第139話 閃光

 

『神から"鍵"を与えられたと?』

 

 思念が返ってきた。

 

『あなたが言う神様かどうかは分からない。僕に、この鍵をくれたのは、王冠を被った骸骨……僕達が凶皇と呼んでいる神様だ』 

 

 レインは、思念を返した。

 脳裏にある凶皇の姿が、そのまま相手に伝わったはずだ。

 

 しばらく間があって、

 

『……神籍にある存在から"鍵"を与えられたことを確認した』

 

 思念が返ってきた。

 

『あなた達は、ここの番人?』

 

『管理を命じられている』 

 

『管理?』

 

 レインは、周囲を見回した。

 腐乱した魔犬やボロを纏った骸骨が徘徊し、怨霊が淡く光りながら漂っている。 いったい、何を管理しているのだろう?

 

『許可なき者が出入りせぬよう見張っている』 

 

『"鍵"が無いのに入って来る人間が居るの?』 

 

『以前は、それなりの数の人間が出入りを許可されていた』

 

『そうなんだ』

 

『英智を求めて訪れたのであろう?』

 

『うん』

 

 新たな英智にも興味はあるが、穢魔わいま祓いの術や半狐面ミカゲを授けてくれたミマリのことをもっと知りたかった。そのための手がかりを探すつもりで来た。 

 

『"白鍵"の者と争うことを禁じる』 

 

『……"白鍵"?』 

 

 レインは眉を潜めた。

 いきなり、争いを禁じると言われても……。

 

『この地に出入りを許された者は一人では無い』

 

『他にも、凶皇様から"鍵"を貰った人が居るんだ?』 

 

『別の神の導きにより、この地に辿り着いた者が居る』 

 

『ここって、凶皇様の領域じゃないの?』 

 

『異なる界においては、異なる神々の領域となっている』 

 

『ん? ああ……こっちの世界だと凶皇様だけど、別の世界だと違う神様が支配しているってこと?』 

 

『その理解で間違っていない』 

 

『じゃあ、ここって異界と交わっている?』 

 

 レインは、暗い"学び舎"を見回した。

 

『"黒鍵"を与えられた者よ。この地で、"白鍵"と争うことを禁じる』

 

 "異界"についての問いには答える気が無いらしい。 

 

『どんな人かは知らないけど、こっちから喧嘩を売るつもりは無い。でも……向こうが襲ってきたら戦うよ?』 

 

 当たり前だ。襲われて黙っているレインでは無い。こちらを攻撃する意図、予兆が感じられた時点で攻撃するだろう。 

 

『この地では争うな』 

 

 思念が響く。

 

他所よそなら良いの?』 

 

『我等は、この地の管理者だ。他所の出来事には干渉しない』 

 

 "学び舎ここ"では戦闘をするなという事らしい。 

 

『……ふうん』 

 

『"白鍵"の者とは争うな』 

 

 執拗に繰り返す。

 

『向こうが攻撃をして来ないなら、僕から攻撃をすることは無い』 

 

 レインも繰り返し答えた。 

 

『不戦を誓わないのか?』

 

『僕だけが不戦を約束をすることは出来ない』 

 

『……』

 

 何かを言いかけ、思念が停止した。

 

『相手がこの場に居て、同じ条件を守ると言うのなら約束するよ』 

 

 レインは、雨が降り続く空を見上げた。

 ようやく、相手の居場所を把握することができた。 

 "学び舎" でも "池" でも無く、稲光がはしる暗い空に存在していた。 

 

『"黒鍵"は、我等が調停を拒むか?』

 

『調停してたの? じゃあ、"白鍵"は不戦の約束をしていないんだね?』 

 

 争いが存在しているから調停しているのだ。

 レインの側には覚えが無い。なら、相手に"調停"の要因があるのだろう。 

 

『"白鍵"は、"黒鍵"の者との対決を望んだ』 

 

『僕は対話がしてみたい』 

 

 暗い空を見ながら、レインは答えた。

 

『不戦を誓った後であれば対話を認めよう』

 

『僕だけが不戦を誓うことはできない』

 

 レインは首を振った。 

 

『調停が成らぬなら、対決も対話も認めない』 

 

『"白鍵"の人は、どうして僕と戦いたいの?』

 

『"白"と"黒"は相容れない存在だ』

 

 伝わってくる思念を辿って、半狐面ミカゲの下でレインの双眸が動いた。

 念話を重ねる時間が長くなればなるだけ、探知の精度は上がる。

 

『色違いの"鍵"を貰っただけで喧嘩になる?』

 

 "鍵"の色が黒いのは、凶皇から与えられたからで、レインが好んで選んだ色ではない。そもそも、色違いの鍵があることすら知らなかったのだ。

 

『"白"は、"黒"が襲って来ると信じている』 

 

『僕が知っている相手なの?』 

 

 因縁のある相手なのだろうか?

