第125話 精霊送り
「炎渦が消える?」
静まりかえった戦闘領域に、ロンディーヌの呟きが響いた。
醜鬼を灼き続けていた3柱の炎渦が徐々に勢いを弱めている。どこからともなく立ちこめてきた黒々とした魔瘴気が領域内を満たし、視界が闇に支配され始めた。
(……醜鬼が崩れて消えた)
レインは、左手の神槍を頭上に振り上げて、勢いよく振り下ろした。
鋭い風鳴と共に、立ちこめていた魔瘴気の闇が裂けて晴れてゆく。
「ここは、僕の領域です。隠形は意味を成しません」
レインの双眸が、斜め上方に向けられる。
そこに、長身痩躯の"異形"が浮かんでいた。四本の腕と一対の鳥翼、どこか人間に似通った姿をした"異形"だった。
(体が……影……闇の塊のような……)
恐ろしく存在が希薄な相手だった。一帯に埋設してある法陣で力を削いでいなければ、認識できなかったかもしれない。
念の為 <霊観> を使いつつ、レインは領域内に巡らせた神気の糸を確かめた。他に隠れているものは居ない。
(……僕を見ている)
長身痩躯の"異形"が、長くて細い腕を伸ばして、レインを指差した。
ウルダァ……
顔らしい造形が無い、闇色の頭部の何処かで声がした。
直後、レインの周囲に
「レイン!」
「我が君!」
反射的に、ロンディーヌとゼノンがレインを護ろうとして動く。
しかし、闇の
ダァ……
長身痩躯の"異形"が首を傾げた。
「ダール」
レインは、
瞬後、領域内に残っていた魔瘴気による闇が消えた。
ゲェェップ……
わざとらしい音と共に、
『オイシクナイデス』
不満げな感想が聞こえてくる。
ウルダァ!
"異形"が声を上げた。
綺麗に晴れた視界に、再び魔瘴気が立ちこめてくる。
しかし、
ダァ……
長身痩躯の"異形"が解せぬ様子で首を捻った。
ロンディーヌとゼノンが、互いに視線を交わして後方へ下がった。
(あれは……あれが、ヒメノズなのですか?)
ソルフィアの念話が届いた。
(さあ? 名前は知らないけど、さっきの醜鬼達を操っていた古い精霊……かな)
レインは"異形"を見上げたまま答えた。
こちらの力を探るつもりなのか、"異形"は技を小出しにしている。こうしている間にも、レインの埋設した術陣に力が満ちてゆくというのに……。
ジズル……ジズル……モーダルァ!
"異形"が大きく体を反らすと、反動をつけ前へ向けて四本の腕を振った。
今度は"闇"ではなく、神気を凝らした
レインはその場から動かず、右腕を前に突きだした。
人の手から"闇帳"へ……。
義手が形を変えて漆黒の壁となり、神気の
ダァ……
"異形"が首を傾げた。
「醜鬼を
小さく呪を唱えつつ、レインは"闇帳"と成った右手を振り抜いた。
本来は、霊光で成す退魔の法を、呪気によって改変した術技だった。
ウギルィ……
痩身の"異形"めがけて、三本の呪気の
「念縛……」
レインの顔に、
ギルィィ……
いきなり、動きを縛られ空中で金縛りになった"異形"の痩身めがけて、三本の
直後、突き立った銛頭から呪が注ぎ込まれる。
醜鬼が受けてきた数々の"仕打ち"その全てが怨嗟の呪と成り、操者である"異形"へ返された。
アゲェェェェエ……
物悲しい苦鳴を上げて、"異形"が仰け反った。その総身が燃え上がり、切断され、圧壊する。
バワァァァ……
痩身の"異形"を雷が撃った。
「凄まじいな」
ロンディーヌが呟いた。
「ですが……さすがは、神と称される存在」
ゼノンがゾイを見て頷いた。
小さく首肯したゾイが、
ヴラアァァアァァ……
ズタズタに引き裂かれた状態で、痩身の"異形"が叫び声を放った。
神光が領域を照らし、呪を宿した三叉銛が溶けるように崩れて消え去る。レインの<念縛> を弾き、大きく体を震わせると、"異形"がレインめがけて突進してきた。
迎えて、レインが神槍を突き出す。
穂先が届く寸前で、"異形"が左右へ分裂した。直後、"異形"の頭部が風船のように膨らみ、レインめがけて大口を開けて噛みついた。
レインは、"異形"の大口を"闇帳"で防ぐと同時に"狐火"で灼いた。
ヴラァ!
"異形"が怒号を放ちながら肉薄して襲いかかった。
くるりとその場で回ったレインの姿が消える。代わりに、小さな呪符が雪のように舞い散った。
カカカカッ……カァーン……
無数の鼓音が同時に鳴り響き、破砕された"異形"が粉々になって飛び散った。
「深々……染みて、闇魂に
呪を口ずさみ、レインが2度目の<捕縄> を使った。
破砕によって飛び散った肉片が空中に集って痩身の"異形"を成す。そこへ、三叉の銛が次々に突き刺さった。
声に成らない苦鳴が大気を震わせた。
(……駄目か)
わずかに傷を付けただけで、闇魂を捉えきれなかった。
3体の醜鬼の怨念を使った呪陣だ。もう1回使うことができるのだが……。
(これ以上は、無駄かも)
苦痛を与えることはできるが、効果は薄い。
ふぅ……
レインは小さく息を吐いた。
醜鬼最後の怨念を呪陣から抜いて、自分の右腕に纏わせる。
(……"狂獣爪")
レインの右手が、一本の長い獣爪と化した。
……<幻身>
……<瞬動>
霊法を使ったレインの残像を追うように、"異形"から伸びた腕が宙を貫いて抜ける。
"異形"の背後に現れたレインが"狂獣爪"を背から突き入れた。
ほぼ同時に、"異形"の体から棘状の突起が無数に生え伸びる。
ギィィア!
苦鳴を放ったのは"異形"だった。
総身から生やした棘はレインを捉えたが、<金剛身> を破れずに皮膚を浅く傷をつけただけだった。
代わりに、レインの"狂獣爪"が"異形"の魂を削っている。
相手が、精霊に準じる存在だと見定め、レインは骨肉ではなく、霊魂を狙って攻撃していた。
ヴアァ!
狂ったように長い腕を振り回し、"異形"がレインを追い払おうとする。
その頭上から、無数の <破砕>符が降り注いだ。
領域内に、鼓音と絶叫が延々と響き渡る。
「ロンディーヌさん、ゼノン……護りを任せます」
後方に控えていた2人に声を掛け、レインは神槍を握って目を閉じた。
(魂を……)
レインはわずかに腰を落として、左手の槍を"異形"に向けて構える。
そのまま、大きく息を吸って静かに吐き出す。
(
周囲から音が消え、頭の中が静かに整ってゆく。
(あぁ……)
静まりかえった水面がレインを中心に果てしなく広がる、聖煌龍の魂を砕いた時の感覚が蘇っていた。
(これだ……槍に神気を……)
左手に握った槍から感じる意志に応えるように、レインは練り上げた神気を槍に注ぎ込んだ。あの時は霊力しか扱えなかった。でも、今は神気を注ぐことができる。
(……ん)
レインが知覚している世界が真っ白に塗りつぶされて何もかもが消えていった。
唯一つ、歪に歪んだ
「成りました」
レインの呟きに反応し、"異形" の攻撃を防ぎ止めていたロンディーヌとゼノンが素早く左右へ避ける。
中央を、神槍を構えたレインが滑るように踏み込むなり、神気で光り輝く槍を突き入れた。
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