第120話 焼け野原
「あはは……焼けちゃったねぇ」
モヨミちゃんが笑いながら、メルファの背を
メルファが動かなくなってしまった。
神学園から建物が消えてしまったからだ。
いきなり凄まじい熱風が襲ってきたと思ったら、何もかもが綺麗に灼けて崩れ去ったのだ。
レインが常時展開している霊障壁が無ければ、この部屋も残らなかっただろう。
(あっ……霊格が上がった)
レインは、モヨミちゃんが用意してくれたお茶を口に含んだ。
アシュレント魔導国の魔狂兵と
「どうしよう、悪魔祓い君、メルちゃんが動かないよ?」
モヨミちゃんがレインを振り返る。
「少し魂を飛ばしたんでしょう。その内、戻るんじゃないですか?」
レインは、瓦礫が散らばる足下を見た。
光霊神だったものが、レインの霊封獄に捉えられて浄滅を始めていた。先程まで何かを訴えていたが、レインはまったく耳を貸さなかった。だから、何を言ったのか覚えていない。
(まあ、ロンディーヌさんに敵意を持っていたのは間違いないから)
討伐理由としては、それで十分だった。
降りてきた光霊神は、3柱。すでに何かの罰を受けた後らしく、神としての権能が著しく低下していたようだった。
破砕符で粉々になり、光霊術を使う間もなく封獄に捉えられ、そしてレインが異界から持ち帰った神槍に貫かれた。
「馬車は直る?」
レインの問いに、
「もちろんだよ! すっごく腕の良い職人だからね!」
モヨミちゃんが胸を張った。
「建物が無くなったけど、学園はどうなるのかな?」
「しぃ~……今、それ言ったらダメでしょ!」
モヨミちゃんが大慌てでレインの口を塞ぐ。
後ろで枯れ木のように立っていたメルファが、ゆっくりと倒れていった。
「アイリスさんに頼んで直してもらいましょうか?」
レインは、ちらっと上空を見上げた。
元は、家精霊だ。建物の再生くらい何とでもなりそうな気がする。
「いやぁ、それは……どうなんだろ? 悪魔祓い君が頼めば、再生して下さるかもしれないけど」
モヨミちゃんが、地面に倒れたメルファを見る。
「トリコは、どう思う?」
レインは上方を見上げた。
途端、
『よく気が付いたね』
何も無いところから、
先ほどから、そこに来ていたのだ。
「さすがに慣れたよ」
『慣れる慣れないの問題では無いんだがね。まあ、君の非常識ぶりを追求しても時間の無駄だね』
「光霊神は来るし、レオナス? あれも来たみたいだ。何が起こってるのか教えてよ。知ってるんでしょ?」
訊ねながら、レインは倒れて動かないメルファに視線を向けた。
『そうだね。まあ、それを伝えるために来たんだが……なんだか、哀れなことになっているね』
「神様が悪さばかりするから、こうなったんだけど?」
レインは眉をしかめて言った。
『……言い訳できない状況だね。アイリス様も頭を抱えていらっしゃったよ』
「神様の世界で何か起きてるの?」
『大乱……では無いか。それに近い揉め事が起きかけた』
「光神が騒いだの?」
『太陽神と、それの係累……光神も含まれてるね』
「それで、どうして僕を……ロンディーヌさんを狙って来たの?」
『ん? ああ、彼女は君とは別口だ。君は、純粋に光霊神から煙たがられているだけだが、ロンディーヌの方は太古の昔からの因縁だね』
「どういうこと?」
レインの眉根が寄る。
『カゼインの祖は、まだ神に成る前の原初の炎精霊に
「精霊と妖精……それで、どうして光神が絡んでくるの?」
レインは、黙っているモヨミちゃんを横目で見た。
その辺りの事情は、モヨミちゃんも知っているはずだ。
『全てを識っている訳ではないが、かいつまんで話すと……』
遙かな大昔に、美しい妖精姫を巡って、炎精霊と光神が奪い合いをやったらしい。
すでに神格を得ていた光神の方が権能の力で勝り、あらゆる面で炎精霊を圧倒したのだが、妖精姫は光神を毛嫌いし、求愛を手ひどく
これで
光神の中に、
光神の氏族とも言える他の光霊神や光精霊達にも、その怨嗟が伝播した。
