第33話 帰還


『よく生きてたね』

 

 執事服姿の黒猫が、光る輪に載せられてやって来た。

 

「トリコ、どこに行ってたの?」

 

 もっと早く来てほしかった。

 

『この施設には、招かれないと入れないんだ』

 

「えっ? トリコでも?」

 

 どこにでも入り込める存在なのだと思っていた。

 

『精霊様ならともかく、妖精には無理だね』

 

「ふうん……」

 

『ここが、古き民の……その寝所か。床や壁は、何で出来ているのかな? 金属では無いし、石材とも違うし……灯りが無いのに明るい……不思議な構造物だね』

 

 黒猫トリコが広い部屋の中を見回し、大きな繭玉まゆだまに目を向ける。

 

「レイン……そこに何か居るのか? 誰と話をしている?」

 

 ロンディーヌが小声で訊ねてきた。

 

「ああ……ええと……知り合いの妖精が訪ねて来ました」

 

「よ……妖精っ!?」

 

 ロンディーヌが瞠目どうもくする。

 

 

 ……モサラ……

 

 

 白い巨人が"声"を発した。

 見ると、繭玉まゆだまの中に居た蛇頭の怪人が上半身を起こしていた。

 

 

 ……モサラ……

 

 

 黒い巨人達が、部屋の壁際へと下がって整列をした。

 

『母? あれが、この巨人達の母親ということかな? 姿形はずいぶんと違うようだけど?』

 

 黒猫トリコが首を傾げる。

 

「……トリコ、巨人の言ってることが分かるの?」 

 

『当然だね。様々な言語を習得しているから、アイリス様のお使い役に選ばれたんだ』

 

 黒猫トリコが胸を張った。

 

「……すごい」

 

 レインは素直に感心した。

 

 

 ……エル……カズス……

 

 

「なんだって?」

 

『呪因子、取れた……かな?』

 

 黒猫トリコが自信なさげに首を捻る。

 

「呪因子……ああ、穢魔わいまノ術が成ったから、そういうのは大丈夫だと思う」

 

 あの仔馬のような穢魔わいまの弱さには肩透かしをくらったが……。

 

『ふむ。穢魔わいまノ術を使ったのかね? それは、立ち会いたかったな。惜しいことをした』

 

 黒猫トリコが嘆いた。

 

 その時、

 

『貴方達は、今世の人間ですか?』

 

 いきなり、頭の中に声が響いた。

 

「えっ……」

 

「あ……こ、これは……?」

 

 レインだけでなく、ロンディーヌにも聞こえたらしい。額を抑えて目をみはっている。

 

『念話の一種だね。君と、そこの娘さんに思念を指向している』

 

 黒猫トリコには、内容は分からないようだった。

 

「……念話みたいです」

 

 レインはロンディーヌに伝えながら、繭玉まゆだまの上に顔を覗かせている怪人を見上げた。

 首から下が繭玉まゆだまに隠れているため、大蛇が首をもたげているように見える。 

 

『貴方達が、ここの門戸を開き、この身に棲み着いた邪妖じゃようはらったのですね?』

 

「……はい」

 

 邪妖というのは、あの仔馬のような穢魔わいまのことだろう。

 

『おや? 貴方達は、ここを訪れるための"印"……他の門を潜った"印"を宿していないようですね』

 

 怪人が、蛇頭をわずかに傾けた。

 

「……門とは何でしょうか? こういう場所に入ったのは初めてなんです」

 

『そのようですね。本来の順路を通っていない者が、どのようにしてに……しかし……ヒイズルカナンを越えたことは紛れもない事実。貴方達には、カナンからの贈り物を受け取る権利がありますね』

 

 そう言って、蛇頭の怪人が白い巨人に向けて手を伸ばした。

 黒い巨人達は壁際に下がって整列している。白い巨人だけが、繭玉まゆだまの近くに浮かんでいた。 

 

 何をするのかと見守っていると、差し伸ばした怪人の手の平に、赤い玉が2つ、浮かび上がった。 

 

『まずは、"印"をおぎないましょう』 

 

 蛇頭の怪人が白い巨人を見た。

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……

 

 

 白い巨人が"声"を発した。 

 

『レイン……』

 

「はい」

 

『ロンディーヌ』

 

「はい」

 

 名を呼ばれて返事をすると、怪人の手元で赤い玉が粉々に砕けて消えた。

 直後、

 

「ぐっ!?」

 

 胸が灼けるように熱くなり、レインは顔をしかめて呻いた。隣で、ロンディーヌも身を折って胸元を押さえている。

 

『今世の人間には合わないのでしょうか?』

 

