第12話──紋章と魔法
遥か上空から照らす神の導き手のような眩しい光が花の香る中庭に降り注いでいた。私が考えるのもおかしなことだが、願わくば王子がその右手に宿した〈太陽の紋章〉を自分のものにできるよう。
広い中庭では、紋章士による実験や魔法の訓練が行われることも多い。今は、王子が新しく臣下に迎えたフリーダの教授を受けながら紋章のコントロールをしているところだった。
「マリク王子! もっとこう、右手に集中してください!」
「……こうか?」
「いえ、違います! こう、こんな感じです!」
王子の隣に並ぶフリーダは、王子の右手に自分の両手を重ね合わせるようにして熱心に教えている。
〈太陽の紋章〉は、別名を〈始まりの剣の紋章〉とも呼ばれているベルテーン国の直系にのみ扱うことのできる唯一無二の紋章だ。同様の紋章は9つの国それぞれに与えられており、これらは総じて「神の紋章」とされている。
他の紋章と違い、儀式によって引き継がれていく特徴があり先に行われた成人の儀によって現国王から王子の手へ移行された。移行されて間もないために、紋章の力を安全かつ十分に引き出すためには厳しい鍛錬が必要とされる。
……のだが、いくらなんでも2人の距離は近くないだろうか。また、手を触っている。あんなに密着する必要があるのか?
いや、落ち着くんだ。きっと、紋章のことがわからない私には理解できないだけで重要なことなのだろう。
「マリク王子の手って、温かいですね! やっぱり太陽の紋章を持ってるから? それとも、私との訓練で熱くなっちゃってたりして」
違う。ただフリーダが王子に近づきたいだけだ。
「おいおい、剣を抜いて何をする気だ?」
「止めるなアーダン。目に余る害虫を駆除するだけだ」
「うわっ。王子、聞きました? 今のティナの言葉。こんな美少女を害虫と!」
「ははっ、まあ、ティナは真面目だからね。でも、剣を戻して。ここに敵はいないはずだよ」
くっ……。王子に言われたのならば仕方がない。私は苦渋の思いで細身の剣を鞘に戻した。
「ふっふっふ……。ティナ、よく見ていなさい」
「なんだ?」
フリーダはこれみよがしに王子の肩を触った。
「!」
手を離す。
「……よし」
胸を人差し指でつく。
「うっ!」
手を離す。
「よし」
お腹をつんつんと触る。
「貴様!」
「もう、王子のこととなるとすぐ熱くなるんだから。ティナも王子の手に触れてみる? とてもあったかいわよ」
そう言うと、フリーダは挑発的な目つきをしてまた王子の手を取った。私だって、王子の手の温かさは知っている。頭を触れられた感触はまだ残っているんだから。……だ、だめだ。何を考えている!
くっ、なぜだ。フリーダを見ているとなぜだかわからないがモヤモヤとする……。だが、私は王子の秘書官だ。いついかなるときも、心を乱されるわけにはいかない。
「あっ、ちょ、マリク王子」
王子はフリーダの手から離れると、私を手招きした。
「ティナも一緒に学ぶかい? 前に魔法については詳しくないって言ってたろう」
王子。
「了解しました。私も共に学びます。フリーダ教えてくれるか?」
「はいはーい。王子がそう言うなら仕方ないよね。わかりました。特別に教えてあげますよ」
フリーダはつまらなそうに両手を頭の後ろで組むと、王子から離れていった。
「いい? 改めての説明になるけど、魔法の基本は紋章。どんなに強い魔力を有していても、紋章を宿していなければ使うことはできない。後ろでニヤニヤしながら眺めているアーダンは、魔力がほとんどないけど自分の力を向上させる類の紋章くらいなら宿すことができる。王子はもちろん太陽の紋章が宿っているし、私は魔力が高いからたぶん最大の3種類までなら紋章を宿して、超常現象である魔法を使うことができる。ティナ、あんたは──やっぱりなんでもないわ」
フリーダは視線をそらした。……まさか、私の体質について気づいているのか?
王子はすぐに受け入れていたが、念のためにフリーダの身元を調べたところギルドの利用者名簿に登録されているのを発見した。名簿の職業欄には冒険者と登録されていて、過去9つの国を渡り歩きギルドを通して様々な依頼をこなしながら生活していたことがわかった。
複数のチームで動くこともあったが、基本はソロで動いていたという情報からすると、実力はやはりそれなりにあるようだ。
紋章士の中には見ただけで魔力の多寡がわかる者がいるらしい。フリーダもそうなら、何かを感じ取った可能性もある──フォヴォラとの戦いの最中でも私が紋章を使えないことにすぐに気がついていたようだし。
「そして、魔法は宿した紋章に規定される。炎の系統なら炎が、雷の系統なら雷というようにね。紋章は各国で日々研究されているからその種類はどんどん増えているけど、同じ炎の紋章でも何種類かの紋章があったりするの。で、一つの紋章はさらに階層別に分かれていて、同じ紋章を使う者でもどこまでの階層の現象が扱えるかで実力が変わってくる。ここまではOK?」
つまりは、数多ある紋章は系統別に分かれており、同じ紋章でも使い手によって使用できる力の底が異なるということだ。ちょうど同じ武器でも使い手によって扱い方が変わるように。
王子もうなずきながら、剣が円状に並んだ〈太陽の紋章〉が宿った右手を顔の前で掲げた。
「そのなかでも、この〈太陽の紋章〉は特別なんだ。みんなを守るためにも、なんとしても使いこなさなければいけない」
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