1-4.恐るべき魔王、賢者を殺す(殺してない)
「私が、殺した」
「そ、そんな………」
賢者殺害宣言 (大嘘)に呆然とする兵士達。私は更に手で顔を覆う魔王的ポーズを決めながら、続ける。
「跡形もなく、燃やし尽くしてやった…わ」
ちょっと楽しいな、これ。でも、墓穴を掘りまくっている気がする。いや、掘ってる。
私は今!墓穴を!掘っている!
魔王の罪がなんだかしらないけど、とりあえず「賢者殺し」が追加された。
目の前でがっくりと崩れ落ちる兵士たち。少年なんてわんわん泣いている。
「そんな、賢者様……」
「終わりだ……俺たちもここで死ぬんだ……」
天を仰ぎ、大粒の涙を流す。
こいつらいきなり戦意失いすぎだろ。今のうちにこの場を抜け出したいけど、出口の扉は兵士達に塞がれている。どうしたものか……
「信じてたよ、マキナ」
あれ?今の声……
「え、アン!?」
いきなり目の前に出てきた転移魔法特有の空間の歪みから、賢者アン・シプリーム、その人が姿を現した。
まずい。私はっきりと「殺した」って言っちゃった。
とりあえず正直に謝るか……
「あの、実は……」
「しっ」
口を開こうとした瞬間、アンの伸ばして来たひとさし指が唇に当てられる。さらに、私とアンを白い布のようなものが覆い始めた。
「水混合魔法、【
なるほど、兵士達の戦意喪失はそういうこと……
「今のうちにここから離れるよ」
アンは無表情のまま凄まじいことを言う。この状況で!?
「逃げるってこと?逃げて、それからどうするの……?」
「や、考えてない」
即答。
「先のことまで踏まえて考えるのはとてもめんどくさい。まずは今どうするか。そして、その後のことはまたその時に考えれば良い。違う?」
「その考えには同意するけど、一緒に逃げるなんて、アンにメリットがない。どういうつもり?」
めんどくさい奴だと自分でも思うけど、聞かずにはいられない。自分が相手の立場に立った時、堂々と人を助けられる自信がないから…
「賢者の仕事が予想以上にだるかったから。マキナを助けて辞めようと思って」
メリットはあるのね。理由になってるような、なってないような。
「……なるほど。それで、具体的にここからどう逃げるの?」
「怠惰なマキナなら私を殺したことにしてくれると信じてた。お陰で、考えてた作戦が使える」
あ、信じてるってそういう意味か…
※
アンの「作戦」を聞いたものの、不安しか無かった。
「じゃあ、任せた」
「本気でこれで行くんだ……」
「大丈夫大丈夫。あいつら馬鹿だし。もう【悲恋霧】が切れるから、後よろしく」
アンがそう言うと同時に、兵士たちが立ち上がり始めた。
正気に戻った彼らに向き直り、思い切り高笑いをする。
「ふふふふ……あはははははは!!!!!」
「な、何がおかしい!」
「ごめんごめん。嘆き悲しむお前達の姿があまりに間抜けだったから、つい」
「ふざけるな!」
舐めるな、殺してやる等と口々に叫ぶ兵士たち。
次々と武器を構え向かってくるが、努めて冷静に、呟くように言う。
「ほら、出ておいで」
私の台詞に合わせて【聖水布】を解き、アンが姿を現した。
「はい、魔王様」
アンは無表情で抑揚のない声がデフォルトなお陰で、演技の上手さに関係なく洗脳された感が出ている。見事に兵士達は足を止めた。
横に立つアンを指差し、笑顔。
「この子、もう私の眷属だから。攻撃しても良いけど、大事な賢者様に当たっちゃうよ?」
再びガックリと膝をつく兵士たち。だけど今度は魔法の効果じゃない。しっかり心が折れている。
彼らの間を悠々と通り抜け、優雅に詠唱。
「【飛ぶやつ、よろしく】」
※
私とアンを乗せ、空飛ぶ絨毯は宙を行く。
眼下には全く知らない街並みが広がる。少なくとも、王都ではない。
さっきまで私たちがいたらしい城からはもくもくと煙が上がり、未だに魔物との戦闘が続いていることを示していた。
風に当たっていると、だんだん気持ちが落ち着いて、不安になってきた。本当にこれで良かったのだろうか…
「お疲れ様。マキナ、随分ノリノリだったじゃん」
アンは私の気持ちなど知らん顔だ。
「そ、そんなことないし…』
確かに「少しは」楽しかったけど。もうあんな事やりたくない。フリじゃないよ?
「ま、これで私は面倒な賢者の仕事から解放される。マキナも自由の身。ウィンウィン、いえい」
相変わらず無表情ながら、アンはうれしそうだ。
「あのごめん、実は私、自分じゃ何も覚えてないんだけど……魔王って言われてるくらいだし、とんでもないことをやらかしてるんじゃ……?」
結局不安なのはそこ。頭にツノは生えてるし、賢者眷属化(仮)の罪もある。アンはなぜこんなに余裕そうなのか…
「ああ、それは…」
『魔王様!お待ちください!』
アンの言葉をしゃがれた声が遮った。
いつの間にか、魔物の大群が追いかけてきている。
その先頭は、ガルーダの背に跨がる、ローブを着た骸骨。
あいつ、何故か見覚えがあるような……
…………
『さて、魔王様。昨日の話、忘れたとは言わせませんよ。今こそ宣戦布告の時です!』
…………
「今の記憶は……」
『自力で脱出するとは、さすが魔王様!さあ、拠点に戻りましょう!』
「マキナ……あのホネは?」
アンは既に立ち上がり、真剣な表情でこちらを見ている。
彼女が何を言おうとしているか、口に出さなくてもわかる。
私は大きく頷いた。
「あいつに捕まったら、やばい」
絶対に振り切ってやる。
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