第141話 魔の者

 

 因縁を視る。

 

 レインの得意とする技だったが、目の前の"甲冑"が引きずっている因縁は読み解くまでも無い。 

 わずかな因縁の糸しか繋がっていなかった。

 

(因縁の大元は、太陽神……そして、暗黒神)

 

 レインとの繋がりは、暗黒精霊神によって、送られた先で生じた因縁だった。

 

 生前の"勇者"のことは知らないし、その妹にかたきだと言われるのは心外だったが……。

 

(太陽神が、僕を狙ってきた理由?)

 

 異界の"魔王"を救ったことが、太陽神の怒りをかったのだろうか?

 それとも、神子だったという"勇者"が命を落としたこと?

 

(あの後、向こうの世界で何かあったのかな?)

 

 魔王以下、シュカ達は、どう控えめに言っても温和な性格をしていない。 

 やられたのだから、やり返しただろう。

 "勇者"に攻め込まれ、"魔王"が深手を負わされたのだ。それを甘受するはずが無い。 

 苛烈な報復が行われただろうことは容易に想像できる。 


 太陽神の神子だった"勇者"が居なくなった後、魔王達に対抗できるほどの存在は居ないだろう。

 勇者の妹だというユーメリアにしても、身に付けた甲冑や剣は油断ならない力を秘めているようだが、肝心の装備者の力がかなり落ちる。ほぼ、神具の力だけで戦っているようだった。

 もし、魔王が本気で報復を行ったなら、あちらの世界の人間達が悲惨な状況に陥ったはずだ。

 

(ユーメリアじゃ、どうやっても魔王達には敵わない)

 

 魔王城に入ることすら出来なかったのではないか?

 

(いや……魔王城には行かず、初めから僕を狙って来た?)

 

 レインは、描き終えた法陣に神気を流した。

 ユーメリアの耳元で"暗黒神の使徒"の存在をささやいた存在は、ユーメリアでは"魔王"に勝てないことを知っているだろう。

 

(あの時の僕なら……)

 

 以前のレインなら、ユーメリアでも仕留めることができると考えたのかもしれない。 

 

(そろそろかな?)

 

 視線の先では、"破砕"で粉々になったユーメリアが元の姿へ復元しつつあった。

 先ほどと同様の斬り合いなら、同じ事の繰り返しになる。 

 レインが展開した法陣は、"復元"を観察するためのものだった。 

 

(次は、再生を許さない) 

 

 レインの双眸に青白い神光が点る。

 

 "再生"が神具に備わった権能だろうと、神気の導路を断ち切れば権能は発現しなくなる。わずかな異物や異質な気を混ぜるだけで効果を阻害できる。それは、太陽神が与えた武具であっても例外では無い。 

 

 ユーメリアの剣は、"狂獣爪"を切れなかった。 

 

 ユーメリアの甲冑は、"破砕"を防げなかった。 

 

 "再生"の権能を封じればユーメリアの勝ち筋を消せる。 

 

(もし、様子見で権能を出し惜しみしているなら……)

 

 ここで終わる。

 

 レインと決闘をするなら、初手に全てを賭けなくてはいけない。 

 レインの術技を上回る暴力でねじ伏せるか、防ぎきれない強大な神力や魔力で一気呵成に攻撃をして押し切らないと駄目だ。 

 

(神具の他にも権能を与えられているはず)


 真に太陽神の神子なら、与えられた権能が再生する甲冑だけということはない。 

 

 レインは、手にした神槍を軽く振った。 

 決闘領域内を覆い尽くした法陣が、淡く導路を光らせてから消える。 

 

「閉じた空間……決闘の領域……」

 

 再生を終えたユーメリアが口を開いた。 

 

(僕達と同じ言葉?)

 

 レインは神槍を身構えた。

 

「なるほど、この地ならば逃すことは無い」

 

 ユーメリアが、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

(これは……備えが足りないか?)

 

 レインは、大きく距離を取って防御の法陣を描き始めた。 

 

 その時、

 

「太陽神よ! この身を灼いて顕現せよ! 勇者になれなかった哀れな体をくれてやる! 矮小なる我が身を形代に降臨せよ!」

 

 神気を噴き上げ、ユーメリアが絶叫を放った。 

 

(神を降ろす? 大神を? そんなことができるの?)

 

 レインの眉根が寄る。

 どうやら、ユーメリアが残していた奥の手らしいが……。

 

(太陽神は、凶皇が斃したはず。こたえる神なんて存在しないと思うけど)

 

 レインが知らないだけで、太陽神は一柱だけでは無いのだろうか?

