第122話 縛された魔呪鬼

 

「散開したか」

 

 魔力を探知したロンディーヌの周りに、魔呪鬼オージェの数だけ小さな火の玉が浮かぶ。 

 

「攻撃してきませんね」

 

 霊気を放ち威圧しつつ反応を見ようとしたのだが、魔呪鬼オージェの集団は散開しただけで魔法を放ってくる様子が無い。 

 

(次は、どうしよう?)

 

 まだ遠く、小さな点にしか見えないが、魔法による攻撃が届く距離に入っていた。 

 

(モヨミちゃん?)

 

 レインは上空に居るモヨミに念話を飛ばした。

 

『なんだい?』

 

 すぐに返事が返った。

 

(攻撃して来ないけど?)

 

『おびき寄せようとしているんじゃない? 魔法陣か何かを仕込んでさ』

 

(僕の探知に触れずに魔法陣を? もし、それができるほどの相手だったらお手上げだよ?)

 

『う~ん……そう言われると』

 

(モヨミちゃんの友達は?)

 

『今のところ、平気そう……ってか、眠ってるみたい』

 

(大丈夫なの? 戦闘に巻き込んじゃうよ?)

 

『割と頑丈だから、ちょっとくらいは大丈夫さ!』

 

(……とりあえず、話しかけてみるよ)

 

『悪魔と話すの?』

 

(念話なら通じるでしょ)

 

『まあ、たぶん? いっぱい居るけど、暢気にお話なんかしちゃって大丈夫?』 

 

 モヨミちゃんから不安げな思念が届く。

 

「ゼノン、馬車はここまで」

 

 御者台に声を掛けながら、レインは馬車の扉を開いて外へ跳んだ。

 逆側の扉からロンディーヌが舞い上がる。その足下に【浮動輪ヴィホル】が顕現していた。 

 

(ゾイは、そのまま仔狼ロッタを連れて影の中に)

 

 影に潜むゾイに指示を出しつつ、レインは軽く地を蹴って走り始めた。すぐさま、ゼノンが追いついてくる。斜め後方をロンディーヌが追って飛ぶ。 

 

(……あれか?)

 

 数十名ほどの集団がある。その中央に、際立って魔力が高い者が居るようだ。

 散開した魔呪鬼オージェ達が、レイン達を包むように周囲から距離を縮めてくる。

 

 

 ……<瞬動>

 

 

 レインは、退魔の術技を発動させた。

 瞬きをする間に、待ち受ける魔呪鬼オージェ達のただ中に飛び込んでいる。 

 

(子供?)

 

 護衛らしき男女の中に、小柄な魔呪鬼オージェが居た。

 額中央と側頭部に角が生えている。青ざめたような肌に、銀色の髪をした美しい顔立ちの子供だった。見ただけでは、男か女か判らない。 

 

(今の僕が見えるのか)

 

 子供の大きな双眸が、<瞬動> で移動したレインを追って動いていた。 

 

(この子、強いな)

 

 足を止め、レインは子供オージェを見つめた。 

 

 手を伸ばせば届くほどの距離。

 周りの護衛達が虚を突かれて、対応に迷っている間に、レインは護られていた子供の正面に立ったまま念話で語りかけた。 

 

(僕は、レイン)

 

 

 ドシッィ……

 

 

 慌てて間に割って入ろうとする魔呪鬼オージェ達を、ゼノンが軽く手を振って弾き飛ばした。 

 

『わたしは、ソルフィア・ワートリューです。願うことがあり、ここでお待ちしておりました』

 

 幼い外見に似つかわしくない、落ち着いた思念が返った。 

 

(頼み? 何だろう?)

 

 訊ねるレインの隣に、ロンディーヌが舞い降りた。 

 その麗容を見るなり、ソルフィアと名乗った子供の顔が目に見えて強ばった。 

 

『そなた、魔力しか視えぬのか?』

 

 ロンディーヌの念話が混ざる。

 

『えっ?』

 

 軽い驚きと共に、ソルフィアがロンディーヌを見上げる。 

 

『皇帝陛下に頼みがあるなら申すが良い。お忙しい身だ。言葉を飾らず、率直に申せ。あまり時間を取らせるな』 

 

 子供の魔呪鬼オージェ睥睨へいげいするように見下ろして、ロンディーヌが軽く叱る。 

 

『あ、あの……ここから先へ、あなた方が行くと、母に害が及ぶのです』

 

『親を質にでも取られたか? カゼインにそれが出来る人間など居らぬだろう?』

 

『アシュ山のユーキルタ』

 

『魔導王が山を出てカゼインに来ているのか?』

 

 ロンディーヌが眉根を寄せた。 

 

『助力を依頼され、向かった先で罠に掛かりました』

 

『御母堂が?』

 

『いえ……わたしの弟妹ていまいです』

 

『なるほど……子を質に、地位ある母親を捕らえて、魔呪鬼オージェを従わせたか』

 

 ロンディーヌがレインを見た。 

 

(アシュレントと魔呪鬼オージェは協力し合う関係だったの?)

