第119話 手向けの華

 

「まだ何か来るな」

 

 ロンディーヌが呟いた。

 

「ロンディーヌ様」

 

 声を掛けつつ、ゼノンが闇から姿を現した。 

 

「どうした?」

 

「我が君から、御身を護れと厳命されました」

 

「それほどの敵か?」

 

 ロンディーヌが夜空に眼を凝らした。

 

「半神が来るそうです」

 

「半神? カゼインの武神か?」

 

「そのようです」

 

「……そうか。レインが言うなら、そうなのだろう」

 

 だが、なぜロンディーヌを狙って来るのか?

 

「カゼイン王の意を受けて? そこまで堕ちたのか?」

 

 ロンディーヌが顔をしかめた。

 

「レオナスは神格を奪われ、ただの神児に成りました。人界における何らかのしがらみに付き合う必要があったのでしょう」 

 

 ゼノンが、ロンディーヌを庇って前に立った。 

 

「レインとの神前決闘に挑まず、か弱い私を狙って来るとは……なかなかに見下げ果てた性根だな」

 

 軽く首を振って、ロンディーヌが溜息を吐いた。 

 

「ゾイ、ミノス、ロッタ……油断をするな。相手は、つい先日まで神籍を得ていた強者だぞ」

 

 ゼノンの声が夜陰に響き、名を呼ばれたゾイ達がゆっくりと距離を取って、ロンディーヌを中心に円を描くように立った。 

 

(さて……武神の名に恥じぬ強者であれば良いが)

 

 ゼノンは腕を組んで眼を閉じた。 

 

(我が君……)

 

『こちらは気にしなくて良い。ただ……周りを少し巻き込むかもしれないから、気をつけて』

 

 すぐに、レインから念話が返った。

 

(何があろうと、ロンディーヌ様は必ず御守り致します)

 

『うん、頼むよ』

 

「念話の相手は、レインか?」

 

 ロンディーヌがゼノンの背に声を掛けた。

 

「はい。向こうで行われる戦いに巻き込むことを懸念しておられます」

 

「それほどの相手がレインの所に? 武神以上の……何が来るというのだ?」

 

 ロンディーヌの柳眉がしかめられる。

 

「相手が何であれ、我が君の勝利は揺るぎません」

 

「そうか……そうだな」

 

 ロンディーヌが小さく頷いた。

 

 直後、

 

 

 ギィィィン……

 

 

 いきなり、激しい衝突音が響き、太い槍が地面に突き立った。空から飛来した剛槍をゼノンが打ち落としたのだ。 

 

「遠間から不意打ちとは……醜悪極まる蛮行だな」

 

 怒りに双眸を赤く染めたゼノンの口端から尖った犬歯が覗いた。

 

 

 オォォォォ……

 

 

 夜空に野太い男の声が響き渡った。

 ゼノンの怒気に反応したのだろう。大気を震わせる強烈な戦気が、ゼノンめがけて吹き付けてくる。

 

「あまり良い教育を受けていないようだな」

 

 上空から真っ直ぐに向かってくる人影を見ながら、ロンディーヌが魔力を噴き上げた。

 

 

 ウオォォォォ……

 

 

 今度は、ロンディーヌめがけて戦気が押し寄せてきた。 

 

「知性は期待ができません」

 

はなから対話など望んでおらぬだろう?」

 

 ロンディーヌに指摘され、ゼノンの口元に笑みが浮かんだ。同時に、両手の指から赤黒い爪が長々と伸びてゆく。

 

「ん……消えた?」

 

 ロンディーヌが眉をひそめた。

 

「右に」

 

 ゼノンがロンディーヌの右側へ視線を向ける。

 そこに、両手に長剣を握った甲冑姿の巨漢が立っていた。今の一瞬で移動してきたのだ。純白の甲冑に覆われていて顔貌などは分からないが、丈高い偉丈夫なのは確かだ。


「貴公がレオナスか?」


 試しに、ロンディーヌが声を掛けると、白甲冑の偉丈夫が無言で首肯した。

 瞬間、


「せいっ!」


 ミノスが、鋼の棒で殴りかかった。

 

 

 ギシュッ……

 

 

 鈍い擦過音が鳴り、手にした鋼棒ごとミノスが切断されて転がる。長剣の一振りで、ミノスが胴体を両断されてしまった。

 白甲冑の偉丈夫レオナスが地面に転がるミノスを蹴り飛ばし、ロンディーヌめがけて襲いかかろうとした。

 

 しかし、

 

 

 ゴッ!