 苦悶するレインとロンディーヌを見て、蛇頭の怪人が別の玉を浮かび上がらせると握りつぶした。 

 

(……ぁ)

 

 一瞬で激痛が抜けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……これを大丈夫と言って良いものかどうか」

 

 レインとロンディーヌは脂汗がにじんだ顔を見合わせた。

 

『無事、身体に馴染んだようですね。これで、レインとロンディーヌはカナンの贈り物を所有する資格を得ました。宝物庫に入り、宝箱を一つ選びなさい』 

 

 そう言って蛇頭の怪人が手を振ると、部屋の壁が消え去り広々とした空間が現れた。

 青みがかった闇の中に、光を放つ円形の台座が等間隔に並び、その上に小さな箱が浮かんでいるのが見える。

 

「……あれは?」


 レインは、蛇頭の怪人を見上げた。

 

『宝箱です』

 

「宝箱?」

 

 レインとロンディーヌはそっと視線を交わした。

 

『箱の所有者となれば、中に収められている品々を所有する権利を得ます。大丈夫ですよ。もう、体が痛むようなことはありません』

 

 2人の心を読んだように蛇頭の怪人が言った。

 

「それなら……」

 

 遠慮無く貰っておくべきだ。箱に何が入っているのかは分からないが……。

 

 レインとロンディーヌは、暗い空間に踏み入った。

 

(あれ?)

 

 いつの間にか、足下にあった光る輪が消えて、足が床面に着いている。久しぶりに自分の足で床を踏んでいた。

 

「……落ち着くな」

 

 ロンディーヌが呟いた。

 

「なんだか、変なことになりましたね」

 

 レインは、ずらりと並ぶ光る円台を見回した。

 手前に見えるだけでも数十の円台があり、さらに奥に向かって延々と円台の列が続いていた。

 

(あれ? トリコは?)

 

 振り返ると、黒猫トリコ繭玉まゆだまがある部屋に残って見守っている。

 

『そこに入る資格があるのは、君達だけみたいだ。何かにはじかれて入れなかったよ』

 

 黒猫トリコが不満げに言った。

 

(……そうなんだ)

 

 レインは、光る円台の列に向き直った。

 

「あれは、古代人なのだろうか?」

 

 ロンディーヌがささやく。

 

「そうなんじゃないですか?」

 

「私が読んだ本では……あのような姿では描かれていなかった。今の私達と同じような姿だった」 

 

「古代の人にも色々な種族が居たんでしょう」 

 

「……そうだな。今の世にも、獣頭の者や有翼の種族が居る。古代も同様だったということか」 

 

 ロンディーヌが頷いた。

 

「獣頭の人が居るんですか?」

 

 そういう人間は見たことがない。

 

「居る。こちらの大陸では滅多に見ないが……」

 

「そうなんですね」

 

「さて……どれを選んだものか迷うな」

 

 ロンディーヌが手を腰に当てて見回した。

 

「適当で良いんじゃないですか?」

 

 どうせ、見ても中身は分からない。全部、全く同じ大きさ、同じ形をした正六面体の箱である。 

 

 <霊観> を試したが、箱の中身を見通すことはできなかった。 

 

(円台に違いは無さそうだし……)


 勘で選ぶしかなさそうだ。

 レインは、等間隔に並んだ円台の間を歩いて奥へ向かった。

 

(う~ん……)

 

 あまり時間を掛けても仕方がない。

 

(これにしよう)

 

 レインは、斜め前にある円台に近づくと、左手を伸ばして箱に手を触れた。

 瞬間、ピリッ……と、しびれるような感覚が指先をくすぐった。

 

『認証照合……完了しました。レインを保有者として登録します』

 

 頭の中に、女の声が響く。

 

(さっきの人とは違う声……誰だろう?)

 

 蛇頭の怪人とは違う声だった。レインは声の主を探して視線を巡らせたが、少し離れた位置にロンディーヌが立っているだけで、他に人影は見当たらなかった。

 

『褒賞品 【蓄霊筒デンシギ】【圧搾霊筒ランポルト】……保有者の登録を完了しました。霊魂への融合を開始します』

 

(……えっ?)

 

 レインは、ぎょっと目を見開いた。

 直後、浮かんでいた箱が消え、レインの身体が光に包まれた。

 

(霊魂が……なんだって?)

 

 慌てるレインの全身が眩く輝き、視界が白光に塗り潰されてしまう。

 

『貴方達と巡り会うときを得たことを幸運に思います。レイン……ロンディーヌ……まれなる人のすえに良い旅を……』

 

 どこからか、蛇頭の怪人の声が聞こえてきた。 

 

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