーダンが槍を真正面に構えて特攻する。


「これで、どう!?」


「……いや、ダメだ」


 炎と黒煙が消えていくも、全く無傷の状態の様子で怪物は口を開けて咆哮した。飛んできた唾が髪の毛を汚す。


「硬すぎる」


 もう一度、剣撃を喰らわせるか。いや、効果があるのかどうか。それに敵の攻撃がまだわからない。対応を逡巡していると、ふわりと軽快な足取りで何者かが私の横へと舞い降りた。


「貴公らではらちが明かぬな。力を貸そう」


「アヌ王!」


「その呼び名は好きではない。気軽にイヴァンナと呼んではくれまいか」


 そう言うと、王は左手を掲げた。その手に宿るのは当然、9つの神の紋章の一つ──〈大地の紋章〉。またの名を〈豊穣の斧の紋章〉。


 生い茂る葉のような色鮮やかな緑の光が紋章から発せられると、自身の背丈の優に3倍を超えると思われるほどの巨大な斧が現れた。王は、その得物を軽々と振り回すと斜めに構えて怪物と対峙した。


「我らアヌの王は民を守るため、常に前線に立つと教えられてきた。皆の者、今一つ我の後に続け!」


 王は風のように速く移動すると、躊躇なく飛び掛かっていった。上段、中段、下段と絶え間なく斧による斬撃が浴びせられる。一打、一打、攻撃が振るわれると同時に空気が破裂するような音が生じ、見間違いかもしれないが空間が歪む。まるで、空気を一点に圧縮したように。剣でも、素早く振り上げれば空気を切るような音がするときがあるが、王の持つ武器はまるで違っていた。


「あれが、〈大地の紋章〉」


「〈大地の紋章〉を宿す者は、誰よりも強くある必要があるんです。我々アヌの民は、だからこそイヴァンナ様に忠誠を誓っている」


 いつの間にかバルスコフ大将が隣に立っていた。〈アヌ〉王と同様に手の甲の紋章が輝きを放つ。


「王子の秘書官殿。このフォヴォラは明らかに王子を狙った者。我々にとっては貴女方が招いた災害のようなものです。それなのに、ただ唖然と見ているだけですか?」


「違う! 私は──」


「では、禍根かこんを残さぬよう参戦を」


 私の言葉を遮ると、バルスコフ大将は王の後ろを追いかけていった。私にフリーダ、アーダン。神の紋章の力には到底及ばないかもしれない。だが、確かにここで手をこまねいて見ているわけにはいかない。王子の訪問を失敗で終わらせるわけにはいかない。


「アーダン! フリーダ! 私達の戦いを!」


 両者から掛け声が返ってきた。気を取り直して、剣を構えて走ると、壁を伝ってシャンデリアの上へと跳び上がる。室内の装飾と比べると、天井にぶら下がるシャンデリアは質素だった。


 バルスコフ大将は自らの拳を振るって戦っていた。肉体強化型の紋章なのだろう。アーダンも再び突撃し、長い槍を繰っていた。王も変わらず、常人には持ち上げるのも不可能と思われるほどの斧を振るっていた。


 攻撃はもう何十回と当たっている。だけどそれでも突き崩せないのは、やはり圧倒的な頑丈さゆえ。連撃を浴びせ続けられているはずのフォヴォラは、まるで怯む様子は見られなかった。それどころか、口を大きく開けて次の攻撃を繰り出そうとしている。


 フリーダの方を見れば、向こうもこちらを見上げていた。魔法のタイミングを見計らっているのだ。


 もう一度、フォヴォラの顔を見る。その顔は巨大な身体のまだごく一部で、破壊されたガラス窓の遙か下に胴体があるはずだ。


 真正面から戦ってもおそらくはきっと勝ち目はない。──だからこそ、私は跳んだ。


 フォヴォラの口が大きく開かれる。深い闇があるばかりの空洞からはチロチロと青色の塊が見えた。


「なっ! 全員、退避!」


 〈アヌ〉の王が命令を下した。急降下する肌に熱気を感じた。あれは、フォヴォラの口から吐き出されようとしているのは、高密度で圧縮された青い炎。


 全員が直撃を避けるために慌てて走り始める。だが、この瞬間こそが。


「今だ! フリーダ!」


 凝縮された青い炎の塊が吐き出された。どんな相手も攻撃のその瞬間こそが、最大の隙となる。


 前に突き出したフリーダの腕を複数の火の粉が舞う。火の粉は互いに混ざり合い一本の鋭い赤い矢となり空気を押して突き進む。矢が命中するのと同時に、私は渾身の力を込めてフォヴォラの頭上へと剣を振り下ろした。


 相変わらず硬く刃が通らない。でも、狙いは斬ることじゃない。僅かでいい。ほんの僅か顔が傾けば──。


「うぉおあおおりゃぁあああっ!!」


 青い炎が掻き消え、そこに現れたのはアーダンだった。雄叫びを上げながら走り寄ると、青く光る腕のままに両手で構えた槍を突く。


「!」


 巨体が動く。窓の外へ、後方へと倒れていく。


 城の外へ出れば吹き付ける強烈な風が髪の毛を逆立てていく。剣を握りしめるとフォヴォラの頭の上で回転し、もう一度剣を振り下ろした。


「終わってくれ!」


 刃は弾かれた。しかし、その巨体はもがきながらも地面へと堕ちていく。窓に向かって跳び上がった私の視界に映っていたのは、砂嵐のような分厚い土煙だった。


「ティナ!」


 差し出されたアーダンの腕を掴む。ゆっくりと城の中へと引き上げられ、ようやく息を吐くことができた。


 けれど休んでいるわけにはいかない。王子の安否を確認──。


 急いで立ち上がって、辺りを見回す。そんな、そんな馬鹿な!


「王子は、マリク王子はどこへ行った!?」

 


 

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