1-10.消えた賢者と新たなる眷属

 誰もいない託宣院。アンは私を撒いた。


 魔王である私を助けるために契約を破った。一人で罪を被る気なんだ。


 部屋に置かれたお金と食料は、私が逃げるためのものだろうか。


 それから、隅に転がっている紐で縛られた紙。

 拾い上げてみると、外側に「マキナへ」と書かれている。

 多分、これはアンの書いた手紙だ。


……恐らく、私に別れを告げるための。


 開かず、その場に置いた。


 この中にアンの思いが綴られているとしたら、今の私が読むべきじゃない。


 10年を過ごした「マキナ」以外に、この手紙を読む資格は無い。私は10年間をすっ飛ばしただけの、「怠け者のマキナ」だ。アンに感謝される覚えは無い。


 それに、今は別れを告げるタイミングじゃない。


 怠け者のマキナが感謝されるのは、今からだ。今から借りを作ってやる。


 託宣院を出て、辺りを見回す。


 早く、早くアンを探さないと。 


 でも、どこにいる?


「超魔の才」に尋ね人を探せるような万能性はない。


 絨毯で街中を飛び回るか?


「……あの!」


 え?

 背後からの声に振り向くと、神官服を来た少年が大きな杖と共に立っていた。

 見覚えがあるぞ。


 ………………

「貴方を通路に閉じ込めたのは僕です。幻覚魔法を通路に使って……本当にごめんなさい!命は、命だけは助けてください……」

 ………………


 地下にいた、あのときの少年僧侶!?


「あ、お久しぶりです……」


「そんなに時間はたってないと思うけど……」


「……えっと、そうですね……」


「うん……」


 気まずっ。何しに来たの。


「時間はともかく……何の用?」


「ええと……あなたにかけた魔法を覚えていますか?」


 ………………

「え、ええと……【聖光セイントレイ】!」

 ………………


「ああ、あれ……」


「【聖光】はただ眩しいだけの魔法ではありません。悪しきものの肉体に痛烈なダメージを与え、さらに対象に光の印を刻み、その位置を一定時間追跡するという高度な魔法です。もし逃げられても、位置を把握できるように。使える人は非常に少ないんです」


 急に饒舌になる少年僧侶。


「そうだったの?」


 某RPGの「せいすい」みたいな効果と、マーキングが組み合わさった魔法なのか。それを無詠唱で使えるのはすごいな。舐めてた。


「で、結局、何の用?その魔法で私を見つけ出して、兵士でも呼ぶのかしら?」


 クール系魔王エミュが崩れかけていた。危ない危ない。

 いや、兵士を呼ばれたら困るのだけど。


「それがその……」


 そこで言葉を切り、少年は見事な土下座を決めた。


「僕はアン・シプリームの一番弟子です。無茶を承知で申し上げます。どうか、賢者様を助けてはいただけませんか……?」


「いいよ」


「無理ですよね……ええ!?」


 あ、そうか。今の私は魔王だもんな。悪い魔王じゃないなんて言っても信じて貰えないだろうし。理由はどうしようか。


「あの賢者は……私の眷属。助けない理由が無い」


「なら僕も眷属にしてください!」


 急にぐいぐい来るじゃんね。


「賢者様が眷属になった時は絶望しましたが、再開したときいつも通りだったので、眷属ってそんなに悪くないのかなと。それに、【聖光】で一切ダメージを受けなかったあなたは信用できる。悪しき心がない、良い魔王です」


 案外さっぱりしてるなこの少年。まあ、話が楽に進みそうでいいや。  


「少年。あなたは今から私の眷属よ」


「はい!あ、僕は女です」


「うおう」


 うおう。ボーイッシュか。神官服が男の着るやつだから早とちりした。人を見た目で判断した私が悪い。


「あの、本当にごめん」


 魔王の威厳なんかなくなってる気がするけど、僧侶は気にしていないらしい。


「やっぱり、髪短すぎですかね?服装もこれだから、よく間違われるんです。神官の方たちからは伸ばせって言われるんですけど、でも短い方が好きだし……」


「別に。好きな髪型と服装で良いと思うよ。似合ってると思う」


「あ、ありがとうございます」


「……」


「……」


「こほん。それで、さっきアンと再会したって聞いたけど」


「僕の前に現れて、あなたを逃がしてしまったと。僕を最後まで教えてあげられなくてごめん、とだけ言って、どこかへ去ってしまいました。僕に賢者様を止める力はなく……でも、あなたに【聖光】をかけたのを思い出したんです」


「なるほど……アンはどこにいるの?」


「あの人は契約でこの街を出られない……聖十字軍セントールの本部にいる可能性が一番高いです」


「場所はわかるのね?」


「はい。それに今は礼拝の時間。街の人は皆、屋内にいます。我等の神に逆らうことにはなりますが、絶好のチャンスです」


 ……………………

「魔物が去ったから、お昼の礼拝に行くんだよ。クルセイドの国民は殆どが創聖教そうせいきょうの信者だから」

 ……………………


 ああ、アンがそんなこと言ってたな。


「……よし」


 行きますか。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次回から救出戦に入ります。

アンを助けることはできるのでしょうか、魔王マキナの本領発揮です。


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