1-9. 怠惰な私が選ぶ道

私を転生させた女神様と久しぶりの再会をした。挨拶もそこそこに、彼女は衝撃的なことを言った。


『マキナ、今すぐその街を出なさい。手遅れになる前に』


え?


「な、なんで?私は用事があるんです。アンの契約を破棄しないと……」


『それは……怠け者の言う台詞とは思えませんね』


ムカッ。


「いくらなんでも、そんな言い方はないじゃないですか。理由を教えてくれないと、納得できません」


『できません。理由を言う行為は、世界への干渉にあたります。今の状況でさえ、グレーゾーンすれすれなのです。理解してください。とにかく、私はあなたの為に忠告しているのです』


「それが理由ですか?なら、納得はしません。私はアンを助けます」


『そこに何のメリットがあるんですか?今までのようにめんどくさいと思わないのですか?』


言葉は鋭い針のようにぐさぐさと刺さる。確かに私はチートに頼り、授業をサボり、修行から逃げ、時間魔法で10年を飛ばした。


そう。めんどくさいから。


そんな私が偉そうなことを言う資格は、ないのかもしれない。


でも。


「アンを助けるのは、全くめんどうなことじゃない。はっきりと言いきれます」


『それは……変わる宣言でしょうか?人はそう簡単に変われるものではありません』


「私は変わりません。これからも、今まで通りめんどくさがりのマキナです。気まぐれに生きて、気まぐれにサボって、気まぐれに人を助けていきます」


『……』


「そして最後に、夢のスローライフを掴みます」


『……あなたの決意はよくわかりました。お人好しの怠け者……苦労しますよ』


「余計なお世話です。話は終わりですか?それなら早く消えてください」


『はい。強い言葉を使ってしまって、ごめんなさいね』


「あの、女神様が超魔の才をくれたことは感謝してます。でも、私の人生は私が決めます」


『……ええ、幸運を』


白い空間から、いつの間にか私は託宣院に戻っていた。


「アン!」


アンが入っていった扉を、勢いよく開ける。


「……!」


奥の小さな部屋には、誰もいなかった。代わりに、幾らかのお金と、食料が入った袋が積んである。


間抜けな私にも、ようやく分かった。不自然なドッキリ発言。アンが私に気を遣っていたこと。服を着替えさせたこと。託宣院でいきなり走り出した理由。


アンは最初から契約に抗っていたんだ。


私を助ける為に。


「……この魔王を撒くなんて、いい度胸じゃない」


眷属に助けられる魔王なんて、聞いたことがない。


絶対、助けに行くから。



天界。


マキナとの話が終わり、何も映らなくなった水鏡から女神レンデは離れる。

そして、椅子に腰を下ろした。


『はあ。敬虔な信徒のためとはいえ、悪役は何度やっても慣れませんね』


また結構な干渉をしてしまったと、彼女は頭を掻く。始末書10枚で済めばいいのだが。


少し前のこと。


日が昇る前に託宣院にやってきた賢者、アン・シプリームが、池の水を変える光景。それをレンデは水鏡で眺めていた。行事以外置物のような扱いの託宣院、それを毎日きれいにしてくれるアンを、レンデは心底好ましく思いながら、眺めていた。


だが、その時は様子が違った。


普段なら塔に戻るはずのアンが、託宣院の中で祈りを捧げはじめたのだ。


(創造神様、私はこれから城へ行き、魔王マキナを殺します。でも、本当は殺したくありません。たとえどんなに変わり果てていたとしても……私は、ただ一人の、大切な友人を失いたくありません。どうしようもなくなった時、あなた様の救いの手を差し伸べてはいただけませんか……)


アンは、祈りながら泣いていた。


感情が乏しいエルフに、ここまでの感情を抱かせるのが、マキナであったことにレンデはひどく驚いた。


そしてレンデは、アンの願いを聞き、マキナへ干渉することにしたのだ。


『あの怠け者転生者には期待していませんでしたが……一体どうなるのやら』


転生手続きの際の、「ランダムでいいです」。そんな彼女の一言にイラつき、思わず面倒な「超魔の才」を押し付けてしまった。


今回の干渉は、そんな大人気ない自らの罪滅ぼしもかねていたのだが。


マキナは、自分の意思で険しい道を選んだ。今、事態はレンデにすら予測できない方向へと進んでいる。


『しかし、あの世界はしばらく転生先にできませんね……』


その時、女神の耳に鐘の音が届いた。地球で発生した死者が転生の間に送られてくる合図だ。


『マキナ。応援しています。女神相手にあれだけの啖呵を切ったんですから。すぐに戻ってこないでくださいよ』


女神レンデはそう呟き、新たな転生者を迎えるべく階段を降りていった。

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