第25話──急襲

 王子もまた挨拶を交わした。〈アヌ〉国の王は、女性だとは聞いていたがイメージとはだいぶ違った。体つきががっしりとしている。一見、細くしなやかに見えるが、長い間欠かすことなく鍛錬を積んできた体だ。


 そして何より、王と呼ばれるにはまだ若い。血気盛んな雰囲気は、常に戦いに身を置く者の力強さを感じさせる。


 お互い形式的な挨拶を交わしたところで〈アヌ〉の王が私の方を向いた。


「おや、貴公は?」


「ティナ・アールグレン。私の秘書官です」


 王は面白いものを見つけたというように目を細めて微笑むと、「なるほど」と言葉を漏らした。


「面構えがしっかりしている。それに身のこなしもなかなか。秘書官という割には若いが、将来有望と言ったところか。歓迎しよう。政治の場にいる女性は貴重だからな」


 何も言わず深々と頭を下げた。言い方にどこかトゲがあるのは気になるが、私が何かを言える立場ではない。


 アヌ王は玉座に戻ると、肘掛けに腕を置いて頬杖をついた。


「して、だ。王子。一つ気になる噂を聞きつけてな。少しいいか?」


「フォヴォラの件ですね」


「そうだ」


 やはり噂はすでに他国にまで広がっていたか。無理もない、というよりもむしろ当然と言った方がいいかもしれない。フォヴォラの脅威は世界共通だ。


「聞くところによると、ベルテーンの成人の儀の翌日に襲われたらしいな。しかも貴公は少人数で街に繰り出していたとか。この者たちと同じか?」


「はい、そうです」


「なるほど。まあ、咎人が人前に現れるのは久方ぶりのこと。対応が後手に回ったのは仕方のないことだろう。だが、それと同じ人数だけで我が国に訪れるというのは、いささか思慮に欠けるのではないか?」


 つっ……。回りくどい嫌な言い回しだ。


「我が国とベルテーン。隣国同士ゆえに歴史が深いことは当然、貴公も知っておられるだろう。『終わりの盾の国』にくみする我が国への侮辱と受け取ることもできるが」


 終わりの盾の国。始まりの剣の国ベルテーンと対になる国。9つの国の共通敵は300年前から変わらず咎人ではあるが、咎人が姿を見せなくなって長い年月を経るに従い、平和だったはずの世界の均衡が少しずつ乱れ始めている。〈アヌ〉の国は隣国であると同時にまた、対峙する別のグループでもある。


 まさか、それに言及して王子を脅そうという算段では?


「本当にそう思っていらっしゃるのでしたら、随分と節穴になりましたね」


 動揺する私とは違って、王子はそう平然と言ってのけた。


「幼い時分でしたが、先代国王が急死されたあとすぐに即位した貴方は、混乱する国内をすぐに治めました。現ベルテーン王と交渉するときの毅然としたまた理路整然とした話しぶりは今でも覚えています。貴方の性格なら、もし、本当に侮辱だと思われるのなら、そもそも門を閉じて会うのを拒むはず。違いますか?」


 まるで台詞を用意していたように一息で畳みかけると、王子はにこやかに微笑む。そんな王子の様子を相も変わらず面白そうに見つめるアヌ王は、口元を横に引きやがて口を開いた。


「冗談だ。ベルテーンはもちろん大切な隣国。ケンカし合う気は毛頭ないよ。からかい過ぎたかな、悪かった」


 閉まっていた扉が開け放たれたのはそのときだった。


「報告です! 怪物が! 怪物が──」


 走ってきた兵士の言葉は聞こえなかった。突然、壁が破壊されたからだ。


「う、ウソでしょ!?」


 フリーダが唖然とした声を出しだが、残念ながら現実のようだ。破壊された壁から現れたのは、巨大な馬のような黒い影だった。  

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