第132話 断界の剣

 

 隣に座るロンディーヌが小さく笑ったようだ。

 

(何か、あったかな?)

 

 レインは、目顔で問いかけた。 

 

「いや……この顔ぶれがな」

 

 ロンディーヌが面を伏せるようにして、くっくっ……とたのしげに喉を鳴らした。 

 

「顔ぶれ?」

 

 レインは、円卓に座った面々を見た。

 

 デュカリナ神学園跡地に、ぽつんと残った神殿の前に置いた円形のテーブルを、レインとロンディーヌ、ゾイ、ミノス、メルファ、エンセーラ、幼い魔呪鬼オージェの男児と女児が囲んで座っている。 

 

ひじり成りした死鬼に、蛟王こうおうの成り代わり、暗黒精霊……魔呪鬼オージェの国をべる女王とその子息達……なかなかに、珍しい顔ぶれではないか」 

 

 ロンディーヌが、護衛として立っている魔呪鬼オージェ達を流し見た。 

 

「それを申すなら……ロンディーヌ様も、なかなかに珍しい御方でありましょう」

 

 ゾイが小さく笑った。 

 

「私など、精霊混じりと言うだけだ」

 

 ロンディーヌがレインを見た。

 

「僕は、ただの人間ですよ?」

 

 レインは苦笑を浮かべた。

 

……では無かろう?」

 

「そうですね」

 

 ロンディーヌの言葉にゾイが首肯する。

 

 その時、

 

「……トリコ?」

 

 レインは卓上に目を向けた。

 

 何も無いところに、"黒猫トリコ"が湧いて出た。 

 

「どうだった?」

 

 魔瘴窟にちょっかいを出して良いかどうかアイリスに訊ねたら、裁神様の御許可が必要だという話になり、雑談をしながら帰りを待っていたのだ。 

 

『君の好きなようにして良いそうだ。ただし、住人との間に深刻な軋轢あつれきが発生した場合は、アイリス様を介して事態の解決を図るようにとのことだ』

 

「ん? どういうこと?」 

 

『無闇に殺戮を行うなと言うことさ』 

 

「いや、そんなことはしないよ?」 

 

 レインは眉根を寄せた。 

 

『そうかね?』 

 

 黒猫トリコが腕組みをしてレインを見る。 

 

「魔瘴窟がどういうものなのか、どうして発生するのか、場所を移すことができるのか……そういうことを調べたいだけなんだ」 

 

『もう分かっていると思うけど、魔瘴窟として現れているアレは、こことは別の界との出入り口さ。魔瘴気が立ちこめた世界……神殿などで魔界と称している世界に繋がる通路のようなものだ』

 

「うん、それはエンセーラさんに教えて貰った」 

 

『君達は、"魔呪鬼オージェ"という古めかしい呼び方をしているが、今の世では彼ら……彼女達は"悪魔"と呼ばれている』 

 

「うん」 

 

『人間にとっては紛れもない敵性種であり、神々に敵対する存在……などと言われているが……』 

 

「こちらと同じように、国を作って暮らしている人達」

 

『そういうことさ。まあ、纏っている魔瘴気が、こちらの世界の生物を害するからね。相容あいいれない存在であるという点で、"悪魔"と称して怖れられている』

 

「神様はどうなの?」

 

『君達が "古代人" と呼ぶ存在を覚えているかい?』

 

「うん」

 

『あれ達は、神々の世界のことを "霊渦界" と呼んでいただろう?』

 

「うん、言ってた」

 

『同様に、魔瘴窟の向こう側を "闇渦界" と称している』

 

「闇渦界……か」

 

『そこにしは無く、ただ互いに別の "ことわり" によって存在している異質な世界というだけだ』 

 

「ふうん……」

 

『ちなみに、我々は君達が住んでいる世界を "素界" と呼んでいる』 

 

「そかい? ふうん……」

 

『さて……それで、君はどうしたいんだい?』

 

 黒猫トリコがレインの前に近づいてきた。

 

「どうって?」

 

『魔瘴窟は、まあ……ちょっとした歪みを元に裂けてしまった界の裂け目……隧道トンネル……緩衝域のようなものさ。抜けた先には、魔瘴気で満たされた別の世界が広がっている』 

 

「別の世界か」

 

『あちらへ攻め込んで暴れるつもりじゃないだろうね?』

 

「僕が? どうして?」

 

