第123話 魔呪鬼の穢魔

 

いびつな呪術……抵抗されて不完全なまま強行したのか)

 

 呪詛を辿たどりながら、レインは顔をしかめていた。

 

『レ、レイン殿?』

 

 表情に不安を覚えたのだろう、すがり付くようなソルフィアの思念が届く。 

 

「ミノス、ごめん……ちょっとの間、呪詛の受け皿になって貰わないといけない」

 

「御役に立てるのですか!? ミノスはとても嬉しいです!」

 

 ミノスが、顔を紅潮させて笑顔を見せる。

 

「ゾイは、その2人を聖光から護っていて」

 

「お任せを」

 

 ゾイが、幼子2人を両腕に抱えたまま頷いた。 

 聖光で浄化された地面は簡易な聖域だ。幽閉されていた城で掛けられた呪いのくさびから一時的に脱している。

 ただ、このままでは魔呪鬼オージェである2人が聖域によって浄滅されてしまうため、ゾイが障壁で包んで護る必要があった。聖魔双方を高度に操るゾイならではの芸当だ。

 

「ミノス、ここに横になって」

 

「はい!」

 

 レインに言われ、ミノスが魔呪鬼オージェの女の横で仰向けになった。 

 

「この女の人の呪紋を誤認させ、ミノスに呪詛が向かうようにする。命力を吸われるから、しばらく苦しいよ」 

 

「はい!」

 

 ミノスが頷いた。

 

「本当は、形代を用意するべきなんだけど、その時間が無いんだ」

 

「大丈夫です!」

 

「……ごめん、ミノスにしか頼めない」

 

 謝りながら、レインは女の胸乳の間に掌を置き、ゆっくりと呪を探りながらへその上辺りで手を止めた。 

 

(酷い呪術……壊れかけの紋が3つも……これは、もう危ない)

 

 そもそもの呪術紋がいびつ過ぎた。この状態から一つ一つ解呪をしていると、女の身がもたない。ゾイが護ることができる時間にも限りがある。 

 

「ゼノン、ロンディーヌさんを呼び戻して」

 

「はっ」

 

 背後を護っていたゼノンが闇に溶けて消えて行く。

 

(ソルフィア、誰かを城へ向かわせて、カゼイン王やアシュレントの人間が逃げ出さないようにして) 

 

『分かりました。殺害の許可を頂けますか?』

 

(好きにやって良い)

 

 レインは頷いた。

 

 本来なら人間の側に味方をすべきなのだろうが、今は魔呪鬼オージェを治療することに決めている。 

 そう決めた以上、治療対象の魔呪鬼オージェに呪術を掛けたアシュレントの術者達、それを利用したカゼイン王は排除すべき敵だった。 

 

 ソルフィアが配下の魔呪鬼オージェ達に何やら指示を出すと、護衛の者達を残して魔呪鬼オージェ達がカゼイン帝都に向かって行った。

 

「レイン?」

 

 【浮動輪ヴィホル】に乗ったロンディーヌが戻ってきた。

 

「普通の解呪では危険な状態です。穢魔わいま祓いをやります」

 

「分かった」 

 

 ロンディーヌが首肯した。 

 

「ゼノンとゾイは人数外で参加できるので、僕とロンディーヌさんと仔狼ロッタ……後2人か」

 

 レインは、ソルフィアを見た。

 幼い外見をしているが、他の魔呪鬼オージェとは一線を画すくらいの存在格を感じる。かなり強いはずだ。 

 

『レイン殿?』

 

(これから、3人の治療を行うんだけど、かなり特別な術を使わないといけない)

 

『やはり……危ないんですか?』

 

 ソルフィアが母と弟妹ていまいを見る。

 

(もう時間が無い) 

 

『そう……ですか』

 

(だけど、今から行う術なら治すことができる)

 

『そうなのですか!?』

 

(術の名は、"穢魔わいま祓い"という)

 

 レインは、"穢魔わいま祓い"について説明をした。

 3人を苦しめているモノを瘴魔として外へ出し、討伐することで傷病を討ち祓うことができる。 

 

『そのような術が……あるのですね?』

 

(嘘を吐いても仕方が無い。ゆっくり説明している時間は無いし、そろそろ始めるよ?)

 

 レインの言葉に、ソルフィアが母と弟妹ていまいを見た。

 衰弱しているのは明らかだ。母から注がれる命力が足りておらず、弟と妹が弱っている。 

 

『何か……手伝えるでしょうか?』

 

(説明したように、穢魔わいまとしてび出した怪物を退治する必要がある。君達が居なくても、僕達だけで退治できると思うけど……君も参加したら? 自分の家族を助ける戦いだ。ぼうっと眺めているのは、つまらないと思うけど?)

 

『参加します! 参加させて下さい!』

 

 即答したソルフィアに、護衛達が慌てた。

 

(君の他に、1名連れて来ることができるよ?)

