『鏡の中』(怖い朗読CAST企画参加台本)
+注記+
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++以下本文++
小さい時から自分が嫌いだった。大人のいう事に反対できない性格も、求められる事をこなせない不器用さも、平均値に収まっている体格も。
-そして、平凡で地味なこの顔も。
鏡に映る顔に微笑むと、向こうからも同じ笑顔が向けられる。うん。今日もばっちりだ。
駅の女子トイレに設置された化粧スペースで私は別の顔を作る。
半年前、偶然出会った中学の同級生が施してくれたメイクは「絶対バレない」と太鼓判を押される程、キラキラとして、いつもの自分とイメージが違っていた。
-誰も知らない顔になれる。
息の詰まるような日々から逃げ出したかった私にと、この事実は魅力的だった。
以来、月に数日、メイクをしては繁華街に出向き、騒がしい店ではしゃぎ、笑うのが私の息抜きになった。
塾をサボったり、嘘の行き先を告げて出かけるのに罪悪感はあったけれど。
その店で、ある日、男性を紹介された。普段の私なら絶対に出会わない、所謂“チャラい”人。
そんな彼に「この色、似合うかも」と見た事もないブランドのチークを頬に乗せられた。赤みが増したのは、商品のせいか、至近距離で見た男性の顔のせいか。そんなこともどうでもいいくらいに、私は舞い上がった。
だから、いつもの時間を過ぎているのに気付くのが遅れてしまった。大急ぎで駅へ向かってトイレに飛び込む。時間がないから着替えだけ済ませて、電車に飛び乗った。
駅から家に帰る道でいつも使っているクレンジングシートでメイクを拭き取り、いつも通りの時間に帰宅すると、母親が怪訝そうな顔で尋ねた。
-頬が赤いけど、調子悪い?
何でもない、と部屋に入ったけど、念のため、ミラーを取り出し確認をする。確かにいつもより赤く見える。歩きながら急いでクレンジングしたからうまく落ちなかったか、力を入れすぎたのか。今度から気をつけようと心にとめて、ミラーを元に戻した。
この出来事をきっかけに化粧品メーカーのアイテムを使い始めた。メイクはますます楽しくなった。けれど、時折変なことを言われるようになった。目が大きくなったね、とか、顎がすっきりしたね、とか。全部メイクで変えているだけのそれが学校でも言われるようになると少し怖くなった。でも、メイクの前に見る顔はいつもと同じ地味な顔。きっと見間違い。
だから私は今日も変わらず、駅のトイレで変身をする。
そして-
息を切らしながら家までの道を走る。人に勧められて、どうしても欲しくなった商品を、私はこっそりバッグにしまった。万引き、だ。バレないうちにと店を出ようとしたら警報音が鳴り、怖くなった私はざわつく周りを他所に、家へと一目散に駆けだした。
やってしまった。
必死に逃げ帰った部屋の中で、息を整えながら見つめるトートバックは、薄い生地越しに四角い箱の存在を主張して、罪を脳に刻み続ける。
どうしよう、と思考停止しているとインターフォンが来訪者を告げた。応対する母の声から、先ほどの店の店員がこの辺りに逃げたらしい万引き犯を追いかけてきた事を知る。ゲートにあるカメラから送られたという画像を見せている。
血の気が引いた。その画像には私の姿が映っているという事だ。嫌な汗が流れる。どうやりすごそうかと室内を見渡すと、窓際に夜遊び用のバッグ。
これしかない、と思ってバッグに手を伸ばした。
数分の後、予想通り母が私を呼んだ。
軽く返事をして階段をおりた私を見て玄関の人が怪訝な顔をした。恰好も顔も、スマートフォンに表示されている姿とは全くの別人だ。困惑する来訪者に、私がずっと家にいたとシラを切れば、もう疑われることもない。
その人は謝罪をして帰っていった。
…とりあえず一つの難を逃れた。しかし、こんな姿の私に何も言わない母に違和感を覚えて尋ねたら、思いもしない答えが返ってきた。
-だってあなたいつもそんなじゃない。
その言葉に私は慌てて部屋に戻り、ファンデーションの蓋を開け、クレンジングシートでメイクを落とした姿を映す。-その鏡には、知らない顔。
私の顔…じゃない。
何枚もシートを引き出して顔をこする。それなのに、鏡に映るのは見覚えのない顔。
どうして?
階下からは私を呼ぶ母の声。その時、困惑した表情をする鏡の中の顔がニヤリと笑った。
瞬間、視界が変わった。何が起こったのか…周りを見回して気づいた…鏡の中の私と、本来の私の存在が入れ替わった、のだ。
私たちを隔てる透明な板。その向こうで彼女は冷めた目で私を見下ろし、言った。
「あなたのこれからの人生、私が生きてあげる」
愕然としている私をそのままに、彼女はファンデーションの蓋を閉じる。
パチン、という音の後、私の存在は真っ黒な闇の中に溶けた。
―FIN-
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