第97話 新しい仲間

 

(ここが、シェントランの町?)

 

 幾重にも張り巡らされた魔導の結界を抜けた先に、樹木が生えていない冷え冷えとした岩肌が広がり、無数の洞穴が口を開いていた。地表に家屋らしき物は無く、全て地下に造ってあるらしい。

 

 微かに香るのは、料理の匂いだろう。わずかに獣脂の焦げる匂いや青臭い草汁の香りがする。

 

(洞穴から出る煙まで幻術で隠している)

 

 人が出入りするための穴とは別に、空気を取り込む穴、排出する穴が備えてあるようだった。

 

蛇人間シグナイの墓場は……)

 

 レインは、後ろからついてくる幼い少年を振り返った。

 薄い金色の髪に、雪のように青ざめた白い肌。繊細に整った顔貌をしたシェントランの男の子だった。

 顔立ちだけでなく、体つきも細っそりとして華奢だ。レインの感覚では、10歳前後にしか見えないが、幻の民シェントランはレイン達とは異なる成長の仕方をするらしい。 

 

 名前を付けろと言われ、レインはミノスと名付けた。

 ミノスは、レインと似た神官衣を纏い、手には身の丈に合わせた長さの槍を持っている。全て古代人の指示で、"白い巨人"が用意したものだった。

 

(シェントランだと、これで15歳なのか)

 

 レインの視線に気づいて、美少年がわずかに首を傾げた。薄金髪がさらさらと流れ、陽光を滑らせて淡く輝いているように見える。 

 華奢過ぎて頼りなげに見えるが、急な岩肌を駆け抜けるレインに付かず離れずついてくる。古代人の説明では、もとになった蛟王こうおうの身体能力を引き継いでいるそうだ。

 

「ミノス、墓場はこの先?」

 

「はい。北側の斜面を降りると、深い裂け目があります。罪人の死骸は、その裂け目に投棄されていました」

 

 レインの問いかけに、ミノスが微笑を浮かべて答える。"質問をされて答える"ことが嬉しいらしい。そういう道具なのだと、古代人が言っていた。

 

「罪人って、蛟王こうおうにとっての?」

 

「罪人と称していますが、蛇人間シグナイの間では生贄という認識でした」

 

 ミノスが答える。

 

「"み神"から生贄を要求されたのかな?」

 

 いつから、何のために始めたのだろう?

 生贄を差し出す切っ掛けがあったのだろうか?

 

「いいえ。実際に"み神"と対話をした者はいません」

 

 ミノスが首を振った。

 

蛟王こうおうも?」

 

「はい。蛟王こうおう自らが調査に赴き、そこに潜んでいる存在を感知して以降、御寝所に籠もって外へ出なくなりました」

 

「じゃあ、やっぱり何かが居た?」

 

「姿が見えない何かが存在します。蛟王こうおうはそれを感じ取って恐怖を覚えました」

 

「気配を感じただけで?」

 

 レインは眉をひそめた。

 あれだけ自信満々な素振りをしていた蛟王こうおうが、実は"み神"の気配に怯えて御寝所から出ることができなかったというのだ。

 

「はい」

 

 ミノスは、蛟王こうおうの記憶を引き継いでいるらしい。

 

「ふうん……大蛟おおみずちは?」

 

 理由も無く、翼の生えた大蛇が湧いて出るとは考えにくい。この近くに、魔瘴窟のようなものがあると、レインは考えていた。 

 

「あれは、濃度の高い魔瘴気に、生贄の怨念がって生み出されたものです」

 

「やっぱり」

 

 レインは頷いた。

 つまり、亀裂の底には魔瘴気が溜まっているわけだ。"生贄" "怨霊" "魔瘴"が絡む事象なら、レインにとっては分かりやすい。

 

「でも……この辺は、魔瘴気が感じられない」

 

 レインは、斜面に剥き出しになっている寒々しい岩々を見回した。

 

「裂け目の底に魔瘴気が滞留していました」

 

 蛟王こうおうが調査のために裂け目の中に入った時、かなり濃密な瘴気が溜まっていたそうだ。

 

「ふうん……じゃあ、魔瘴気の大元が"み神"なのかも?」

 

 瘴気は、何も無い場所から湧いて出るようなものではない。必ず、原因がある。

 

蛟王こうおうも、そのように考えていましたが、事実かどうかの確認はとれていません」

 

 ミノスが首を振る。

 

(あれだけ威張っていた蛟王こうおうが、気配に怯えて逃げ帰ったのか……思ったより、危ない神様なのかも)

 

 ミノスの話でぼんやりとだが状況が把握できた。確証が持てる"何か"を見つけたら即退散した方が良さそうだ。

 

 後日、本当に"み神"が現れて暴れ始めたら、ロンディーヌやゼノン達と一緒に、総力をあげて討伐戦を仕掛けるしかない。 

 

(その時は、アイリスさんにもお願いしよう……って、あれ? そう言えば……)

 

 レインはミノスを見た。

 

「ミノスって、戦えるの? 僕と一緒に居ると、魔呪鬼オージェとか襲ってくるんだけど?」 

 

「この身体の強度、膂力りょりょくなどは、もとになった蛟王こうおう並みですが、戦闘技術については知識として有しているだけです。戦闘においては、蛟王こうおうより劣ると思います」

 

 申し訳なさそうに言って、ミノスが俯いた。

 

「いや……ある程度、自分で身を守ってくれれば良いよ」

 

 レインは苦笑した。

 体力が蛟王こうおう並みという時点で十分な 戦力 だった。力比べをしたわけではないが、馬鹿正直に剣や槍を使った戦いを挑んでいたら、かなり苦戦していたと思う。 

 

「……ん?」

 

 レインは気配を感じて、後方を振り返った。

 

蛇人間シグナイに使役されていたシェントラン達ですね」

 

 槍を手に、ミノスが岩山の斜面に視線を巡らせる。

 蛇人間シグナイが使っていた物と似通った筒状の武器を手にした数十人の男女が、足を止めたレイン達を包囲するように散開しつつ近づいて来る。 

 全員が揃いの軽甲冑を身につけ、小さな角のような飾りが付いた額当てを巻いている。

 

(なんか、怒ってる?)

