第96話 罪の深淵


生命廟ノアケルジを選んだか』

 

 どこからか、思念に乗せた声が伝わってくる。

 この施設の主人、古代人の念話だった。

 

「のあけるじ? 何の箱ですか?」

 

 レインは、手のひらに乗せた小さな箱を見た。

 宝物庫から選んで持ち帰った品だ。

 ロンディーヌの【双翼盾オルパーリ】、レインの【圧搾霊筒ランパルト】に似た雰囲気の物が沢山並んでいる中、鉛色の"小さな箱"は奇異なものに感じられ、少し迷ったが"小箱"を持ち帰ることにしたのだ。 

 

『本来は、生命の在り方を観察し、記録するための道具だったのだが、製作した者が少し……かなりふざけた奴でな。生命を保護し、飼育、観察するための容器になってしまった。我等には用が無いものだから、宝物庫に入れておいたのだが……ふむ、それを選ぶ者が現れようとは思わなかった』 

 

「駄目でした?」 

 

『いや、問題は無い。この世界での使用には色々と制限が多い品だが……"スパロスの印"を宿したレイン……その玩具おもちゃの所有者として登録しよう』 

 

「これ、どうやって使うんですか?」

 

『所有者になれば理解できる。そういう仕様だ』

 

「……分かりました」

 

 レインが頷いた時、

 

 

 フィネル……デアメモラ……アネラス……

 

 

 すぐ近くの床が光り、湧いて出るようにして"白い巨人"が現れた。

 後ろに、"黒い巨人"を2体連れている。

 

蛟王こうおう……意識が無くなっている?)

 

 "黒い巨人"に左右から抱えられ、ぐったりと力を失った様子の蛟王こうおうが吊るし持たれている。 

 

『蛇の記憶を解析……調べ終わったようだ』

 

 

 レミゴ……リアアルド……デアン……モサラ……

 

 

『ほう? "み神"は実在しているのか。少なくとも、その蛇はそう信じていたようだな』

 

 

「厄介そうですね」

 

『多くの生命体にとっては厄介な存在だろうな』

 

「あなたにとっては?」 

 

『そもそも、界が交わらぬ。交わらぬ以上、互いに"無"である』

 

「かい……ですか?」

 

『ふむ。我等の設けた二つの門を潜った者にしては、基礎的な知識が不足しているようだな。蛇を仕留めた技についての知識は極めて高度な領域にあるというのに……』

 

「あれは……」

 

 呪術は、刑場で出会った"王冠の骸骨"に刷り込まれた知識によるものだ。 

 一から学んだものでは無い。

 

『そうだな。珍妙な小道具一つでは味気ない。許容される範囲で、知識を得るための支援用具を与えよう』

 

「そんな道具があるんですか?」

 

 レインは眼を輝かせた。妙な"箱"より、よほど有り難い道具のようだ。

 

『なに、さほど特別な物ではない。文明の程度が合わぬ異種族との交流用に製作した品だ。こちらの世界に合わせた調整が必要になるが……可能だろう?』

 

 

 コントリ……モーダ……テルミネス……

 

 

 "白い巨人"が何かを告げる。

 

『蛇の始末は、こちらで済ませて良いか?』

 

「どうなるんです?」

 

 このまま解き放つようでは困る。

 

『粒子に分解する』

 

「りゅうし……分解?」

 

 処刑ということだろうか?

 

『蛇に宿した思念の行き場は失われるが……閉じた空間から外界へ放出しておこう』

 

「ああ、怨念なら大丈夫です」

 

 呪った対象が消滅すれば怨念も薄れて消える。

 

『では、蛇はこちらで処分しよう』

 

 古代人の念話と同時に、"黒い巨人"達が蛟王こうおうを吊るし持ったまま床へ沈んで消えていった。 

 

 

 メダ……ヒメルダ……コントーラ……

 

 

 "白い巨人"がレインに何やら問いかけてきた。

 

「えっ……と? 何と言っているんですか?」

 

 戸惑いつつ、レインは古代人に助けを求めた。

 

雌雄しゆうはどうする? オス型にするか、メス型にするかと訊いている』

 

「……何がです?」

 

『レインに基礎知識を与える人形の形状だ。蛇を分解した粒子から生成するのだが、オスメスでは形状に差違があるだろう?』

 

「えっと……?」

 

『姿形は、この辺りで散見された人種……レインが、シェントランと呼んでいる種族に似せて創る』

 

「知識をくれる道具って……その……人形が?」

 

 どうやら、幻の民シェントランに似た姿の"人形"を創ろうとしているらしい。レインが想像していた道具とはかけ離れたものになりそうだった。 

 