神となった以上、人の世に軽々に手出しはできない。だから、半神を作ることにした。自分の手足となって人の世に君臨する者を生み出そうとした。
光霊神を
『そして、成長したレオナスに神の権能を与え、カゼインの宰相を操ってカゼイン帝室を討った。炎神の血脈を断ち切るためにね』
「ロンディーヌさんは……どうして、殺されずに島に流されたんです?」
『さあね? その辺の事情は知らないよ。ただ、そうだね……彼女の場合は、瘴魔が色濃く出ていたからね。遠からず命を落とすことが確実な状態だった。その程度のことは、神殿の人間なら分かっていたんじゃないかな?』
「ふうん……」
おおよそのことは理解できた。全ては、妖精姫に振られたことを逆恨みした、光神の腐った性根に由来する問題だということだ。
レインは、少し沈思してから
「太陽神というのは?」
『大神の一柱だ』
「天秤の女神様のような?」
『その通りだ』
「その太陽神が、光神を
『初めは、女神様の裁きを撥ねつけようとしていたが……』
「……裁くことができたの?」
『思わぬ助勢があって、太陽神の立場が危うくなった。光神の余罪をよく知っている神が現れてね……まあ、それで揉めに揉めて、最終的には神前決闘で決めることになった』
新参の神が、大神である太陽神を前にして、堂々と証言したそうだ。その上で、不服があるなら決闘で決めても良いと言い放って挑発したらしい。
「えっ!?」
『決闘裁判は、人間のためのものでは無い。本来は、神々の裁きを決するための制度なんだ』
「じゃあ、太陽神と天秤の女神様が?」
『いや、決闘を行ったのは、光神と凶皇だ』
「凶皇!?」
思わぬ神が出てきた。
『どういう訳か、凶皇が女神様に味方をした。初めは、太陽神との決闘を望んだそうだが、色々と揉めて、最終的には光神と凶皇の決闘をもってこの度の裁定とすることが決まったそうだ』
「なんか……驚いた」
レインは、モヨミちゃんを見た。
話を聞いていたモヨミちゃんが途中から眼を丸くしている。
凶皇の件は知らなかったらしい。
『すでに、口外することが許されている」
「そうなの? じゃあ、もう終わったんだ?」
沈黙していたモヨミちゃんが宙に浮かんで寄ってきた。
『勝負にもならなかったそうだよ』
「凶皇が勝った?」
『三日三晩、神界中に光神の苦鳴が響き渡って……たっぷりと苦しんでから浄滅したそうだ』
「うわぁ……」
モヨミちゃんが痛ましげに顔を歪める。
『そういう訳で、光神の遺児だったレオナスは、神格を失い、権能を失い、神界に居場所を失って、破れかぶれでロンディーヌの命を狙ったんだろうね』
その行為自体がまったく筋の通らない愚行なのだが、それしか思いつかなかったのだろう。
「光霊神や光精霊は、それを知っていて手助けしようとしたのか」
レインは唇を尖らせた。
勝ち目など無いと分かっているはずなのに、光霊神達が命を投げ出すかのようなデタラメな挑み方をしてきた理由が分かった。
『そう言うことだね』
「本物の馬鹿だね」
モヨミちゃんが呆れ顔で首を振る。
「レオナスも神児だから、本当なら覇王候補だった?」
『そうなるね』
「じゃあ、向こうの大陸からカゼインめがけて覇王候補が押し掛けてきたのって……」
『レオナス目当てだったんじゃないかな』
「そうだったのか」
道理で、レインのことを何も知らなかった訳だ。
『まあ、神前決闘の相手が
先ほどまで倒れていたメルファが立ち上がっていた。
「光神様が……決闘で? そ、それで……暗黒様は?」
幽鬼のように青ざめた顔でメルファが唇を震わせる。
「そこなの?」
モヨミちゃんが笑う。
『……暗黒神様は、裁神様の側についた。今回は、敵対せずに済んだようだね』
「ああ! 暗黒様……感謝致します!」
メルファが両手で顔を覆って座り込んだ。
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