第126話 神に抗う!

 

 

 キキキキキィン……

 

 

 連続した金属音を鳴らして、黒色の指輪が散らばった。 

 

(指輪?)

 

 レインは、槍を構えたまま油断なく周囲を見回した。 

 

 見ると、倒れてる魔呪鬼オージェの母子に命力が蘇りつつある。

 

(呪は破った……穢魔わいまは何だったんだ?)

 

 ゆっくりと構えを解いて、レインは小さく息を吐いた。

 

「レイン?」

 

 周囲を警戒しながら、ロンディーヌが声を掛けてくる。

 

穢魔わいまは祓いました。成功です」

 

 "背負い鞄ダール"に神槍を仕舞いながら、レインはゾイを呼んで魔呪鬼オージェの母子の治療を頼んだ。 

 

「少々、変わった魔物でした。神成りをしているとのことでしたが……」

 

 ゼノンが小声で訊ねる。

 

「うん……たぶん、あれかな?」

 

 レインは地面に転がった指輪を指差した。

 

「指輪……なるほど、物憑きですか」

 

 ゼノンが小さく頷いた。 

 

「どういうことだ?」

 

 ロンディーヌが寄ってくる。 

 

「自我を宿した道具が、長い歳月を経て精霊と成り……さらには神格を得るほどに昇華したという事例があります」 

 

 転がった指輪を拾い集めつつ、ミノスが言った。

 

「呪具だった?」

 

 レインはミノスに声を掛けた。

 

 その時、

 

『感謝します! 母が……弟妹も命を繋ぐことができました!』

 

 感極まる思念が飛び込んできて、レインは軽く顔をしかめた。 

 

(もう少し、魔力を抑えてくれないと……)

 

 首を巡らせると、ゾイに支えられて、魔呪鬼オージェの母子達が上体を起こしていた。 

 瞳を濡らしたソルフィアが地面にひざまづいてレインを見上げている。その周りで、両膝を地面に突いた魔呪鬼オージェ達がこうべを垂れていた。 

 

「大丈夫そう?」 

 

 レインは、ゾイに訊ねた。

 

「はい。元々、治癒力に優れているようです」

 

 穏やかに微笑みながらゾイが頷いた。 

 

「……リファンの女王、エンセーラと申します。この身の呪種……貴方様が祓って下さったのですね」 

 

 体に掛けられた白布を手で押さえつつ、魔呪鬼オージェの女がレインに向かって頭を下げた。 

 

「僕は、レイン。ラデンの王です」

 

 魔呪鬼オージェが人の言葉を喋ったことに驚きつつ、レインは名乗った。 

 

「レイン様、この度は……」

 

 礼を述べようとしたエンセーラがレインの前に進み出た。

 

 瞬間、

 

 

『レイン!』

 

 

『避けろ、わっぱ!』

 

 

 いきなり、強い思念が打ち付けてきた。

 

 祖母と"王冠の骸骨"の思念だと感じた直後、

 

 

 ……<瞬動>

 

 

 退魔法を使って、レインはロンディーヌに駆け寄った。

 

「ソルダイン!」

 

 鋭く声を発しながら、レインは上空を見上げた。ロンディーヌの細腰を抱いて跳ぶレインの頭上から、眩い白光の塊が落ちてくる。 

 

『レイン様、これはっ!?』

 

 突然のことで、ソルフィアが狼狽うろたえる。

 

(防御だっ! 身を護れ!)

 

 レインは全員に向けて念話を放ちながら、エンセーラ達の側に寄ると、全力で護法の陣を展開した。その頭上を巨大化した大盾ソルダインが覆い、日射しが遮られた。

 

 そう感じた直後、凄まじい高熱が頭上で爆ぜた。

 

 防ぎ止めた大盾ソルダインの周りに白炎が爆ぜ散り、地面を灼いて石を溶かす。強烈な熱風が吹き付ける中、レインは描いた霊法陣に霊力を注いだ。

 

 大気を断絶させる法陣だ。

 ただ巨大なだけの火炎塊なら、これで防げるのだが……。 

 

(……僕を狙って?)

