第140話 神具の舞い

 

 

 ヂィッ……

 

 

 短い擦過さっか音と共に、ゼノンの横を光をまとった人影が通り抜ける。 

 通り抜けながら、ゼノンめがけて剣で斬りつけていったのだ。 

 ちらと目端で追ってから、ゼノンが指の爪を縮めながら池の中へと視線を戻した。 

 ゼノンに命じられたのは、池の中に居る粘体の監視だ。

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

 

 ギィィン……

 

 

 空の管理者からの思念に重なるように、金属音が鳴り響いた。

 斬りつけられた剣を、レインが"狂獣爪"で受け止めた音だった。 

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

 

 ギ……

 

 

 ギィン……

 

 

 ギィ……

 

 

 連続して繰り出される剣撃を、レインはその場に立ったまま右手の"狂獣爪"で受けた。 

 

(女の子?)

 

 額に赤い布を巻き、眩い光を放つ甲冑を着た十代半ばくらいの外見をした少女だった。双眸を吊り上げてレインを睨みつけ、鋭い斬撃を放ち、目にも留まらない刺突を繰り出して来る。 

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

『ちゃんと見てる? この子が斬りかかっているんだけど?』

 

 レインは、宙へ浮かんで軽く上昇した。

 追って、甲冑の少女が飛翔する。

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

『それじゃ、管理者失格でしょ』

 

 レインは溜息を吐きながら、体当たりをするように突きかかってきた少女の剣を、上空に居る"管理者"の方へ反らした。 

 

 レインからの追撃を予想したのか、少女が急加速をして空高く飛翔する。 

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

『ふうん……』

 

 どうやら、"管理者"は調停者として機能していない。あるいは、公平に調停するつもりが無い。 

 

 甲冑の少女が、人の頭ほどある光弾を連続して放ってきた。しかし、レインに触れる前に消えて無くなる。

 全て"背負い鞄ダール"のおやつである。

 

 レインは、ゆっくりと浮かび上がって行った。

 

『"白鍵"の者とは争うな』

 

「ダール君」

 

 レインの声が掛かると同時に、空に浮かんでいたかすみのようなものが消えて無くなった。

 

 直後、

 

 

 ゲェェェェップ……

 

 

 わざとらしい音が頭の中に響いた。

 

「君は誰で、僕に何の用かな?」

 

 レインは"狂獣爪"を消した。 

 

 甲冑の少女が、激しい怒りを向けていることは分かる。 

 少女の側には相応の理由があるのだろうが……。

 

「騎士のような格好だけど、名乗ったりしないの? そんなに慌てなくても、僕は逃げも隠れもしないよ?」 

 

 話しかけながら、レインは甲冑の少女の正面まで上昇した。

 

『兄のかたきっ! 逃さぬぞ!』

 

 甲冑の少女から怒りの思念が押し寄せた。

 

『兄の……僕が君のお兄さんを?』

 

 レインには心当たりが無い。ただし、何かで巻き込んで死なせてしまった可能性はある。 

 

『暗黒神の使徒め! 私は、太陽神の子、ユーメリア・ラジムだ! もう逃れられぬぞ!』 

 

『太陽の? 神子ってこと?』

 

『我が兄は、太陽神に導かれし勇者だった! 魔王城で、貴様が横やりを入れたために、非業の死を……アルマス兄様が……魔王などに!』 

 

 血を吐くような激情が揺らぎたち、甲冑の少女が強い神力を纏い始めた。興奮し過ぎて、呂律が回っていないようだった。

 

『……魔王』

 

 レインの知り合いで、"魔王"と称されるのは一人しか居ない。あの異界の城で命を助けた"魔王"だけだ。 

 

(兄……太陽神の勇者?)

 

 魔王城で"神子"は見かけていないが……。

 

かな?)

 

 魔王配下の筆頭、シュカが生首を持っていた気がする。 

 

(確か……金髪の若い男だった)

 

 顔立ちは思い出せないが、目の前で神光に包まれている甲冑の少女も長い金色の髪をしている。 

 

(それに……)

 

 あの世界の人間でなければ、レインのことを"暗黒神の使徒"だとは言わない。 

 

(つまり、この子は太陽神が人間の女に生ませた子で……勇者の妹で……暗黒神の使徒が魔王を助けたことを知っている?)

 

 魔王城での出来事を、光神か、太陽神が教えたのだろう。 

 どういう伝え方をしたのかは、ユーメリアという少女の形相を見れば分かる。

 

("白鍵"というのは何だ?)

 

 "黒鍵"を持つレインと、このユーメリアという少女が、ここで出会って争うことは、何者かによって決められていたのだろうか? 