 

『太陽神よ!』 

 

 ユーメリアが天空に向かって叫んだ。 

 

(あ……)

 

 レインは双眸を細めた。 

 

 何かが、ユーメリアの呼び掛けに応じて近づいて来る。

 

(……神だけど)

 

 太陽神では無い。

 少なくとも、レインが知っている太陽神とは異なる。

 

 

 うぅ……

 

 

 ユーメリアが苦しげに呻いて身を折った。

 

 

 あぁぁぁぁ……

 

 

 両手を空へ突き上げるように拡げ、ユーメリアが大きな声を放った。

 その身に、力が流れ込んでいる。 

 "視る"ための法陣を敷いていなければ認知が難しかっただろう。

 

(魔物?)

 

 押し寄せてくる気配は、神気より瘴気の方が濃かった。

 

 両手を挙げて無防備な状態のユーメリアめがけ、レインは神槍を投げた。 

 同時に、舞わせていた"破砕"の符で押し包む。 

 

 

 カッ……カァーン……

 

 

 破砕の鼓音が、2度鳴った。 

 剣で弾かれた神槍が手元へ戻る。 

 

 直後、

 

 

 アハハハハ……

 

 

 ユーメリアが愉しげな笑い声をあげながら、レインめがけて斬り込んで来た。 

 レインは、避けずに受けた。

 

(うっ!?)

 

 予想外に重たい剣撃に神槍を弾かれかけ、レインは"剛力"を使って踏みとどまった。 

 

「シッ……」

 

 剣と神槍を合わせたまま、レインはユーメリアめがけて蹴りを放った。 

 咄嗟に剣を放し、ユーメリアが右腕の籠手で受ける。

 籠手がひしゃげ、右腕がへし折れ、ユーメリアが姿勢を乱してけ反った。 

 

 瞬間、

 

 

 カッ……

 

 

 身をよじって回避したレインの耳元で、硬い音が鳴った。

 け反ったかに見えたユーメリアが、いきなり噛みついて来たのだ。

 

(首が……)

 

 ユーメリアの首が、異様な長さに伸びていた。

 

 

 キャハハハハ……

 

 

 笑いながら、ユーメリアが長剣を横殴りに振る。その剣を握る腕が途中で長さを変え、角度を変えて、レインに迫る。

 

 神槍と"狂獣爪"を使って剣を受け、反らしながら、レインは肉薄するユーメリアから距離を取ろうとして下がった。 

 

 それを待っていたかのように、ユーメリアが大きく口を開けた。

 レインに向かって何かを叫ぶように声を放つ仕草をする。

 

(……えっ……あっ!?)

 

 不可視の何かがレインめがけて飛来した。

 咄嗟に、右手を"闇帳"に変化させて防ぎ止める。毒気の塊だったらしく、一瞬悪寒に襲われて体が痙攣したが、レインの命力を削るほどの毒では無かった。

 

「ぐっ……」

 

 レインの口から小さく苦鳴が漏れた。

 "闇帳"で毒気を防いだ瞬間を狙って、斜め後方から剣が襲ってきたのだ。 

 

(黒衣を着ていなかったら危なかった)

 

 掠めた一撃で、右側の肩甲骨が圧壊している。斬られはしなかったが、衝撃を殺すことはできなかった。

 

 レインは唇を噛んだ。半狐面の下で双眸が険しくなる。

 

(弱体化の法陣が効いているはずなのに、自由に動かれた)

 

 ユーメリアに何が降りたのかは分からないが、周囲を気にして戦っていられるほど甘い相手では無さそうだ。

 

(まだ、力を操る自信が無いけど)

 

 難敵らしい。

 持て余している神気と魔瘴気を使って、戦わなければ勝てないかもしれない。

 

『ロンディーヌさん』

 

 レインは、ロンディーヌに呼び掛けた。

 

『こちらを気にせず、存分にやってくれ』 

 

 間髪を入れず、ロンディーヌの念話が返る。

 

『我々が御護りしております』

 

 ゼノンとゾイから思念が届いた。

 

『頼むよ。まだ、上手くやる自信が無い』

 

 死角から連続して襲って来る剣撃を避けつつ、レインはユーメリアの周囲に漂う"破砕"の符を全て発動させた。 

 

 賑やかな鼓音が鳴り響き、砕かれた甲冑が飛び散る。

 ほぼ同時に、ユーメリアが黒々としたつぶてのようなものを無数に放ってきた。

 

(何が降りたんだ?)

 

 "破砕"で崩れたユーメリアの体から、触手のように無数の腕が生え、逃れるレインを追って伸びて来る。

 

 

 ……<狐火>

 

 

 視界を覆い尽くさんばかりの人腕が一斉に燃え上がった。

 

 

 アハァ……

 

 

 ユーメリアから歓喜の波動が押し寄せてきた。 

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