 

 地面へ爆ぜ散った白い炎が生き物のように舞い上がり、レインめがけて迫ってくる。

 白々と燃える炎に殺意が込められていた。魔呪鬼オージェを狙った攻撃だと思って動いたのだが、どうやらレインを狙っているらしい。 

 

(そういうことなら……)

 

 レインは、ロンディーヌをゾイの方へ押しやった。 

 

「レイン!?」

 

「法陣から出ないで! ミノス! ゾイ! ロンディーヌさんを頼む!」

 

 地を蹴って走りながら、レインは右手を"闇とばり"に変化させて身を護る。 

 

 

 ……<金剛身>

 

 

 ……<回復>

 

 

 退魔法を重ね掛けしつつ、レインは上方から降り注ぐ白炎に宿った殺意を辿たどった。

 

(護法で防げるような熱じゃない。こんなの神様じゃないと……できない)

 

 異界の魔王から贈られた黒衣が無ければ、今頃蒸発していただろう。 

 

 なんとか、<回復> <金剛身> で耐えていたが、黒衣に護られていない髪が灼け、顔が溶けただれている。

 耳も聞こえなくなってきた。名を呼ぶロンディーヌの声が遠い。 

 

(姿は見えない……けど)

 

 殺意の根源は探り当てた。

 

(これが……神様の世界?)

 

 遙かな天空に、こことは隔絶した領域が存在した。白炎の殺意を辿らなければ、触れることすら叶わなかっただろう。 

 

(……遠い)

 

 この場から何をやっても届かない。

 神槍を投げても、煌龍と成っても届かない距離だ。

 だが、相手が放った白炎は、レインを狙って執拗に追ってくる。勝負にならなかった。 

 

(あっちは……大丈夫か) 

 

 熱風に灼かれながら、レインは安堵の息を吐いた。

 レインを追って法陣の外へ出ようとするロンディーヌを、ミノスとゾイがしがみついて引き留めていた。 

 

(こっちは……)

 

 そろそろ厳しくなっている。

 情けないことに、一方的に灼かれて <金剛身> を重ね <回復> を続けても体を保つことが難しくなっていた。 

 

(何とか一撃……)

 

 最後に煌龍と化して意地を見せたい。

 人の力が及ばないことは分かっている。それでも、このまま一方的になぶられるわけにはいかない。 

 

(……ゼノン)

 

『我が君……』

 

 呼び掛けに、すぐさま念が返る。

 

(この場から、ロンディーヌさんを逃して欲しい)

 

『この敵、我が影を許さぬでしょう』 

 

を作る) 

 

『……』 

 

 ゼノンが沈黙した。

 

(頼むよ)

 

『……承知』

 

(ありがとう)

 

 レインは小さく笑みを浮かべた。

 

『"背負い鞄ダール"を?』

 

(うん……合図で送って)

 

 "背負い鞄ダール"は、ロンディーヌの護りに置いて来た。だが、煌龍と成るためには、"背負い鞄ダール"に呑ませた霊力が必要になる。

 

(ダールに恨まれそうだな)

 

 草木が塵となって消え、石が溶けた地面に立つ中、神光を纏って退魔法で耐え続けるレインめがけ、遙かな天空から一際大きな白炎塊が降ってくる。 

 

 

 ……ふぅぅぅ

 

 

 細く長く息を吐き、レインは灼けて形を失った"闇とばり"を消し、元の【圧搾霊気筒ランパルト】に戻した。 

 

 悔しいが、今のレインにはどうしようもない。恥を忍んですがるしかなかった。

 

「何の神様かは知りませんが……神様には神様です。人の子らしく、泣きつかせて貰います」 

 

 レインは、両足を踏みしめると降ってくる巨大な白炎塊を見上げた。 

 

「裁神様、見えますか? 司奉が虐められています! 助けて下さい!」

 

 大声で叫びながら、レインは神光を帯びた呪符を【圧搾霊筒ランパルト】の筒口に詰めて放射した。


 わずかな間があって、空を無数の稲光が奔った。 

 

(おかわりは無くなったみたいだけど……)

 

 絶え間なく降っていた白炎は消えた。

 だが、頭上から落ちてくる白炎の巨塊が一つ残っている。


 この炎塊だけは自力で何とかしなければならないようだが、今のレインは命力を保っているだけで精一杯だ。 

 

(……ゼノン)

 

 レインは思念を放った。

 瞬間、"背負い鞄ダール"が足下に湧いて出た。 

 

『アツイデス! トッテモアツイデス! ヤケマス! モエマス! シニマス!』 

 

 頭の中に、賑やかな悲鳴が響く。

 事実、"背負い鞄ダール"に火が着いていた。

 

「ダール!」

 

 

 ゲェェェェェ…… 

 

 

 "背負い鞄ダール"が大量の霊気を吐き出した。

 

(煌龍……)

 

 総身が灼ける痛みに耐えながら、レインは龍を喚んだ。 

 

 

 …… "逆鱗げきりん" ……

 

 

(えっ?)

 

 軽く息を呑んだレインの中に、激しい怒りが膨れ上がってきた。 

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