第34話 古代人の贈り物
「……大丈夫ですか?」
レインは、ロンディーヌに声を掛けた。ロンディーヌが薄らと
「……ぁ」
まだ意識が晴れない顔で、ロンディーヌが
「どこか、痛みますか?」
「え……と、レイン?」
横たわったまま、ロンディーヌがレインの顔を見上げる。
「レインです。夢じゃないですよ?」
上から覗き込むように見つめて、レインは笑みを浮かべた。ロンディーヌの霊気がすごく落ち着いて澄んでいる。身体は大丈夫そうだ。
「私は……」
「気を失っていました。転移って、慣れないと意識が飛ばされますから」
「転移……」
呟いたロンディーヌが大きく目を見開いた。
「あっ……こ、これは……」
顔を赤らめて、慌てて起き上がろうとする。
「ゆっくり起きて下さい。目が回りますよ?」
レインは、大慌てで起きようとするロンディーヌの背を支えた。
「い、いつから……その……」
真っ赤な顔で、ロンディーヌがレインの顔を見る。
気を失っている間、ロンディーヌはレインの膝を枕にして眠っていたのだ。まあ、実際は
「いつって、転移が終わってからずっとです。たぶん……1時間くらいかな?」
レインは、冷たい果実水の入った水筒を差し出した。
「もっと早く起こしてくれれば……」
気を失っているロンディーヌの体が冷えないように、レインが自分の神官衣を掛けていたのだ。
「ぐっすり眠っていましたからね」
レインは、軽く笑いつつ樹上を仰ぎ見た。転移させられてから、執事服の黒猫がどこかへ消えたまま見当たらない。
蛇頭の怪人も白い巨人達も、施設ごと消え去ってしまった。
(あんなに大きな施設が丸ごと消えるなんて……)
地面に転がっていた石壁や石塊なども消えていた。木々が密な森の中に、ぽっかりと開けた場所ができている。
「ここは……どこだろう?」
果実水を飲んで気持ちを落ち着けたロンディーヌが辺りを見回し、レインの手を借りて立ち上がった。
「あの人達の施設があった場所……だと思います。たぶん、最初に開けた扉があった辺りかな?」
あの時は、
(
レインが感知できる範囲に、瘴気塊や魔瘴に
「普通の森のように見える」
ロンディーヌが呟いた。
「瘴気が消えたので、もう普通の森です。
レインは、ロンディーヌから神官衣を受け取って肌着の上から羽織ると腰帯を締めた。
(さて、どうしよう? とりあえず……道占いかな?)
他に目指すべき場所が無い。レインは、手早く占術を使って"イリアン神殿"の方向を占ってみた。
「レイン、その術は?」
早速、ロンディーヌが興味津々に
「道を占う術です」
「道を? 占術も使えるのか?」
ロンディーヌが見守る中、レインの前に浮かんだ球から光を伴った銀砂が伸びる。
(……あれ?)
銀砂が示したのは、
「こっち……ロンディーヌさんが立て籠もっていた建物の方向ですよね?」
「うん? そうかな……そうかもしれない」
ロンディーヌが自信無さそうに首を傾げる。追っ手を逃れて
「もう一度……」
今度は、"最寄りにある天秤神の神像"を占ってみた。
(……同じ方向だ)
レインは、背負い鞄を担ぎ上げた。
「あの館に戻るのか?」
「はい」
「……まさか、あの館も消えた?」
「う~ん……あれは残っているんじゃないですか? だって、あそこは普通の……人間用の建物でしたよ?」
廊下の幅、天井高、部屋の大きさなど、レイン達が知っている普通の人間の体格に合わせて造られた建物だった。蛇頭の怪人には窮屈過ぎて使えないだろう。
「確かに……そうだな」
ロンディーヌが頷いた。
「なんだか、よく分からない出来事ばかりでしたけど、霊格が上がったのは良かったです」
びっくりするくらい弱い仔馬を
「あれには、私も驚いた。霊格……というのか? あの経験は2度目だ」
ロンディーヌは霊格の上昇を経験済みだったらしい。
「もっと強い魔物をいっぱい
いつものように、霊力と魔力の総量が増えている。まだ実感はないが、身体の能力もかなり上がったはずだ。
「あの仔馬は何だったのだ?」
「あれが
「レインに対して何かをやったように見えた」
「気が付きました? よく分からなかったんですが、たぶん……」
「魔力は動かなかった」
「それなら、呪詛かな?」