『生き物として、相容あいいれない存在だからね。君くらい力をつけた存在なら……"悪魔"退治をしようと考えても不思議では無い』 

 

「その理屈で言うなら、僕にとっては魔呪鬼オージェは無害な存在だよ? 魔瘴気なんて、僕の栄養にしかならない」

 

 レインは、右手を持ち上げて見せた。 

 魔瘴気は"呪魂"の滋養である。 

 

『……まさか、凶皇様が今の状況を見越していたとは思わないけれど……とんでもない物を与えたものだね』

 

 黒猫トリコが小さく首を振った。 

 

「ただ魔瘴窟の位置を動かしたいだけなんだけど、どうすれば良いのかな?」 

 

『動かす? 界穴を?』 

 

「自分の所をちゃんとしようと思って」

 

『ふむ?』

 

 黒猫トリコが首を傾げた。 

 

「ラデン皇国の皇都があった場所が魔瘴窟に呑まれてる。全部じゃなくて良いから、半分くらい消してしまいたいんだけど?」 

 

『……なるほど』

 

「界の裂け目って、魔法で攻撃したらどうなるの?」 

 

『どうにもならないね』 

 

「霊法陣だと?」 

 

 レインの問いに、黒猫トリコが無言で首を振った。

 

「神気を込めた槍をぶつけたら?」

 

『界穴が、拡がるんじゃないかね?』

 

「それは困る」

 

 レインは腕を組んで沈思した。

 

『アイリス様にお尋ねしてみようか?』

 

「そうだね。場所を移すことができれば良いんだ。何か、そういう方法があると思うんだけど……」

 

『まあ、神様なら何か御存知だと思うがね。ただ……先ほど言ったように、別の世界のことだからね。直接干渉をなさるかどうか……あれは、自然な現象として捉えているからね』 

 

「魔瘴窟が自然の……?」

 

『千年、二千年の内には、消えて場所を移すものなのさ』 

 

「……ふうん」

 

 気が遠くなるような話だ。 

 

「人間が、魔瘴窟の場所を移したら駄目だという決まりは無い?」

 

『無いね。そもそも、人間にどうこうできる現象では無いからね』 

 

「そう」

 

 レインは小さく頷いた。

 

「あの……」

 

 その時、左隣に座っているミノスがそっと手を挙げた。

 

「どうした?」

 

「魔瘴窟が界境……異界との隧道トンネルであるなら、封鎖する方法が存在します」  


 ミノスがレインを見た。

 

ってるの?」

 

「はい」

 

 微笑したミノスが、レインを見つめた。 

 

「……僕?」

 

「はい」

 

「うん? いや……でも、僕が力尽くでやるのは違うよね? たぶん、それをやったら、周りが酷いことになるし……」

 

 レインは首を捻った。

 

「レイン様は、蛟王こうおうを倒しました」

 

「うん」

 

「彼の地で手に入れた道具があったはずです」 

 

「道具……ああ? 【生命廟ノアケルジ】のこと?」

 

「いいえ」

 

 ミノスが首を振った。 

 

「他に……道具?」

 

 レインは首を傾げた。

 

蛟王こうおうが所持していたはずですよ?」

 

 ミノスが小さく首を傾げる。 

 

蛟王こうおうが……?」

 

 レインは、蛟王こうおうと戦った時のことを思い浮かべた。 

 

「……もしかして、黒い大剣?」

 

 他に、持っていた物が思い出せない。 

 

「はい! その剣です!」

 

 ミノスが笑顔で頷いた。 

 

「あの剣が?」

 

「外界との繋がりを断ち……閉じた空間を生み出すことができます」

 

「あいつ、生気を食べる剣だと言ってたのに……」

 

「それは、あの剣の能力を引き出すためのかてに過ぎません。生き物の生気をかてとして、界を開く……あるいは閉じる能力を発現する道具なのです」

 

「……だってさ」

 

 レインは、笑みを浮かべて黒猫トリコを見た。

 

『参ったね。どうにも……こちらが干渉できることでは無いよ』 

 

 黒猫トリコが軽く肩をすくめた。 

 

「ダール君?」

 

『ゲェシマス』

 

 即応した"背負い鞄ダール"が、呑んでいた黒光りする大きな剣を吐き出した。 

 

 

 トッ……

 

 

 密やかな音を立てて、黒い大剣が円卓を貫いて地面に突き刺さった。 

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