第23話──怪物の足跡

「フリーダ。くれぐれも魔法の範囲には気をつけてくれ」


「言われなくてもわかってるわよ! あんたもこんな狭いところじゃ剣を振り回せないんじゃないの?」


「新しい力に新しい剣がある。問題はない」


 林の奥へ分け入ると、空模様もわからなくなるほどの暗闇と耳が痛くなるほどの静寂に襲われる。今まで感じていたはずの気配も霧散しわからなくなる。


 ただ、隠し切れない獣の臭いは強い。


「なに? 来る? 来るの?」


「静かに」


 足を止めて身をさらに低く屈める。フリーダも慌てて隠れた。


 察するに相対しているのはフォヴォラではない。狼だ。引く気はなさそうだから、飛び掛かるタイミングを見計らっているのだろうが数がわからない。……こちらから仕掛けるか。


 私は小声でフリーダに指示を出した。


「炎を放ってくれないか」


「はぁ? どこに!」


「適当な場所でいい。拳ほどの大きさで火をつけてくれ」


「あんた、今さっき範囲には気をつけろって」


「いいんだ。少しくらい火の手が上がっても対処できる。おそらくな」


「おそらくって……はぁ、もうでもわかったわ! 後のことは秘書官様にお願いするからね!」


「ああ。頼む、最強の紋章士様」


 立ち上がるとフリーダの掲げた右手の紋章が赤く輝き、前方に火種のような小さな炎が放たれた。


 炎は見る間に草花を燃料に大きく燃え上がっていく。隠していた気配が如実に現れ、動揺の毛色があちこちに広がる。


「十数体──やはり狼。かなりの数だ」


「そんなにいるの!? 私の柔肌が食べられちゃうじゃない!」


 こんなときでも冗談を言えるのは流石だ。


「炎に驚いて何匹か逃げていったが、あまり変わらないな」


 やるしかないか。


「フリーダ、少し離れて体を屈めていてくれ。あと、何匹かは仕留めそこねるかもしれないから、向かってきたら自分で身を守ってほしい」


「ま、まあ……数匹くらいなら私でも」


「それじゃあ、いくぞ」


 一度、目を瞑る。「契約」の力を発揮するためには、契約時の言葉を復唱しなければいけない。


「──王子の命が尽きるとき、私もまたその命燃やしつくさん」


 白い光が再び体を包み、全身が喜びに震える。たぶん、とっくに諦めていた神の力を得ることができた喜びだ。


 光に驚いた狼が一斉に動き出した。腰を低く屈めると柄を握り、駆け出すとともに剣を引き抜く。


 一閃。青白い光が疾走はしった。息を吐きだして急ぎ振り向けば、狼達は切り裂かれ地べたへ倒れ込んでいた。逃れた狼が牙をむき出して四足で駆けてくるが、倒れた木々の下敷きになっていく。残りはフリーダが炎の塊をぶつけ燃やした。


「上手くいったな」


 舐めるように広がり始めていた炎は、剣を振るったときの風の勢いで消えていた。


「これで危機は去った。フリーダ、急いで王子と合流を──」


「ちょっと待って! ティナ、こっちへ!」


 フリーダは草木をかき分けて林の奥へと向かっていく。後を追っていくと急に開けた場所へ出た。太陽の光がその一帯だけに降り注いでいる。


「なんだ、これは……」


 木が薙ぎ倒されている。風や落雷で倒れたものではなく、何かに踏み潰されたように乱雑に折れ曲がっていた。


「これ、見て」


 フリーダが指で示したところは、他とは違うくっきりとした何かの痕跡が残っていた。


「間違いない。フォヴォラだ」


 人一人よりも遥かに大きな楕円形の足跡。そんな巨大な生物は存在しない。必然的にそれは、怪物の足跡であることを示していた。


「ってことは──」


「ああ。奴らはきっと先回りしている。〈アヌ〉国の地へ」

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