第98話 寄り道

 

「ああ……ミノスを生贄いけにえにしようとしていると勘違いしたんですか」

 

 レインは頷いた。

 蛇人間シグナイ幻の民シェントランの間で、民から生贄を選ぶ際は、年長者から順に……という取り決めになっていたらしい。その約定をたがえ、幼い子供を生贄として連れ去ろうとしていると勘違いをし、氏族総出で決死の覚悟で追ってきたそうだ。

 

「残念なことに、姿はあなた達に似てしまっていますが、私はシェントランではありません。この身体は、レイン様が討伐した蛟王こうおうを再構成して作られたものです」

 

 ミノスがめた眼差しを向けた先に、レインによって呪縛されたシェントランが転がっていた。

 ミノスと似通った薄い金色の髪をした者がほとんどで、中には白髪に近い髪色の者も居た。 

 

「御寝所の……蛟王こうおうが!?」

 

 氏族長だという女が絶句した。

 他の男女も息を呑み、恐怖で狼狽うろたえた視線を交わし合っている。

 

「これから、墓地に……生贄を落としていた亀裂へ行きます。"み神"が出てくるかもしれないから、どこかに隠れていた方が良いんじゃないですか?」 

 

 レインは、居並ぶシェントランの顔をざっと見回した。

 どうやら、知っている顔は無い。学園にやって来たシェントランは居ないようだった。  

「い、み神を……それは……」 

 

 シェントラン達が一様に青ざめる。

 

「本当に居るのかどうか、行って確かめるだけです」

 

 レインは呪縛を解いた。

 元々、シェントラン達に興味は無い。邪魔をするなら排除しようと思ったが、どうやら勘違いで集まっただけのようだ。 

 

「お待ち下さい!」

 

 氏族長の女が追い縋った。

 

「何です?」

 

 レインが振り向くより先に、ミノスが手にした槍を差し出して女の行く手を阻んだ。

 

「……本当に、我等の子では無いのですね?」

 

 女がミノスを見つめてたずねた。

 

「その目は節穴ですか? 魔素の流れを見れば、シェントランかどうか分かるはずですが?」

 

 ミノスが露骨に顔をしかめる。

 どうやら、シェントランに良い感情を持っていないらしい。

 

「そう……ですか。確かに……違うようですね」

 

 冷え冷えとしたミノスの視線を受けて、氏族長の女が俯いた。

 

「もう良いですか?」

 

 レインは女に声を掛けた。

 

「はい……蛇人間シグナイから開放して下さったことを感謝致します。ありがとう御座いました」 

 

「ついでだったので気にしないで下さい」

 

「我々は、ここを退去致します」

 

「そうですか。あっ……そうだ。カセン・ノル・アリセルという人は、戻りましたか?」

 

 王子とは言っていたが、氏族長だったはずだ。

 

「えっ!? アリセルですか?」

 

 俯いていた女が顔を上げた。

 

「七つある氏族の一つ、アリセル族を束ねている……だったかな? 大勢の家来を連れてデュカリナ学園に来ていましたけど?」

 

「アリセルが下界に? 確かに、その名の者は、アリセル族の氏族長を務めておりますが……その動向までは」 

 

 女が首を振った。

 

「あなたも氏族長なんですよね?」

 

「はい。私は、ミューセイラ族の長です。サキーラ・ヨリ・ミューセイラと申します」

 

 女が地面に膝をついて頭を下げた。

 

「アリセル族のことは、何も知らないんですか?」

 

「氏族ごとに集落が別れております。詳しい内情までは……ただ、王母の病を治すための妙薬を求めて山を下りたと伝え聞いております」

 

「王母というのは?」

 

 ロンディーヌの説明では、王様の母親、つまり王子にとっては祖母ということになる。

 

「アリセル族の先々代のおさですね。シェントランの中でも、かなり長命種のようで……その齢は数千年を超えているとか」

 

「数千歳? さすがにそれは……」

 

 眉唾じゃないかと言いかけて、レインは口をつぐんだ。

 世の中には、レインの常識では計り知れない生き物が沢山居る。不老種と言われるシェントランなら、でたらめな年月を生き抜いている人が居るのかもしれない。

 

「我々には、王は存在しません。いえ……蛟王こうおうが絶対的な支配者であり、王であったのです。氏族内で、王を定めたところで意味はありません」

 

「まあ……そうですよね」

 

 言われるまま、生贄を差し出さないといけない立場で、王様も何もあったものではない。

 

「ただ、アリセル族は蛇人間シグナイに支配される以前から、この地に住んでいた民なのです。我等とは在りようが異なります」

 

 同じ、シェントラン同士でも色々と違いがあるらしい。

 

「他の氏族は?」

 

「各地の蛇人間シグナイによって捕らえられ、連れてこられた……と。もう、遠い昔のことなので、その当時を知る者は生きておりません」

 

 年長者から順に生贄として選ばれるため、当時を知る者は生きていない。

 

「あれ? じゃあ、王母という人は?」

 

 この地で生きている最年長のシェントランということになるが、どうして生贄にされなかったのだろう?