 

 レインは、騒いでいる護衛達を見回した。

 

『では、アドアナを』

 

 ソルフィアが、振り返って護衛の1人を指名した。黙って控えていた魔呪鬼オージェの女が、指名に応えて進み出た。

 ソルフィアと似た銀髪と青白い肌をした二十歳前後の外見の女で、軽装を好む魔呪鬼オージェにしては珍しく、全身を覆う銀色の重甲冑を着ていた。 

 

(すぐに始める) 

 

 レインは、少し離れた地面に法陣を描いていった。

 変則的な術の行使になるため、法陣で術を強化する。特に、穢魔わいまノ術に参加する者を明確にしておくために法陣を描いた。 

 

(そういえば……魔呪鬼オージェも参加できるのかな?)

 

 ちらと不安が過るが、ソルフィア達が居ても居なくても瘴魔に負けるとは思えない。いきなり始まる遭遇戦ならともかく、こうして準備をして戦いに挑むことができるのだ。レインが最も得意とする戦い方だった。 

 

「ロンディーヌさん、その円の中に立って下さい。仔狼ロッタも」

 

 レインは、地面の上で淡く光っている法陣を指差した。

 すぐさま、ロンディーヌと仔狼ロッタが光る円の中に立つ。

 

(ソルフィアとアドアナも)

 

 魔呪鬼オージェ2人にも同様の指示をすると、2人が指示に従って法陣に入った。

 

「ゾイ、ゼノン、3人を聖域から出して、この霊法陣の上に……ミノスは、そのまま呪を受けていて」

 

 レインは、"折れた剣"を取り出して握ると、足下に描いた大きな円形の法陣を見つめた。 

 

『これで……出てきた魔物を滅ぼせば、お母様や弟達が助かるのですね?』 

 

 ソルフィアが念を押すように訊いてくる。

 

(助かる)

 

『その術は……我等にも、魔人にも効果があるのですか? 我々は、良くも悪くも術に耐性があるのですが?』

 

(違う世界の魔族にも効果があった。だから大丈夫だと思う)

 

 どれほど耐性があっても、あの魔王より強いことは無いだろう。

 心配顔のソルフィアにちらと笑顔を見せて、レインは地面に横たえられた3人の近くに、瘴気を集めるために"折れた剣"を突き立てた。 

 

「始めます」

 

 レインはロンディーヌを見た。

 

「いつでも」

 

 首肯するロンディーヌの総身から押さえきれない魔力が溢れ出て、チリチリと大気を焦がし始めている。 

 

 レインは、ゼノンとゾイに視線を配った。

 

 

 ……ふぅ

 

 

 小さく息を吐いて体内を巡る霊力を高めながら、弱ってゆく3人に近づき左手で額に触れていった。 

 

「健やかなるを嫉み、蝕む……哀れな穢魔わいまに告げる!」

 

 レインの足下に赤黒い八角形の魔法陣が出現した。奇っ怪な文字に埋め尽くされた魔法陣が、ゆっくりと回転を始める。 

 

「我が名は、レイン! 哀れな妖物に滅びを告げる者なり!」

 

 定型の文言を呟いたレインの声に呼応し、足下の赤黒い魔法陣が赤々と光り始めた。

 俯いて目を閉じたレインの全身から膨大な量の霊力が噴き出し、魔法陣に注ぎ込まれてゆく。 

 

「告げる! 汝、血肉を喰らいし怪異である! 汝、病を楽しむ狂魔である! 汝、光に怯えるけがれである!」

 

 ゆっくりと開かれたレインの双眸が黄金色に輝き、地面に横たわる3人の額に黄金色の紋章が浮かび上がった。 

 

「……穢魔わいま招来っ!」

 

 レインは、地面に突き立てた"折れた剣"を指差した。

 

 わずかに遅れて、母親の体から黒々とした小さな粉のようなものが噴き上がった。

 続いて、弟と妹の小さな体からも噴き出して合わさると、地面に刺した"折れた剣"めがけて降り注いでいった。 

 

(3人だけど……上手くいった)

 

 無事、取り出すことに成功したようだ。

 

 レインは、黒々と渦巻いた瘴気の塊を正面に見ながら足下の術陣に膨大な霊力を流し込んだ。 

 

 見ている前で、黒々とした煙のようなものが"折れた剣"に集まって塊となってゆく。

 

(ん? 3つになるの?)

 

 一つの塊と化した瘴気が3つに分裂して、地面の上で膨らみ始めた。 

 

「ミノス、ありがとう。もう良いよ」

 

「はい!」

 

 ミノスが跳ね起きてレインの隣に来た。穢魔わいま祓いで生まれた領域が維持されている限り、3人の容態が変化することは無い。 

 

魔呪鬼オージェを苦しめていたもの……強そうだ)

 

 レインは、神槍を手に握った。

 

(巨人? いや……大鬼のような?)

 

 三眼巨人バクラオを彷彿させる巨人が瘴気を手で払うようにして姿を現した。3体共、何かの獣の皮を体に纏い、頭部に水牛のような角が生えた髑髏を被っている。

 

『ヒメノズの醜鬼……』

 

 ソルフィアから戦慄おののくような思念が届いた。

 

 

 ゴアァァァァァ……

 

 

 3体揃って咆吼を放ち、手にした棍棒を振り上げる。

 強烈な獣臭が押し寄せてきた。

 

「……臭いな」

 

 レインが顔をしかめて呟いた。

 直後、中央の巨人めがけて業火の渦が襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る