第7話──危機を告げる悲鳴

「魔法!?」


 何もないところで急に火が燃えるのは魔法の力しか考えられなかった。フォヴォラは燃え盛る炎のなかでうめき声を上げ続ける。


「おー!! いい燃えっぷり!」


 フォヴォラの横でたのしそうにはしゃぐ場違いな少女に視線を送る。間違いなく、少女だ。背の低い私よりもさらに背は低く、とても華奢な体つきをしている。


 だが、魔法を放つ前のあの声はまるで経験を重ねた大人のようだった。それも、戦いの経験をだ。


 やがてフォヴォラの声は消えて、炎が消滅する。黒い影は跡形もなく消えてしまった。


 黒い影──フォヴォラは存在概念を超える攻撃、つまりコピー元の種が死んでしまうような攻撃を受けると消滅する。もう一つの方法としては、フォヴォラを召喚した咎人が存在を消すことによって消滅する。実際に見たのは初めてだったが、本当に何も残さず消えてしまうのか。


「ところで、君は誰だ?」


「お互いに自己紹介する前に、まずは剣を収めてくれない?」


 また声が変わる。器用なものだ。


「悪いが、剣は収められない。君の素性が知れないからな。お嬢さん・・・・


 途端に空気が変わった。


「お嬢さんじゃないわよ! お嬢さんじゃ!! あんたもそうやって子ども扱いすんの!? いいっ! 私は! こう見えてもあんたよりはたぶん年上の24歳よ!!」


 フードを被ったままの少女は、地団駄を踏むと人差し指を突き出してこちらに向けた。一連の行動のどこをどう見ても、少女にしか見えないが。ちなみに少女よ、言っておくが私は王子と同じ18歳だ。


「なに!? その疑わしそうに目を細めて様子を窺う素振そぶりは! あーもう、わかったわよ! こうなったら正体を教えてあげようじゃないの!!」


 少女はフードを外すと、なぜかくるりとその場で一回転して謎のポーズを決めた。ふっくらとした頬に小さな鼻、大きく輝く赤い瞳。今その手から放たれた炎のように赤い髪は緩く両サイドに結んでいる。……そんな、馬鹿な。


「これでわかったでしょ! 私は──」


 間合いを詰めると、上段から剣を振り下ろす。慌てたように少女は後ろへと跳び、そして転んだ。


「貴様! なぜ、ここにいる! 貴様は昨日牢で捕まえてそのまま牢に閉じ込めているはずだ!!」


 少女は昨日、王子を襲おうとした賊だった。ここに来るタイミングといい、フォヴォラを攻撃する度胸といい、こいつがあのフォヴォラを召喚した咎人とがびとか!


「王子には近づけさせない! 悪いが、骨を2、3本折って動けなくさせてもらおう!」


「えっ? いや、ちょっと待って! 話を!!」


「牢でたっぷり吐いてもらう!」


 剣を振るう先から逃げ回る少女には、なかなか攻撃が当たらない。


「た、確かに! 私は昨日王宮に忍び込んだけど! 今回の件は関係ないって!」


 ごちゃごちゃとよく喋る舌だ。


「黙れ! 王子に近づく者は全力で排除する!!」


「あー! ちょっともう!! うわっ!」


 石畳につまづくと、少女はまたしても転んだ。


「今だ!!」


 そのとき、遠くから空気を震わす悲鳴が上がった。


「今度はなんだっ!」


 女性の悲鳴が表通りから聞こえてきた。


「ほっ、ほら! 緊急事態じゃない!?」


「わかってる」


 続けて聞こえるのは、逃げ惑う住民たちの声と乱れた足音。


「ほら! 王子の身が危ないんじゃないの!?」


「わかってる!」


 人々が巻き込まれた以上、王子の守りが危うくなる。かと言って、この得体のしれない少女をこのままにしておくわけにもいかない。


 王子にはアーダンがついているが──。


 逡巡している私の手を少女の手がつかんで走り始めた。


「何をする!」


「だから、私は関係ないんだって! 早く麗しの王子のところに行くわよ!」

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