「呪いか……眠りの呪いを浴びせてきたということだろうか?」
「さあ? 僕には、呪いは効きませんから」
「……おそらく、呪いが返ったのだろう」
「仔馬に?」
「他に、戦いの最中に眠りこける理由がないだろう」
「……なるほど。あの仔馬、僕を眠らせようとしたのか」
そして、仔馬自身が"眠りの呪詛"を浴びることになった。
「レインではなく、私を狙っていれば、違った戦いになっていたかもしれないな」
ロンディーヌが苦笑を浮かべた。
「ふうん……眠りの呪詛を使う魔物か」
召喚して試してみる価値があるかもしれない。
「霊格のこともそうだが、変わった術技というか……能力を手に入れることができた」
ロンディーヌが何かを探すように周囲を見回した。
「僕は、【
「【
きょろきょろと周りを見ていたロンディーヌが、動きを止めて自分の胸元に手をやった。
「……これは……なるほど、そういうことか」
「貰った物は、霊魂にくっついています。どういった物なのかは……」
固有の名称を思い浮かべれば、頭の中に必要な知識が蘇る。
そして、使用するためには……。
「【
頷いたロンディーヌの両側に、大きな
ロンディーヌの背丈ほどもある大型の盾で、上辺は円く、下方に向かって
横から見ると、ロンディーヌの頭部から足先までがすっぽりと隠れるほどに大きかった。
「……浮いているんですね」
レインは、
「重さなど、まったく感じない。これは……生き物のようだ」
「えっ? 生き物? その盾が?」
「私の意思に従って動かすことはできるが、自律して浮遊し、勝手に私を護ってくれる……そう創られているらしい」
ロンディーヌが額を手で押さえながら言った。頭の中に、道具についての知識が浮かんでいるのだ。
「なんか……とんでもないですね。あの古代人が創ったのかな?」
「そうだろうな」
破壊されれば粒子へ戻るが、時間が経てば勝手に再生する。そういう物らしい。
「……もう一つは?」
「ああ、これだ……【
ロンディーヌの口元が綻んだ。
「あっ、なるほど……」
見覚えのある光る輪がロンディーヌの足下に現れ、身体がふわりと浮かび上がる。
「それも生き物?」
「そうだな。私の意思を
「なんか、良さそうですね」
レインは、ロンディーヌの横に浮いている
(……硬い)
ちょっとやそっとでは傷をつけることも難しい感じがする。<剛力> と <金剛身> を限界まで重ねたら……どうだろうか?
「レインはどんなものだった?」
「僕のは……【
レインが名を呟くと、親指ほどの円筒が6本、目の前に出現した。
「名前の通り、霊力を貯めておくための筒です」
「霊力を? どの程度の霊力だ?」
「そうですね。どう言えば良いのか……これ一つで"
いつでも使用可能な術技を用意しておくことができる道具だった。与えられた知識によると、練り上げた霊力や霊圧を完全保管し、発動寸前の状態で封入しておくことができるらしい。
「……それが、6本も!? とんでもないな」
ロンディーヌが低く唸った。
レインが
「霊圧を上げた状態のまま、劣化せずに貯めておけるみたいです」
レインは、目の前に浮かんでいる【
「もう一つは、【
レインの声に合わせて、ずんぐりと膨れた円筒が出現した。大きさは騎士が身に付ける重甲冑の籠手ほどで、先に円形の口が開いている。全体的に、くすんだ鉛色をしていた。
「それは……どういう?」
ロンディーヌが小さく首を傾げる。
「このままだと、霊気を吐き出すだけですけど……そうですね」
レインは足下を見回して、大きな岩を見つけた。顔に
(……で、必要な霊力を注ぐ)
レインから注ぎ込まれた霊力が、【
鉛色だった筒が、白銀色に輝き始め、微細な光粒子が舞い散り始めた。
(そして……
念じると、筒先に浮かんでいた大きな岩が
「……えっ?」
何が起こったのか分からず、ロンディーヌがレインの顔を見る。
「あっちです」
レインが指差す先で、巨樹が次々に倒れて地響きを立てる。
ややあって、
……ズンッ!
遙か遠くで、重々しい衝突音が聞こえ、軽い揺れが伝わってきた。
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