第8話──複数の黒い影

 麗しの王子? 今、そう言ったのか? まさか、この少女は王子と知り合い? あっ、いや今はそれどころではない!


 落ち着け! ティナ・アールグレン! 私の任務は命を賭して王子を守り抜くこと。


「すまないが、手を離してくれないか?」


「あんたこんなときに何言ってるの? 早く行かないと王子がどうなってるかわからないわよ!」


「そうだ。そのためにまずは手を離してほしい。申し訳ないが、君の足は遅い」


 少女は振り向くと、顔を引きつらせていたがすぐにその手は離してくれた。


「……あんた、なかなかいい性格してるじゃない。じゃあ、私は紋章士らしく遠距離から攻撃するから、あんたは前衛で──って聞いてる!?」


 戯言など聞いている暇はない。ちょうどいい高さの屋根に跳び上がると、そのまま進んで表通りへと出る。 


「アーダン!」


「ティナか! 悪い、加勢を頼む!」


 状況は一目見てわかった。アーダンが逃げ遅れた住民を守るために3体のフォヴォラと戦闘している。少し離れたところで王子は壁を背に4人の近衛兵に守られているが、大型のフォヴォラと対峙している。


 王子を襲おうとしているのは人間のように二本足で立っているが、顔が猛禽類の鳥のような姿をしていた。裏通りで戦ったフォヴォラは見たことはないもののおそらくは実在する種だと予想できる。しかし、こいつは現実にはあり得ないだろうと肌で感じるほど、異様な形をしていた。


 コピーを組み合わせることで創った怪物。強さで言えばこっちの方が遥かに上だと噂されていた。


 よって強さは未知数。アーダンには堪えてもらってここは王子を。


 飛び降りてそのまま走り出そうとすると、王子が私を見た。


「ティナ! まずはアーダンに加勢してくれ!」


「お言葉ですが王子! 王子の身の安全が優先されます! 今そちらに──」


「優先されるべきは住民の命だ! 急げ!」


「しかし! 王子にもしものことがあれば、王子!」


 王子はもうこちらを向いていなかった。4人の近衛兵に命令を出して、大型のフォヴォラの高い位置からの攻撃をなんとか防いでいる。


 私にも命令は下された。アーダンを助け、住民の命を守ること。だが、いつ王子に敵の一撃が当たるかわからない。もし、万が一でも攻撃が当たってしまえばその先は──。


 そっと肩に手が置かれた。


「ウジウジ悩んでる暇はないでしょ? あのデカブツは私がなんとかしてるから。あんたは王子の命令通り、あのオジサンを助けなよ」


「まだいたのか!? 王宮に忍び込むのとはわけが違う! 怪物だぞ! 子どもが遊ぶような相手じゃない!」


「はぁ、まだ私のことを子どもだと思ってるのね。でもあんた、紋章使えないでしょ」


「な、なぜわかった! いや、今はそんなこと関係ない。紋章などなくても──」


「確かにあんたは強いわ。王宮にいるような並の紋章士じゃ刃が立たないくらい。でも、まっ、ここは任せなさいって。さっき、あの怪物を倒すの見てたでしょ? 少なくともそれくらいの実力はあるってこと。心配なら、さっさとあっちのちっこいのを倒して助けに来てくれればいいわ」


「……了解した」


 迷っている暇はもうない。ここは、少女に任せて王子の命令に従う。私はアーダンの方へ振り返ると、少女の名を聞いた。


「くれぐれも王子を頼む。私の名は、ティナ・アールグレン。王子の秘書官だ。……君の名は、なんと言う?」


 少女も私の背中に回ると、後ろを向いたまま少女らしからぬ低い声で呟いた。


「私? 私は、フリーダ・ルフナ。王子を守る最強の紋章士になる予定よ。じゃあ、せいぜい怪我しないように、ね!」

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