 

 レインは、周囲に居る魔呪鬼オージェ達を見回した。 

 三眼巨人バクラオほどの強い個体は居ない。

 

『陛下の問いに答えぬか』

 

『古の協定により、供物を対価に手を貸すことになっています』

 

 ロンディーヌに促されて、ソルフィアが答えた。 

 

『すると、御母堂を救出しても、協定によって縛られるわけか?』

 

 ロンディーヌが訊ねた。

 

『いいえ。アシュ山が協定を破り、弟妹ていまいを捕らえた時点で、協定による縛りは消滅しました』 

 

 ソルフィアが首を振った。 

 

(弟と妹、母親の居所は分かっているの?)

 

『はい。カゼイン帝都の湖城にある聖堂です』

 

 レインの問いに、ソルフィアが答えた。 

 

『なぜ救い出さない?』

 

 ロンディーヌの双眸が厳しい。

 

『呪で縛されているのです』

 

 悔しげに拳を握り、ソルフィアが俯いた。 

 魔呪鬼オージェも人間と変わらない仕草をするようだった。 

 

(どういう呪縛か分かる?)

 

『弟妹の命力を母に負わせ続ける呪術です』

 

『む……』

 

 ロンディーヌの眉根が寄った。

 

(弟さんと妹さんの命力を削り、母親の命力を吸わせて補填している?)

 

『……はい』

 

(なるほど)

 

 レインは小さく頷いた。

 

 知識にある呪術だ。 

 呪術だけなら、解くことは難しくない。 

 

(たぶん、呪術を護るために、他の何かがあるはずだけど?)

 

『分かるのですか?』

 

 ソルフィアが大きく目を見開いた。

 

(弟さんと妹さんに仕掛けられたのは、霊法陣? それとも、何かの魔導具?)

 

『……くいです。神代の木から削り出したと言っていました』

 

(神木には、魔呪鬼オージェは触れない?)

 

『はい』

 

(カゼインの王がアシュレントから力を借りていたのは間違い無い?)

 

『はい』

 

(弟さんや妹さんが捕まっていなければ、君達はアシュレントやカゼインの兵には負けない?) 

 

『……無論です』

 

 ソルフィアの双眸に激情の炎が揺らぎ立つ。 

 

『陛下?』

 

 問いかけるロンディーヌの双眸にも炎が点っていた。 

 

(弟さんと妹さんが捕まってから、どのくらい経った?)

 

 訊ねながら、レインはゼノンに頷いて見せた。

 一礼をしたゼノンが消える。

 

 悲壮感を漂わせた魔呪鬼オージェ達に付き合って、こんな所で一戦交えるような無駄をしたくない。 

 

『27日目になります』

 

(そうか。じゃあ、もう……)

 

 レインは、周囲を見回して、倒木と石が転がった空き地に目をやると、軽く手を振った。 

 突風が巻き起こって地面が均され、聖光が地面を浄化する。 

 

(なっ、なにを!?)

 

 ぎょっと目を剥いたソルフィアを無視し、

 

「ゾイ、ここで治療をする。たぶん、もう聖術では無理だ」

 

 足下の影に声を掛けた。

 

「畏まりました」

 

 仔狼ロッタを抱いたゾイが影から浮かび上がってきた。

 

「ミノス、悪いけど呪いを引き受けてもらうかも」 

 

「お任せ下さい」

 

 レインに呼ばれて、ミノスが姿を現した。

 

「ロンディーヌさん、カゼインの王城を焼いて騒ぎを起こして下さい」

 

「仰せのままに」

 

 紅唇に笑みを湛えたロンディーヌが、胸に手を当てて優美に身を折ると【浮動輪ヴィホル】で空へと舞い上がった。

 

 入れ替わるように、黒々とした闇が宙空に湧き、闇を裂くようにしてゼノンが姿を現した。続いて、全裸の女と幼い子供が2人、闇のとばりから吐き出される。

 

 ソルフィアが声をあげて駆け寄ろうとするが、視えない壁に当たって弾かれ、尻餅をついた。 

 聖光で浄化された地だ。魔瘴の者が踏み入ることは容易ではない。 

 

(治療が先だ)

 

 レインは、厳しい目を向けながら手を振り、ソルフィアや魔呪鬼オージェ達を下がらせた。 

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