第13章──始まりの剣の紋章
「王子」
きっと覚えておられないだろうが、昔、私の周りがまだ平和だったとき、王子は絵本を読みながら同じ言葉を言っていた。
『みんなを守るためにも、なんとしても使いこなさなければいけない』
『ねぇ、このみんなの中にティナは入るのかな……?』
『もちろんだよ! ティナが困ったらすぐに助けに行くからね』
……覚えてなどおられない、きっと。これは、過去の幻影。過去の
私は王子へ近づくと、その手を取ってひざまずいた。
「ティ、ティナ!? 急になにを──」
「王子。その身に宿った太陽の紋章の力が存分に発揮できるよう、秘書官として私も精一杯お仕えいたします」
たとえこの身が将来、業火に包まれるときが来ようとも。
「こらぁ! は・な・れ・な・さ・い!」
「はっ! また! 私としたことが!!」
上から拳をはたかれたことで我に返る。バッと王子の手を離して後ろへ下がった。
「あんたティナ! 私よりも大胆に! いい! 王子は今私との大事な時間なの! あんたはあとでゆっくり、ちょっ! 離して! アーダンのおっさん!」
その場でもう一度ひざまずくと頭を下げて非礼を詫びる。花の香りが鼻腔のなかを広がっていった。
「申し訳ありません王子。その、他意はありません。王子の勇気ある決意を聞いて感動してしまい、改めて秘書官としての決意を申し上げようとした次第でして」
「ああ、いいんだティナ。気にしないで。急だったものだから僕も驚いただけで」
「いえ、失礼しました。魔法の仕組みは理解できました。せっかくの紋章の訓練。お邪魔かと思いますので、私は別の仕事を行っております。何かございましたらいつでもお申し付けください」
*
「はぁ……」
もう何度目かわからないため息が出てしまう。
「なんで、あんな行動を」
思い返すだけで恥ずかしくてたまらなくなる。顔から火を吹くというのはこういうことを言うのかもしれない。いっそのことフリーダの火の魔法でも浴びせられた方が逆にすっきりとしたかもしれない。
「う〜……」
王子の見ている前であんな失態を! 完璧な秘書官でいようと思ったのに! 空回りするばかりでこれじゃ、全然。
「ダメだ……」
またため息が出そうになったところで、部屋の外からドアを叩くノック音が聞こえた。
「開けるぞ」
ドアが開いた先にはアーダンの顔。真面目な顔からすると、どうやら今の独り言はバレていないらしい。私は、髪を整えると秘書官の顔へと戻った。
「アーダン。何かあったか?」
「いや、特には。ただなぁ、ティナ。メイドが困ってたぞ、ティナが王子の部屋の掃除を始めたって。別の仕事があるって言ってたが、それはお前、メイドの仕事だろ?」
「…………」
正直に、まさか心を落ち着けるために掃除をしたかったなどと言うことはできまい。ここは一つ。
「
アーダンは、ポリポリと後ろ頭を手でかくと、まるで仕事を始めた途端に、それまでは気ままに一人で遊んでいたはずなのに構ってと言わんばかりに目の前で鳴き始める猫を見たかのように面倒くさい顔をしていた。
「だったらなんでわざわざ給仕用の服に着替えてるんだ?」
「それは、掃除も兼ねてだ。ほら、緊急時のために帯剣はしたままだぞ?」
なぜか
「……わかった。まあ、いい。いくら咎人でもこんな真っ昼間から忍び込む奴もいないだろ。ティナ、ちょっと顔を貸せ。大事な話がある」
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