『厳密には異なるのだが……ある種の辞典……多くの知識を集積した記憶体に、擬似的に人格を構築し、持ち主の質問に対して、口頭あるいは思念による応答をおこなう道具だ。我々の幼少期には、似たような補助具を利用することがある』

 

 レインにとっては意味不明な説明だった。

 

「なんか、変わった道具なんですね」 

 

 "王冠の骸骨"のように、頭の中に直接刻み込まれるのかと覚悟していたのだが……。

 

『一口に知識と言っても、その範囲は果てしなく、量は膨大なものになる。レインの脳内に刷り込むことは不可能だ』

 

「……分かりました。けど……人の姿……シェントランの姿をした道具ですか」

 

 レインは低く唸った。

 あまり、幻の民シェントランに良い印象を持っていない。確かに、容姿の造形は綺麗なのだが、出会い頭に瞳術を使って来るような連中だった。 

 

『姿が似ているというだけだ。あくまでも道具に過ぎない。構成する素体は、蛇から採取したものだからな。生き物の姿をしているが生命ではない。存在を維持するために、何かを摂取する必要は無く、経年による劣化、あるいは破損しても勝手に修復する』

 

「う~ん……それなら、僕と同じくらいの年の男子にしてもらえますか?」

 

 何だかよく分からないが、同年代の男子なら気が楽だ。 

 

『分かった』

 

 

 バロオーラル……レイン……

 

 

 "白い巨人"が何かを訊ねたようだった。

 

『ああ……レインは生誕して何年……何歳なのだ?』

 

「ええと……14歳……いや、たぶん15歳です」

 

 正直、自分の歳をよく覚えていない。さすがに、まだ14歳ということは無いだろう。

 

(島を出て……ロンディーヌさんと再会して……1年くらいは経った? あれ? まだかも?)

 

 わずかな間に、色々と事が起こり過ぎた。

 

(でも、2年は経っていない……と、思うけど? どうなんだろう?)

 

 大陸共通の暦というものは無く、各国でそれぞれが異なる暦を使っている。その時々の王が年号をちょこちょこと改めるため、年号を聞いても、いつのことやら分からない。

 海を渡った向こうでは、時間の数え方、"月"や"年"の日数も違うらしい。

 

(う~ん……まあ、15歳で良いかな?)

 

 今が何歳だろうと気にならないし、数え間違えていたところで生活に不自由はない。

 

『では、15歳相当の外見で製作させよう』

 

 

 ハル……ゾーン……コントリモル……テーン……

 

 

 "白い巨人"が床に沈んで消えていった。

 

『命じれば、どこにでも付いてくるが……ああ、レインは"ヒイズルカナン"で【蓄霊筒デンシギ】を得ていたな?』

 

「はい」

 

 レインは頷いた。

 

『邪魔になれば、あれに入れると良い』

 

「霊じゃないのに入るんですか? あっ……【蓄霊筒デンシギ】はいっぱいで、もう入らないかも」

 

『"辞典"は、霊とは異なる。粒子に戻って空間に収まるだけだ。【蓄霊筒デンシギ】の容量を圧迫することは無い』 

 

 古代人の思念に笑いが含まれたようだった。

 

「……そうなんですか?」

 

 レインは小さく首を傾げた。

 

『さて……蛇が"み神"と称していた存在についてだが、まだこの世界に現れて日が浅いようだ。これから渡す"辞典"には、"み神"についての情報は存在しない』

 

大蛟おおみずちはどうですか? あれって、どこから出てきたんでしょう?」

 

 有翼の蛇は実在していた。蛟王こうおうの"衛士えじ"が追って来て始末をつけたのだ。どこかに、巣があるのではないだろうか?

 

『レインがシグナイと読んでいた種族が罪人を処していた場所から発生したようだ』

 

 古代人が答えた。

 

蛇人間シグナイの処刑場から……死霊のような?」

 

『偶発的な発生では無く、ある程度の時間と……処された罪人の数が影響するようだな』 

 

「罪人って、蛇人間シグナイですよね?」

 

『シェントランも含まれている』

 

「そうなんですか」

 

 レインは眉をひそめた。

 

み神は、世界を律する定めを破壊する存在……蛇の記憶から引用するなら、そういった存在らしいぞ』

 

「なんか、迷惑そうな神様」

 

 レインは溜息を吐いた。

 

『処刑場へ行ってみるか?』

 

「はい。ここを出たら行ってみます」

 

 レインは頷いた。

 現場へ行くことで感じ取れることがあるだろう。

 

『先ほど伝えたが、こちらからは干渉できない。道案内くらいはつけるが、行った先で何があろうと、我等はただ見ているだけだ』 

 

「大丈夫です。本当に、"み神"が出てきたら逃げますから」

 

 レインは小さく笑った。 

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