 

 シェントラン達の双眸から、単に敵をにらむ以上の怒気が滲んでいた。 


(何だろう?)

 

 攻撃を許さず先制して、一気に殲滅してしまおうと考えたレインだったが、シェントランの様子が気になった。

 

蛟王こうおうの敵討ち?)

 

 何か引っかかるものを感じ、レインは霊力を軽く放出した。

 今にも激発しそうなシェントランに冷や水を浴びせるつもりで放った霊力だ。

 

(少し話をしてみよう……と思ったんだけど)

 

 シェントラン達が意識を失って岩肌に転がってしまった。

 

「平気?」

 

 レインはミノスを見た。

 

「はい。今のは、霊気でしょうか? 眼には見えませんでしたが、強い波動を感じました」 

 

 顔を紅潮させて、ミノスがレインを見つめる。

 

「うん……警告のつもりだったんだけど」

 

 レインは、倒れているシェントラン達を眺めた。

 辛うじて生きてはいるが、しばらくはまともに身体を動かせないだろう。加減を誤れば、霊力をぶつけるだけで命を奪ってしまいそうだ。 

 

「空気が歪んだように見えました」

 

「シェントランって、霊力に弱いのかな?」

 

 少し前、学園でやらかした時よりは霊力を抑えたのに、半死半生の状態に追い込んでしまっている。 

 

「シェントランの霊魂は、霊気にとても敏感なんです」

 

 ミノスが岩肌に散乱しているシェントラン達を一瞥した。 

 

「ふうん?」

 

 レインは小首を傾げた。

 

「生まれつき霊気に感応する力が極めて高いのです」

 

「それって良いことなんじゃないの?」

 

「レイン様の霊気は……控えめに言っても、常軌を逸しています」

 

「普通の人より量が多いのは分かるけど……」

 

「シェントラン達は、戦いに備え、相手の動きを感じ取るために感覚を研ぎ澄ませていました」 

 

 そこを、レインの放った霊気が襲った。 

 わずかな音も聞き逃すまいと耳を澄ませたところに、とてつもない爆音が轟いたようなものだと、ミノスが笑いながら説明した。 

 

「……ふうん」

 

 今ひとつ得心がいかないまま、レインは頷いた。

 

「適切な表現ではありませんが……霊力や魔力は、筋力などと同じように、鍛え続けることで様々な面で変質していきます。仮に、レイン様と同じ量の霊力を保有している人が居たとしても、同じ強度で霊気を放てるかと言えば……どうでしょう。少なくとも、蛟王こうおうの常識からは大きく外れた霊力となっています」

 

「そういうものかな?」

 

 レインは首を傾げた。

 ワーグ師匠に言われた通り、寝ても起きても霊力を練り、体内を巡らせ続けている。今この瞬間も、レインの身体の中では、圧縮された膨大な霊力が血の管を伝うようにして巡っている。

 霊力を練って体内に循環させるという行為は、すでにレインの意識の外のことになっていた。 

 

「今のは、相手を……シェントランを威圧して、足止めをするために加減をしたのですよね?」

 

 じっとレインを見つめながら、ミノスが訊ねる。

 

「うん、そのつもりだったんだけど」

 

 少し加減を誤ってしまった。

 

「もしかして、放出時に指向性を持たせることもできるのですか?」

 

「しこうせい?」

 

「対象を狙って、霊力をぶつけることも?」

 

「ああ……もちろん、できるよ」

 

「ふふ……」

 

 ミノスが微笑した。

 

「なに?」

 

「霊力……霊気とは、もっと……ふわっとしたものです」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 笑顔のまま、ミノスが頷いてみせる。

 

「ふうん……まあ、僕の霊力が多いのは、たくさん霊格が上がったからなんだ」 

 

「霊魂の階梯かいていは、生涯に一度、上がるか上がらないか……ですよ?」

 

「そうらしいね」

 

 レインは、転がっているシェントラン達を見回した。

 

「霊魂を殴られて気絶したのです。しばらく意識が戻らないでしょう」

 

「霊力をぶつけたら、魂を殴ったことになるの?」

 

「レイン様なら、殴らずにこともできますよね?」

 

 笑みを含んだ眼差しで、ミノスがレインを見つめる。

 

「う~ん……まあ、できるかも?」

 

 そういうものだと意識をすれば "できる" 気がする。 

 

「命拾いをしましたね」

 

 ミノスがシェントラン達を眺めた。心なしか、その眼差しが冷たい。

 

「この人達、どうしようかな? このままにしておくのも悪い気がするし……」

 

 あまりにも力の差があり過ぎて、一方的に虐めたような構図だ。

 何か事情がありそうだったので、話をするつもりだったのだが……。

 

「墓穴に捨てましょうか?」

 

 ミノスが近くに倒れていたシェントランを片手で拾い上げた。 

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