 

「……たばかったのです」

 

 レインの疑問に答えたのは、ミノスだった。

 

「えっ?」

 

 レインはミノスを見た。 

 

「姿形だけでなく、魔素の流れ、霊気の色まで幻術で変容させたのです」

 

「へぇ……幻術が上手だったんですね」

 

 レインは軽く眼を見開いた。

 蛇人間シグナイ衛士えじ蛟王こうおうまであざむくことができたのなら大したものだ。 

 

「それだけじゃなく、アリセル族は"衛士えじ"の1人を秘密裏に使役しています」

 

 ミノスの声音が冷たい。

 

「使役? 衛士えじを?」

 

 "衛士えじ"は、蛟王こうおう自らの身体から生み出された存在だ。姿形こそ、蛇人間シグナイに似ているがその存在は全くの別ものと言って良い。シェントランからすれば、遙かに格上の相手だが、どうやって支配したのだろう? 

 

「手傷を負って再生途中の衛士えじの頭に、支配の種を植えたのです」

 

 ミノスが自分の頭を指差してみせる。

 

「支配の種?」

 

「脳に根を張り、対象の自我を奪って、意識の無い人形に変える道具です」

 

「……そんな道具があるの? やっぱり、古代人の?」

 

 レインは眉根を寄せた。

 

「はい。それを模倣した物ですが……蛟王こうおうが創作し、衛士えじに与えたものをシェントランが盗みました」 

 

「それ、蛟王こうおうは知ってたの?」

 

 シェントランについてのミノスの知識は蛟王こうおう譲りのものだ。

 知っていてシェントラン達を生かしておくとは思えないが……。 

 

「レイン様が仕留めた"オーン"の衛士えじの知識です」

 

衛士えじの?」

 

「はい」

 

 ミノスが微笑を浮かべる。

 

「ふうん? じゃあ、アリセル族の王母は盗んだ"支配の種"というのを使って、衛士えじを操っていたんだ?」

 

衛士えじが交戦して返り討ちにされた相手が、"み神"だと思います。かなりの深手を負って、身動きが取れない"衛士えじ"に種を仕込んだのです」

 

「へぇ、上手くやったなぁ」

 

 レインは素直に感心した。

 支配から脱却するために、計画を練り虎視眈々と機会を覗っていたのだろう。そして、その機会を捉え、見事に格上の相手を支配下におくことに成功したわけだ。

 

(思ったより、まともかも?)

 

 王母という人物に少し興味が湧いた。

 

ファラスです」

 

「ん?」

 

「"ファラス"の衛士えじです」

 

「頭に種を植えられた衛士えじ?」

 

「はい」

 

 ミノスが頷いた。

 

「ふうん……ああ、行方が分からないとか言ってたっけ?」

 

「探索が得意な衛士えじだったので、蛟王こうおうが"み神"を見張らせていました」

 

「なるほど」

 

 "衛士えじ"は、それぞれが特殊な能力を持っているらしい。"ファラス"は探索に向いた能力を持っていたということだろう。 

 

「自分の力を過信して、"み王"の領域に近づき過ぎて攻撃を受けたのだと思います」

 

「そして、弱ったところをシェントランに?」

 

「はい」

 

蛟王こうおうは気付かなかったの?」

 

蛟王こうおうが籠もっていた御寝所は、全てを遮断してしまうのです」

 

 だから、何の情報も入ってこない。

 

「ああ……なるほど」

 

 レインは苦笑を漏らした。

 

「それだけ、み神を恐れていたということです」

 

「そういうことなんだろうね」

 

 レインは、地の底まで張り巡らせた霊力の領域を確認した。

 

「"ファラス"ですか?」

 

「うん、どこに居るの?」

 

魔導人形ゴレディアに封じられています」

 

「……魔導人形ゴレディア?」

 

蛇人間シグナイが造った魔導の甲冑人形です。薬で自我を奪ったシェントランを入れて動かしていたようですが……」

 

 ミノスが、サーキラ達を見た。

 

「こんな山の中で、魔導人形ゴレディアに何をさせてたの?」

 

 "み神"は別として、他に蛇人間シグナイが恐れるような存在は居ないだろう。

 

「石を切り出させたり、岩山を掘らせたり……労役ですね」

 

「そんなことに?」

 

 わざわざ魔導仕掛けの人形など持ち出さなくても、自分達でやれば良いだろうに。

 

蛇人間シグナイは、自分達が行う仕事だと思っていなかったのです。シェントランに命じて行わせていたのですが……」

 

「この地の岩は、とてつもなく硬く、そして重いのです」

 

 ミノスの視線を受けて、サーキラが答えた。

 

「岩が?」

 

 レインは、足下を見た。

 岩が硬いこと、重たいのは当たり前だが……。

 

