第6話──フードの少女
どうする? 黒い影が見えただけでその姿態は何もわからなかった。だが、あれは確実に
約300年の王国の長い歴史を経て成人の儀のあと、王子が街へ繰り出すのはほとんど恒例化していると言ってもいい。昨日、王宮に現れたのは単なる賊だけだったが怪物となると話は別だ。
早急な対策が必要だ。
「アーダン」
私は、声を抑えてアーダンの顔を見上げた。異変にすぐに気がついてくれたようで、アーダンの顔から笑顔が消える。
「話は歩きながらといこうぜ。街の人間にもだが、王子に悟られるわけにもいかねぇ」
雑踏に紛れるようにして私たちは秘密裏に会話を重ねる。アーダンの判断は正しい。立ち止まって深刻な会話をしていればそれだけで目立ってしまうし、せっかく街の人々の雰囲気を肌で感じて楽しんでいる王子の邪魔になってしまう。そして、なにより怪物が現れたということは、間違いなく近くに奴らが紛れている。
怪物を操り、私の両親を殺した「
「それで、敵は賊か? それとも──」
「フォヴォラだ」
アーダンは短く舌打ちをした。
「最悪だな。ただの賊ならティナと俺がいれば大して手間もかからねぇが、フォヴォラとなると厄介だ。特徴は?」
「わからない。黒い影が一瞬見えただけだった」
「わかった。じゃあ、二手に分かれるか。ティナは黒い影を追ってくれ、俺は王子の側にいる」
「……了解した。アーダン、王子の身、なんとしても守ってほしい」
「……ああ、任せろ」
腰に剣があるのを確認すると、私はローブのフードを被り、王子とは反対の方向へ人の流れに身を任せるように進んでいった。
「……っ!!」
不意に人々の喧騒が消えた。記憶の中にある甲高い悲鳴が耳をつんざく──お父さんが、お母さんが私を守ろうと──あのとき、私は、私は。
──何もできなかったんだ。
気がつけば変わらない街の景色が目の前に広がっていた。鼓動が乱れているのがはっきりとわかる。
胸を叩くと前へ踏み出した。しっかりしろ、私しかフォヴォラは見ていないんだ。大丈夫だ。問題ない。私は力を手に入れた。両親を見殺しにしたあのときとは違う。私は、今度こそ大切な人を守ることができる。
黒い影はすぐに姿を消した。誰かが見つけて騒ぎになったわけでもない。となれば、人目につかないところで創られ、人目につかないところへ逃れたに違いない。敵が王子への接触を図っているのだとしたら。
「裏通りか」
人混みをすり抜けながら今さっき王子が立ち寄った青果店の横道へ分け入っていく。裏通りとの間には高い壁が立ちはだかっているが、そのまま壁に向って全速力で走り回転しながら思い切り跳び上がった。
身体が逆さまになる。塀を超えたその先に、果たして黒い影はあった。
四本脚に力強く俊敏な動き。フォルムは猫に似ているが、見たことのない大きさだ。この国にはいない動物の種をコピーしたのか。
着地と同時に鞘から剣を引き抜いて走り出す。昼と言えども薄暗くジメジメとした裏通りにはほとんど人が立ち入らない。まずは、怪物をここで仕留める。
フォヴォラもこちらに気が付いたのか、壁や建ち並ぶ店の屋根をつたってこちらに向き直ると獲物を狩るように猛スピードで突進してきた。
思った以上に速い。そして、滑らかに動く四足の筋肉は強靭だ。おそらく体当たりされただけでも、吹き飛んでしまうだろう。
なら、やることは一つ。剣を地面の上へ滑らせるとそのままの勢いで
咆哮が聞こえる。前髪が掻き上げられ、柄に力を込める。しかし、そこへ悲鳴が割り込んできた。
な……に?
誰もいなかったはずの狭い通りに、フードを目深に被った少女が現れた。
しまっ──。眼前にはすでに大きな口が迫っていた。闇の中から覗く鋭利な牙が顔面へ突き刺さる。
「なんてね」
少女のものとは思えない低い声が聞こえたと思ったら、突如、怪物の身体が燃え上がった。
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