 管理者は誤解をしているようだが、レインはそれほど好戦的では無い。もちろん、嫌なことをされて、そのまま泣き寝入りをするような性格では無いし、何かをされることが分かっていて甘んじて受ける質でも無いが、持っている"鍵"の色が違うくらいの理由で戦闘を始めることはしない。

 

『ここは、知識を求める者が集う地。殺し合いをする場所では無い』

 

『それ、僕じゃなくて、相手に言って欲しい。僕は、"鍵"の色が違うなんて理由で殺し合いはやらないよ?』

 

『"鍵"に支配される』

 

『"鍵"に? 呪具のような仕掛けがあるの?』

 

『"鍵"のことわりによって"白"は"黒"を、"黒"は"白"をゆるさない。これは運命の律なのだ』

 

『ふうん……精神に干渉する呪いか、魔法かな? 導路には、そんな術式は見当たらないけど……隠蔽いんぺいされている?』

 

 レインは"黒鍵"を見つめた。

 何かしら、いわく付きなのは理解したが、"鍵"を持っているだけで戦いになるというのは……。

 

(ちょっと考えられないけど)

 

 あの凶皇から与えられた"鍵"だ。物騒な仕掛けの一つや二つ仕込んであっても不思議では無い。 

 

『何人たりとも、運命律にはあらがえぬ』 

 

(……あれか)

 

 レインの双眸が念話の主を捉えた。 空のかなり高い場所に浮かんでいる。

 

(霧……雲のような? 思念の凝ったもの?) 

 

 存在そのものは希薄だが、はっきりとした自我を持っている。不思議な存在だった。 

 

(精霊の仲間なのかな?)

 

 こんな閉じた領域の管理を任されているのだ。相応の能力を有した存在なのだろう。 

 

(だけど、僕を抑えることができない。たぶん、"白鍵"の方も抑えられない)

 

 だから、言葉で牽制し、まだ起こってもいない騒乱の"調停"を行っている。

 

(池の方に居るのは……はっきりした形がある。水のような粘体……)

 

 レインは、ゼノンと対峙している"存在"を<霊観> で見た。 

 

 強い力を持っているのは分かる。

 

(でも、ゼノンには手を出せない)

 

 単純な力比べなら、ゼノンの方が圧倒的に上だ。粘体に何かしら、力の差を埋める能力があれば別だが……。

 

 レインは、空へ視線を戻した。

 

『"黒鍵"に告げる。"白鍵"との戦闘を禁じる』

 

 思念が響いた。 

 飽きずに、同じ事を繰り返し伝えてくる。

 

『"白鍵"の人が攻撃をして来なければね』

 

 レインは微笑を浮かべた。 

 しつこく届く思念は鬱陶うっとうしいが実害は無い。"学び舎"の探索をすることは問題なさそうだ。 

 

(確か、あの辺りの部屋だった)

 

 回廊に沿った小部屋の一つに眼を止めて、レインは降りしきる雨の中を歩き始めた。 

 

「我が君?」

 

「しばらく、そこの粘体の足止めをしておいて。雨水に紛れると面倒かもしれない」 

 

「承知」 

 

 ゼノンが首肯しつつ、軽く手を振った。

 仔狼ロッタくわえて振り回した腐乱犬の四肢が千切れて飛んできたのだ。 

 

『"鍵"を持つ者同士が、"学び舎"で戦闘を行うことを禁じる』 


 空から思念が届く。

 

『戦ってないでしょ?』

 

 仔狼ロッタが腐乱した魔犬や骸骨を相手に遊んでいるだけだ。戦闘は行われていない。 

 

『戦闘を禁じる』

 

 繰り返し思念が届いた。

 その時、レインの右方が明るくなった。

 

『戦闘はしていないよ』

 

 ロンディーヌの周囲に群がっていた悪霊が、次々に炎に包まれて苦鳴を放ちながら昇天している。ロンディーヌが常に纏っている"炎の結界"とでも言うべき魔力障壁に触れてしまったのだろう。 

 

(ミノスが何かを読んでいる?)

 

 大きな石板を手にミノスが読み上げ、ロンディーヌが小さく頷きながら手元の紙に書きとめているようだった。 

 

(ああ……ここに隠れたのを覚えてる)

 

 小さくひび割れた回廊の壁を見て、レインはわずかに目元を和ませた。 

 

(なら、ミマリさんと会った部屋は……)

 

 すぐ先の右手にある小部屋だ。 

 

『"白鍵"との戦闘を禁じる』 

 

『"白鍵"の人に言って欲しい』 

 

 戸口から部屋の中へ入ろうとして、ふとレインは"池"を振り返った。

 

(なんだろう?)

 

 小首を傾げた瞬間、突如として池の中に強大な何かが湧いた。そう感じた直後、池から空へ向かって金色の閃光が噴き上がった。 

 

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