第134話 暗黒
「どれが、カゼインの王様です?」
レインはロンディーヌに
「はて……?」
ロンディーヌが首を傾げた。
呪物化した何かが
肉塊は、壁際へ逃れようとして、床を
「もう、会話が成り立ちませんね」
レインは溜息を吐いた。
淡い自我のようなものを感じるが、個として
「宰相だった男だろうか?」
「どうなんでしょう? あの指輪の……僕が物憑きの神を祓った時に、呪いが返ったんだと思います。あの神も、呪で縛られていたんでしょう」
「カゼイン王は、その呪いに関与していたのだな」
「それにしても……これだけの呪物が出来上がるほどの呪いを仕掛けておいて、アシュレントの王が無事だったのが不思議です」
「魔導王は、カゼイン王を
「それでも、無傷ということは……?」
首を捻るレイン。
「レインのように、呪咀に耐性があるか、そういう魔導具を持っているのかもしれない」
「なるほど」
呪いが効かないというのは、レインだけの特技というわけでは無いだろう。呪いや毒物に関して、アシュレントは国家ぐるみで研鑽を積んでいる。魔導王ユーキルタが呪いに対する防御手段を講じないはずは無い。
「どうする?」
ロンディーヌの双眸が、床を這う肉塊を見つめる。
「う~ん……カゼイン帝国を譲って貰うつもりだったんですけど」
レインは部屋の中を見回した。
謁見の間ではなく、国賓向けの客間のような広い部屋だった。侍従が控える間には誰も居ない。
「静かになったな」
先程まで聞こえていた戦闘音が止み、乱れていた城内の気配が
「……ゼノン?」
「これに」
レインの呼びかけに応じ、ゼノンが姿を現した。
「城の兵は?」
「
「王族は居なかった?」
「貴族は幾人か居ましたが……
ゼノンが軽く首を振った。
「ああ……そう」
レインは、ぶよぶよと蠢く肉塊を見た。
「成れの果てですか。ずいぶんと醜い」
ゼノンが率直な感想を口にした。
「カゼイン王に恨みはありませんが……このまま放っておきましょうか」
「良いのか?」
ロンディーヌが眉をひそめた。
アシュレントに唆されたとしても、
「物憑きですか」
レインは、指輪を取り出して手の平に載せた。少し青みがかった鈍色をした指輪だ。レインの見立てでは、対象の自我を破壊し、文字通りに"人形"として操るための呪具……だった品だ。
"縁"は、カゼイン王だった肉塊に繋がっている。
「放っておけば、誰かがこれを退治して王になるんでしょうか?」
王が居なくなったのだ。いち早く状況を理解した者が王権を手中に収めるべく行動するだろう。
「そうなるな」
ロンディーヌが頷いた。
「ここで、僕達が
「楽にしてやる必要はないか」
ロンディーヌが軽く唇を噛んだ。
「焼きたいなら、止めませんよ?」
「私は、そこまで慈悲深くは無い」
「まあ、このまま野放しにするつもりはありませんけど」
レインの双眸が金色の光りを
「レイン?」
「城を出ることを禁じる!」
短い呪詛を込め、レインは指輪の一つを指で弾いた。
ヒュアァァ……
呼気を吐き出して、"肉塊"が床上でのたうった。
その紫色の肉に、指輪がめり込んで肉を焼き煙を噴き上げている。
「神に祈ることを禁じる!」
2つ目の指輪が、波打つ"肉塊"に撃ち込まれた。
ウアァァァ……
苦鳴が部屋を震わせる。
「アシュレントの魔導王ユーキルタの生が続く限り、その苦しみが止むことは無い……"双魂の呪怨鎖"……」
黄金色に光るレインの双眸が虚空を映した。
その視線の先に何を捉えているのか、ロンディーヌとゼノンが静かに見守る中、レインが小声で呪を唱え始めた。
「……成った」
小さく呟いたレインの双眸から光が消えた。
「呪法か?」
ロンディーヌが、苦鳴を放ち続ける肉塊を見ながら訊ねた。
「相手がユーキルタかどうかは分かりませんが……ここで、カゼイン王と共に呪詛を操っていた者へ、呪詛の鎖を繋げました」
「やはり、魔界か?」
「魔瘴窟の向こう側かどうかは分かりません。でも、ちょっと遠かったですね」
「呪が成ったと言ったが……ユーキルタに呪術が通じるのか?」
「どうでしょう? まだ、呪鎖は解かれていませんが……嫌がらせくらいにはなるんじゃないですか?」