 

 良く分からないが、少女に訊いたところでまともな答えは返らないだろう。こちらをかたきと信じて、異界から追ってきたほどだ。

 

『魔王を討った我が兄を、兄のほまれを……貴様が全てを打ち壊した! 暗黒神の使徒めっ! 正義の刃を受けるが良い!』 

 

 えるような思念と共に、少女の剣が神気を帯びて強烈な熱を発し始める。 

 

(このまま戦ったら、ここが灼けてしまう)

 

 "背負い鞄ダール"に食べさせるにしても、太陽神の神子は少々厳しいかもしれない。

 

『僕は、レイン。君が神子だと言うのなら、この場で決闘を申し込もう』 

 

『……む?』

 

 ユーメリアの眉間に怒り皺が刻まれる。

 

『神前決闘を申し込む! ここで決着をつけよう』 

 

 レインは、ユーメリアの双眸を真っ直ぐに見つめた。 

 

『望むところだ!』 

 

 激情に身を震わせながらユーメリアが承諾した。

 

 直後、2人の頭上に、天秤神の紋章が顕現して黄金色に輝き始めた。 

 

『これは……大神の紋?』

 

 ユーメリアが、空に現れた神々しい光の紋を見上げて狼狽うろたえる。 

 

『神前決闘だと言った』

 

 レインは、異界で繕ってもらった黒衣に着替えた。 

 

『貴様……暗黒神の使徒ではないのか?』

 

『僕は、レイン。裁神様の司奉だ』 

 

 レインの手に、神槍が出現した。 

 

『それは、アルマス兄様の神槍!? きっ……貴様ぁ!』 

 

 ユーメリアが眉を吊り上げて斬りかかってきた。

 

 

 ……カァーン……

 

 

 "鼓音"が響いた。 

 

 "破砕"の小符が舞っている中に飛び込んだのだが、鳴ったのは一度きりで、残りは無効にされた。 

 

(術技というより甲冑の効果かな?)

 

 神気が込められた長剣をかわしつつ、レインはすれ違いざまに右の拳でユーメリアの顔面を打ち抜いた。 

 真後ろへ首が折れ曲がり、真上を見上げた形で顔面を潰されたユーメリアが地面へと落ちてゆく。 

 

(……よし)

 

 地面に落ちた時、決闘領域が完成した。 

 これで、"学び舎"に被害は出ない。

 

 レインは、地面に倒れ伏したユーメリアめがけて神槍を投げた。 

 

 

 ギィン……

 

 

 激しい金属音が鳴り、ユーメリアの長剣が神槍を打ち払った。

 

(ん? なにかおかしい?)

 

 元より、首を折ったくらいで勝負がつくとは思っていないが……。

 

 ふわりと地面から浮かび上がったユーメリアが光りに包まれ、折れ曲がった首が元通りになり、圧壊した顔面が再生してゆく。

 "破砕"で破損していた甲冑の胸甲も、光りの中で何事も無かったかのように復元していた。 

 

(何だろう? 何か変な感じだった)

 

 再生や復元は珍しいことでは無い。相手が神子であるなら、頭を潰したくらいで決着とはならないだろう。斃すためには、ある程度強い術技を使う必要がある。

 

 そのための"決闘領域"だ。

 

 レインは、手元に戻ってきた神槍を掴むなり、ユーメリアめがけて急降下した。 

 対して、長剣を構えたユーメリアが地を蹴って上昇してくる。

 

 

 ギィッ……

 

 

 レインの槍穂をユーメリアの長剣が受け流し、滑らせた切っ先がレインの喉元を狙って伸びる。それをレインは、"狂獣爪"と化した右手で受け止めた。 

 なおも肉薄して斬りつけようとしたユーメリアが、不可視の力に掴まれてレインから引き離される。

  

 そこに、"破砕"の呪符が舞っていた。

 

 

 カカカカカァーン……

 

 

 連続した鼓音が鳴り響いた。

 ユーメリアだったものが粉々になって飛び散った。 

 

(神具には、神気を込めた呪符の方が効果があるかも)

 

 同質の神気による効果は打ち消せないらしい。

 

(神気を込めたら、もう"呪符"じゃない?)

 

 呪詛を込めているから呪符だろう? 神気を込めた符は、何になるのだろうか? 

 

(復元……甲冑が先か)

 

 レインは小さく溜息を吐いた。

 どうやら、甲冑が本体らしい。あの甲冑が活動するために、神子であるユーメリアが必要ということだろう。

 

(神具と一騎討ちをしているみたいだ)

 

 おおよその仕組みを把握して、レインは決闘領域内に法陣を描き始めた。 

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