 

 

 上半身だけになったミノスが、断たれて短くなった鋼棒でレオナスの足を打ち払った。腕の力だけで振った鋼の棍棒だったが、レオナスの膝が真横へ折れている。 

 

「ぬっ!?」

 

 斬って捨てたはずのミノスから痛撃を受け、レオナスが怒気を露わに右手の長剣を逆手に持ち替えて突き下ろした。 

 その時、

 

 アオォォォォォ……

 

 

 仔狼ロッタの雷光がレオナスを撃った。 

 ほぼ同時に、ゾイがミノスを拾って下がる。

 本能的な動きで、ゾイを追い討とうとしたレオナスの兜に4本の朱線が走り、頭部が輪切りにされて落ちていった。

 

「神としての力を失っているようだな」

 

 冷ややかな眼差しを向けるゼノンの前で、頭を失ったレオナスが膝から崩れて地面に座り込んだ。

 半神の不死性をもってしても、この状態から生きながらえることは難しい。

 あっけない幕切れだった。

 

「何があったか知らぬが、仮初かりそめでも神籍に入ったほどの者……かつてカゼインに身を置いていた者として敬意を表しておこう」 

 

 ロンディーヌが静かに手を伸ばして、手の平をレオナスに向けた。

 

 首から上を失い、項垂うなだれるようにして座り込んでいるレオナスを中心に拳大の炎塊が無数に浮かび上がる。

 

(む……)

 

 ゼノンは後方を振り返った。

 

「なんだ!?」

 

 ロンディーヌも首を巡らせた。

 

 遠く、西の空で眩い光が爆ぜていた。激しく光る光渦が地表から夜陰を払い、小さな太陽が生まれたように眩く輝いている。 

 

(我が君……)

 

『ちょっと驚いたけど……大丈夫。光神がそっちの奴に力を与えようとしたみたい。お使いが来ているから、しばらく邪魔しておくよ』

 

 レインから念話が返った。 

 

「ゼノン? レインは?」

 

 不安顔のロンディーヌがゼノンに問いかける。

 

「問題御座いません。その半神に、光神が力を与えようとしたため、我が君が妨害なさったようです」

 

「光神が降臨したのか?」

 

「いえ、使いの者が降りたようです」

 

「そうか」

 

 ほっと息を吐いたロンディーヌがレオナスに視線を戻した。

 首から上を失ったまま、レオナスが取り落とした剣を求めて地面を撫で回している。 

 

「首無しの騎士か……そのような姿は、見るに忍びない」

 

 痛ましげに眉をひそめたロンディーヌが、右手の指をゆっくりと曲げて拳を作った。  

 レオナスの周囲に浮いていた無数の炎塊から円錐状の炎棘が突き出し、四方八方から貫いて地面に刺し止めた。 

 

「……業火の蕾掌オルゴドーレ

 

 呟くように術名を告げるロンディーヌの双眸が金色に輝いている。 

 

「ゾイ」

 

「はい」

 

 ゼノンに声を掛けられ、ゾイがロンディーヌの後背へ回ると、宙に浮かんで迫っていた長剣を叩き落とした。 

 

「やっ!」

 

 掛け声と共に、ミノスが鋼の棒で長剣を殴りつけた。

 

 

 パァン……

 

 

 乾いた音が鳴って、折れた長剣が地面に転がった。 

 

 

 キィン!

 

 

 ほぼ同時に、ゼノンがもう一本の長剣を切断した。 

 

「永遠に眠れ……カゼインの英雄」

 

 ロンディーヌが握りしめた拳を開いた。

 紅蓮の大花が開き、レオナスを中心に幾重にも花弁を拡げて回る。け反って身をよじるレオナスに黄金の光粒が降り注ぎ、体を覆い尽くしてゆく。

 

「ロッタ」

 

 ゾイが仔狼を呼んで、離れた所にある瓦礫を指差した。そこに半死半生の講師が潜んで何かの術を唱えている。

 

 

 アオォォォォン……

 

 

 仔狼ロッタが喉を反らして遠吠えをした。 

 

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