レインは小さく笑った。
「呪法合戦か?」
「やり返して来ると面白いんですけどね」
「珍しく、やる気になっているな」
「やる気というか……けじめです」
「ほう?」
「メルファ?」
レインの視線が、扉の向こうへと注がれる。
「……御用でしょうか?」
そっと扉を開けて、メルファが顔を覗かせた。
「ここに、暗黒精霊神様を呼び出せる?」
「えっ!? い、いえ……無理です!」
メルファが凄い勢いで首を振った。
「
繰り返し
「そうか……じゃあ」
レインは、呪符を取り出して神気を注いだ。
「あっ……あの、レイン様?」
慌てるメルファの目の前で、神気を込めた呪符が輝く光柱を天空めがけて噴き上げた。
「なにを願ったのだ?」
ロンディーヌが訊ねた。
「暗黒精霊神と話がしたいんです」
「何のために?」
「デュカリナ神学園を任せられた精霊で一番上の地位に居たのはメルファです」
「……ああ」
「それはつまり、暗黒精霊神様が、デュカリナ神学園の監督責任を負っていることになりませんか?」
「そうなるか……確かに」
ロンディーヌがメルファを見た。
真っ青な顔でメルファが激しく頭を振る。
「うん……アイリスさんにも、一緒に話を聞いて貰おうか? ねぇ、
レインは、ちらと空を見上げた。
『まったく、面倒なことを……君は本当に……』
何処からともなく、
「だって、魔瘴窟は暗黒様の領分でしょ? 違う?」
『……いいや、その通りさ。ただ、暗黒精霊神様は少し特殊でね』
「特殊って?」
『世に、一柱しか存在しない』
「……光神はいっぱい居るのに?」
『君は、こことは別の世界が存在することを知っているだろう?』
「うん、魔瘴窟の向こう側も、そうだよね?」
レインは頷いた。
『そうだね。それに、君が以前に飛ばされた異界や……他にも異なる世界が存在している』
「そうなんだろうね」
『光神や……他の精霊から成った神々は、それぞれの世界に別々の個体が存在する』
「ふうん」
『この世界だけでも沢山の光神が存在するだろう?』
「うん」
『光だけじゃない。風や大地、炎など……多くの精霊が存在し、精霊から神に成る個体が存在する』
「暗黒精霊神は違う?」
『1体しか存在しない。いや、神籍に入ったから、1柱だな』
「そうなの?」
レインはメルファを見た。
『暗黒精霊自体は、それなりに存在する。他の精霊に比べれば数は少ないがね。ただ、神成りを認められるほどの個体は滅多に現れない』
「どうして?」
『その子のように、力を付けて生き残る個体が少ないんだ』
「……うん?」
『今回見ただろう? 光精霊の不始末に、光精霊神が救いの手を差し伸べ、光精霊神の不始末には光神が……そして、大神の太陽神すら権能をふるって介入してきた』
「うん」
『光神の繋がりは極端な例だ。しかし、程度の差はあるが、他の神々も似たようなことをやる』
「ああ……そういうこと?」
精霊同士が争った場合、他の精霊であれば精霊神や上位神が後援をしてくれる。だが、暗黒精霊だけは、"神"の後援を受けられない。全て、自分自身で何とかしなければならない。
『そういうことさ。暗黒精霊神は、暗黒精霊の面倒を見ない。というより、何もしない。意識を向けることすらない。認知すらしていないんじゃないかと思う』
「それは、ちょっと……」
メルファを見るレインの眼差しに
『信者から大量の祈念が押し寄せれば、無視することも
「なるほど」
『今回の騒動なんか、完全に見て見ぬふりさ。その子に全てを押し付けて……まあ、事の責任は、全てその子が負うことになるね』
「それが暗黒精霊神?」
『そうさ。神成りをした暗黒精霊……神籍に相応しい権能は持っているんだけどねぇ』
「そうか。じゃあ、何か話し合って決めたとしても、すぐに忘れちゃって……決め事とか守ってくれない?」
『約定を守らないのでは無く、約定を覚えておく努力が
「……駄目じゃん」
レインは眉根を寄せて溜息を吐いた。それから、
(対談は、止めにします。別の方法を考えます)
大きな溜息と共に、レインは呪符に神気を注いで裁神様へ奉じた。
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