「口伝ですので確かなことかどうかは……ただ、遙かな天空から運んできた岩であると」

 

 サーキラがミノスに目を向ける。

 

「空から?」

 

 レインは、陽が眩しい空を見上げた。

 

「この地を訪れる前に拾った鉱物です。蛇人間シグナイが地下に造らせた施設の外壁は、この鉱物を加工したものです」

 

 ミノスが排気穴を見た。

 地表からは想像ができない規模の構造物が岩山の中に存在している。その全てが、空から持って来た鉱物で造ったものだと言う。

 

「箱みたいな部屋がいっぱい……アリの巣のようになっていますよね」

 

 <霊観> を使って地下にある構造物は把握している。

 

アリの巣……ですか?」

 

 ミノスが小さく首を傾げた。

 

「知らない?」

 

「はい」

 

アリは?」

 

「分かります」

 

アリは、地面の下に巣を作るんだ。ちょうど、ここの地下のような感じの」

 

「そうなのですね。今度、観察してみます。アリは、どこに生息しているんでしょう?」

 

「はは……アリなんて、探すようなものじゃないよ。どこにでも居るから」

 

「でも……ここには居ないみたいです」

 

 地面を見回しながら、ミノスが唇を尖らせる。

 

「まあ、山を下りたら探してみようか」

 

「はい!」

 

 嬉しそうに相好を崩しながらミノスが頷いた。

 

み神を見に行くところなんだけど……)

 

 なんだか緊張感の無いことになってしまった。 

 

「さて……じゃあ、僕達は行きます」

 

「あっ、あの……」

 

「はい?」

 

「下界で……下山した後、あなたをお訪ねしたいと思います。ふもとでお待ちしております。お声がけして頂けないでしょうか?」

 

「僕を? どうしてです?」

 

「あなたは……あなたにとって、私達、シェントランは価値が無いからです」

 

「……えっ?」

 

 予想外の返答に、レインは面食らった。

 

「私達を捕らえて売買する……そんな人間が居ます。そういう国があります。先の氏族長の代には、実際に奴隷狩りの軍が襲ってきたそうです」

 

「この辺りのことは知りませんけど、何という国ですか?」

 

「イスギールという国か……組織のようです。すみません。敵の名としか伝わっておらず……」

 

「イスギール……知ってる?」

 

 レインはミノスを見た。

 

「はい。この山岳地帯から南方にある人間の国です」

 

「そのような国は、私達に価値があるから襲って来るのでしょう」

 

「まあ、そうかも?」

 

「しかし、レイン様にとっては、私達は売買に値しない存在でしょう?」

 

「えっ? それは、まあ……」

 

「人の世を知らず、相談する当ても無いまま山を離れることは不安です。しかし、ここは元々アリセル族の土地です。蛟王こうおうが亡くなったとなれば、他氏族の立場は弱いものとなります」

 

 氏族長としては当然なのだろうが、レインが蛟王こうおうを討ったと聞いてから、氏族の行く末について考えていたらしい。

 

「すぐにというわけでは無いでしょう。しかし、条件の良い土地をアリセル族に譲り、追いやられることになると思います」

 

 この地のシェントランの中では、アリセル族が一番人数が多いらしい。当然のように、これまで生贄を差し出してきた回数もアリセル族が最も多い。他氏族は、アリセル族には頭が上がらないのだと言う。 

 

「我々、ミューセイラ族は……ここに来ている者が全てです。もう、この世に生きているミューセイラは……これだけになってしましました」

 

 サキーラが同じ氏族の者達を振り返った。

 

「ふうん、これだけですか」

 

 ざっと、70人くらいだろうか。

 大変だとは思うが、自分達のことは自分達で何とかしてもらうしかない。

 

「この人数では、滅びは避けられないでしょうね」

 

 ミノスが冷たく言い放つ。

 

「……それでも、何とか抗ってみるつもりです」

 

 サキーラが俯いた。

 

「まあ、不可能ではありません。ぎりぎり……ですけどね」

 

「えっ?」

 

 ミノスの意外な言葉に、サキーラが顔を上げる。

 

「シェントランは、幸か不幸か長命種です。種として存続可能な人数は残っていると言っているんです」

 

「そ、それは……」

 

「種族そのものは無価値ですが、レイン様を頼ろうとする姿勢は高く評価できます」

 

 ミノスが、ふふんと鼻を鳴らした。

 

「まあ……とにかく、ちょっと行って来るので、僕に用があるならふもとで待ってて下さい」

 

 苦笑を浮かべつつ、レインは頭を掻いた。 

 

「聞こえましたね? さっさと下山してふもとで待機しなさい!」

 

 ミノスがサキーラに命令する。

 

「畏まりました。感謝致します」

 

 サキーラ以下、ミューセイラ族が深々と低頭した。

 

(何か……妙なことになった)

 

 レインは、小さく溜息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る