第24話──斧をいただく大地の国

 王子と合流した私達はすぐにこのことを報告したが、王子が歩みを止めることはなかった。予想していたのではと思うほど王子はあっさりと笑顔で応じ、先を急ぐことを決める。


 ──しかし、私はと言えば納得しかねていた。


「ティナ。なんだかいつも以上に険しい顔をしているね」


「……元々、こういう顔です」


「ははっ、参ったな」


 王子は苦笑すると外を眺めた。南側に面した大きな窓からは外の光が存分に入り込み、部屋の中が暖かな陽気に包まれていた。


 あれから特に大きな問題が起きることはなく、私達は予定通り1日かけて〈アヌ〉国へとたどり着いた。両側を岩壁に挟まれるようにしてそびえ立つ大扉の前で門番に訪問のことを告げるとすぐに山のてっぺんに建てられた城へと案内された。


「ねぇ、まだ〜? 長いよ、疲れたよ、お店回りたい!」


「子どもみたいに駄々をこねるな。これから一番の目的、謁見だ。大人しく待て」


「え〜ティナがいつもより厳しい〜」


「ここは王国の外だ。厳しいのは当たり前だろ」


「マリク王子。ティナが冷たいです。あっそうだ、後で一緒に街を回りましょう! ここにはいろんな宝石が発掘されるんです。しかも格安! 王子に似合う宝石、私が選んであげますから!」


 思わず、ため息が出る。ちらちらとこっちを窺いながら話すな。その手には乗らない。今はある意味で敵地でもある。一瞬の油断も命取りになりかねない。


 まだおしゃべりに興じるフリーダを放っておいて私は窓際に立った。窓から眺める景色は自然豊かな森や草原が広がるベルテーンとは全く違い、見渡す限り巨大な山が立ち並んでいる。


 〈アヌ〉国は、大地の斧をいただく山岳国家だ。だからか、都市は一つの山をくり抜いて構築されており、市場も人々の家も崖の上や洞窟の中などに所狭しと並んでいた。面白いのは、梯子はしごや滑車が至るところに設置されて街の移動手段となっていることだ。


 昔、教会で読んだ本を思い出す。


『そびえ立つ山の連なり全てがアヌの土地。アヌの人々にとって山そのものが神であり、神はまた山である』


 私達も滑車に乗って城まで運ばれたが、人々は真新しい洞窟の中での採掘や巨大な岩石の運送に汗を流しながら動き回っていた。山を中心に据える国。確かに、山=神であるのかもしれない。


 コンコン、と様々な宝石が散りばめられた扉の外からノック音がした。扉を開けて現れたのは、山に相応しい精悍な顔つきの男性。


「お目にかかれて光栄です。ようこそ、アヌの地へ。私はバルスコフ。ゲオルグ・バルスコフ。大将の任についています」


「マリク・ベルテーンです。歓迎いただき、感謝しています。よろしくお願いします」


 王子は差し出された手を握り、握手を交わした。


「それでは、こちらへどうぞ。王がお待ちです。みなさんもどうぞご一緒に」


「ティナ」


 王子が私を呼ぶ。秘書官としての務めを果たす時間だ。私は王子の隣へ並ぶと、ともに歩き始めた。


 ……それにしても大将か。王子の謁見、一般的には文官が応対しそうなものだが。やはり、我々を警戒しているのだろうか。


「ティナ、そんな怖い顔をしないで」


 王子も気づいているだろうに、変わらぬ表情で落ち着いておられる。


「大丈夫、きっと上手くいくさ」


 不思議と安心できる笑顔が咲いた。王子の笑顔を見てふっと脳裏に浮かんだのは、一緒に紅茶を飲んでいる一時だ。確かに少し、肩の力を入れすぎているのかもしれないですね。


「そうですね、王子。きっと大丈夫です」


 上手くいく。この人ならばきっと。この人と一緒にいられるならば。


 豪華な装飾が施された玉座の間へ続く大きな扉が開かれた。バルスコフ大将の後に続いていけば、王座に座っている人物が立ち上がった。


「マリク王子。遠路はるばるようこそ。幼い頃に一度、貴公のお父上とともに会っているが、改めて名乗らせていただくよ。イヴァンナ・アヌだ」


 胸元のざっくり開いたドレスを着たアヌの王は勝ち気な笑みをたたえていた。

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