第21話──出立

 そして、出立の日。王子と私達は朝早くから王座の前へ集まっていた。周囲には軍団長以上の軍人や大臣各級といった顔ぶれも並んでいる。


「重々しい顔のおっさんばかりね」


「静かに。聞こえるぞ、フリーダ」


「あっはっは。まあ、むさ苦しいよな」


「アーダンまで。緊張感がなさすぎる」


「まあ、いいじゃないか。ティナ。固くなっていてもしょうがない。リラックスして臨もう」


「王子、しかしですね──」


「ほら、王様が来たわ」


 近衛兵に守られるように王がゆったりとした足取りで玉座の前へと進む。私がひざまずこうとすると、王は「よい」と口にした。


「お願いするのは、こちらだ。アールグレン秘書官、王子を頼む」


「もったいないお言葉。命を懸けてでも王子を守り抜きます」


 王は顎髭をさすると目を細めて王子を見た。精悍な顔にわずかに不安の色が見て取れる。


「して、本当にこの人数で行くのだな?」


「はい。みんなとなら何の心配もいりません。それに訪問とはいえ、今回は隣国へ行くのみ。行ってすぐに帰ってまいります」


 王子の横顔を見ると青空に輝く太陽のように清々しい表情をしていた。不安も心配も何のかげりも見当たらない。なおのこと、この笑顔を、王子の身を守らなければいけない。……私の新しい力でもって。


「あいわかった」


 王は深く目を閉ざすと、今度は私の方を見てにこりと微笑んだ。笑顔の形が王子にそっくりだ。


「アールグレン秘書官。そなたにあるものを渡したい。例のものをここに」


「私に……ですか?」


 王子と目が合うが、何も知らないようで首を少し横に振った。後ろを振り返り、アーダンやフリーダの顔を見るが同様の反応だった。


「ありがとう。アールグレン秘書官。こちらを」


 兵士から何かを手渡された王は、わざわざ私の前へ近付いてきた。両手には一振りの剣を抱えている。


「これは……」


「何、その腰に下げている細剣では心許ない場面もあるやもしれないと思ってな。手に取るがよい」


「はっ……」


 おずおずと王の腕から剣を引き取る。見た目よりは重くない。軽い材質でできているのだろうか。


「鞘から抜いてもよろしいでしょうか」


「うむ。ここで披露するがいい」


「では、失礼いたします」


 危険がないようみんなから少し離れて剣を抜いた。


「これは……」


 宝石のように輝く刀身。きらびやかな宝玉はなくとも、それ自体が一級の価値を持つ材質。


「これは、まさか銀の剣ですか!?」


 どよめきが起こった。それもそのはずで、銀は希少な金属で武器に使われることは少ない。従って、銀の武器を託されるのは家臣のなかでもごく限られたものしかいない。


「お、王! しかし、これは!」


「さよう。それは紛れもなく銀の剣。それも、お主が使いこなせるように軽く、しかし強度は硬く保つように作らせたもの。よって、その剣はお主にしか扱えない。受け取れないとなれば宝の持ち腐れになってしまうのだがな」


 もう一度、視線を手元の剣に落とす。確かに軽い。そして、触ってみればわかるが鍛え上げられた刀身は私がずっと使っていた細剣よりも強度があった。


「ティナ、受け取りなよ」


「王子」


「武器は人を選ぶと言うじゃないか。君ほどの腕前の剣士には相応しい武器だと思うけどね。それになにより、その剣は君によく似合う」


 えっ……今、なんて……? 王子の視線は私の頭の方に向いていた。よく似合うって言った? 髪の色……銀色……銀の剣。褒められた? 私、髪を褒められたの……?


 だ、ダメだ! そうじゃない! そんな深い意味はないはずだ。ただ、王子は客観的にだ! 銀色だから似合うと言っただけで、綺麗とかそういうことは思っていない!


 恥ずかしくて顔を上げられないでいると、フリーダが足音を鳴らしながら近寄ってきて王子と私の間に割り込んできた。


「本当によく似合っていますわ~銀髪に銀の剣。戦いのときにはきっと優雅に舞ってくださるのでしょうね。それじゃ、いただくものはいただいてさっさと出発しますわよ!」


「あ、ああ……」


 一瞬、ものすごい形相でこちらを睨んだかと思えば、何事もなかったかのようにフリーダは王子の手を取って扉へと向かい始めた。


「おぉっと、それじゃ。行って参ります」


「うむ。無事に帰還することを待っておる」


 私は引き抜いた剣を鞘にしまうと、王に一礼をして王子を追いかけていった。


 いよいよ、始まる。目的は〈アヌ〉国への訪問、国王との謁見だが何が起きるかはわからない。ここから先は気を引き締めていかなければ。


「王子。王子の身は私が必ず守ります。たとえ──」


 誰にも聞こえぬよう呟いて、その先は心の中に閉まっておいた。


 ──たとえ、私の命に換えても。

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