第32話 夢魔の呪い

 

「どうする?」

 

 ロンディーヌが身を寄せてささやく。

 

のどを調べて……治すしかないでしょう」

 

 レインは、ちらと視線を配った。

 周囲に、3体の巨人が立っていた。先ほどの白い衣をまとった巨人ではなく、光沢のある黒い衣を纏っている。

 監視役が増えたからなのだろうか、霊法と魔法が使えるようになっていた。

 

「聖法を使うのか? これが魔に属するものなら逆効果になるぞ?」

 

「魔に属している感じはしません」

 

 外見は少し変わっているが、魔瘴が感じられない。堕ちた生き物ではなさそうだ。

 元々、こういう外見をして生まれた生き物なのだろう。

 

「魔でなければ、神だろうか」

 

「神様……とは違うと思います」

 

 魔力とも霊力とも異なる強い力を宿しているような感じだが、神気は感じられない。

 ロンディーヌには話していないが、つい先日、神を身体で感じたばかりだ。神気の有無くらいは判別がつく。 

 

「となると……これが、古代の……この遺跡を作った人間ということか?」

 

 ロンディーヌが呟く。

 

「困りました。体の形が違いすぎて、どこが異常なのか分かりません」 

 

 レインは<霊観> を使いながら内心で頭を抱えていた。

 聖法術は、患部を特定した上で患部に応じた法陣を描いて発現するものだ。全身が入るほどの法陣を描くことも可能だが、それでは効果が希薄になってしまう。

 

「ここまできて……駄目でしたではゆるされないと思うぞ?」

 

 ロンディーヌが、黒い巨人達を振り返りながら声を潜める。

 

「……ですよねぇ」

 

「とりあえず、何か……聖法を使ってみたらどうだ? 案外、あっさりと目を覚ますかもしれない」

 

「……う~ん」

 

 少し悩んでから、レインは離れた位置に佇立している白い巨人を見た。

 

「今から、この人の中に入っている"悪いもの"を外に追い出します。その"悪いもの"を退治すれば、この人は治ります。協力してくれませんか?」

 

 

 ……ロアリ……リパラン……エル……カズス……

 

 

「僕の言っていることが分かりますか? たぶん……"悪いもの"を退治するのは僕達じゃ難しいと思います。僕達は小さいですし……弱いんです。だから、力を貸してくれませんか? "悪いもの"を退治するために戦って欲しいんです!」

 

 レインは、3体の黒い巨人を見回した。

 

 元より、ダメ元の相談だったが……。

 

 

 ……ゾン……エル……カズス……リパラン……オワ……モサラ……

 

 

 白い巨人ではなく、黒い巨人が"声"を発した。

 ビリビリと空気が震えるほどの大音声だった。 

 

「えっと……とにかく、この人から追い出した"悪いもの"を退治したら、怪我も病気も……呪いだって治ります! それが、僕にできる最高の治療です!」

 

 レインも負けじと声を張り上げた。

 

 

 ……ドミネル……ペルミソ……

 

 

 白い巨人の"声"が響き、黒い巨人達の足下に光る輪が出現した。

 その光る輪から赤い線が延びて、レインとロンディーヌの光る輪と結ばれる。

 

(理解してくれた? 一緒に戦ってくれるってこと?)

 

 レインは、ちらとロンディーヌを見た。

 

「合意を得た……のではないか?」

 

 自信なさげに、ロンディーヌがささやく。

 

 

 ……ロト……リパラン……オワ……モサラ……

 

 

 ……ヴィヴィル……エル……カズス……

 

 

 ……クリク……リパラン……

 

 

 黒い巨人達が次々に"声"を発した。

 何を言っているのか、さっぱり分からないが、かされているようだ。

 

「やるしかないみたいだぞ?」

 

 ロンディーヌがレインの背に手を触れた。

 

「そうですね」

 

 レインは、繭玉まゆだまの怪人に目を向けた。

 

「どういった術なのだ?」

 

「怪我とか病気を抜き出す術です」

 

「抜き出す? 治療するのでは無く?」

 

 ロンディーヌが小さく首を傾げる。

 

「詳しい理屈は僕にも分かりません。ただ、そうなるんです」

 

「……ふむ。初めて耳にする術だな。魔導書でも読んだことがない」

 

「抜き出した怪我や病気は、魔物となって現れます。それを斃すことで、怪我や病気が消える……そういう理屈の術です」

 

 レインは、白い巨人達にも聞こえるように、大きな声で説明をした。

 

「準備をします。僕をあの人の近くに移動させて下さい」

 

 言葉が通じているかどうか不安だったが、すぐにレインを載せた光る輪が移動を始め、繭玉まゆだまの怪人の近くまで降下した。 

 

「ここで大丈夫です。今から霊力による法陣を描きます」

 

 レインは、怪人が横たわっている床面に、用意していた法陣を描き写した。

 

「"悪いもの"を取り出す場所は……あそこにしましょう」

 

 繭玉まゆだまの外にある少し広い場所を見た。

 すぐさま、レインを乗せた光る輪が移動して、繭玉まゆだまの外へ運ばれる。

 

(月の位置が分からないし……症状が重いのか、軽いのかも分からないけど)

 

 レインは、硬そうな床を見回してから、"折れた剣"を逆手に握ると <剛力> を使用して振り下ろした。

 

 何でできているのか床は思ったより硬かったが、無事"折れた剣"を突き立てることができた。 

 

「では、これより"穢魔祓わいまばらい"を始めます。"悪いもの"との戦闘に参加する人は近くに来て下さい」

 

 レインの呼びかけを受け、まずロンディーヌが、そして3体の黒い巨人達、最後に白い巨人がレインを囲むように集まった。

 

「"悪いもの"が現れたら、全力で攻撃して下さい。戦うための閉じた空間になっているから、あの人に攻撃は届きません」 

 

「なるほど……決闘空間のようなものだな」

 

 ロンディーヌが頷いた。

 

 

 ……カンフェルペンデ……

 

 

 巨人達が揃って"声"を発した。

 

(分かったってこと? 本当に言葉が通じてるのかも。それって……なんか凄いな)

 

 自分でもよく分からないことに感心しつつ、レインは"穢魔わいま"を弱体化する法陣を床に埋設していった。

 巨人達が全く戦力にならなかった時は、レインとロンディーヌだけで戦わなければならない。そのための準備をしておかなければならない。

 

(……こんなところかな?)

 

 弱体化の法陣を多重展開し、幻惑の陣でレイン達の位置をあやふやにする。その上で、いつもの"破砕"陣に誘い込めば、かなり優位に戦うことができるはずだ。

 

(これまで見てきた魔物なら……だけど)

 

 想定を超えた怪物が現れ、巨人達の手に負えなかった時は全力で遁走とんそうするしかない。

 

(でも、何が出るんだろう? 緑小鬼ゴブリンってことは無いだろうけど……ただ眠っているだけなら、そんなに強い魔物にはならない?)

 

 レインは、繭玉まゆだまで眠る怪人を見た。

 

(……寝起きが悪い人じゃなければいいけど)

 

 あまり考えたくはないが、起こした怪人が襲ってくることも想定しておかないと駄目だろう。 

 

(その時は、この巨人達とも戦うことになるのか)

 

 レインは、内心で盛大に溜息を吐いた。 

 

「全力で魔法を撃ち込めば良いのだな?」

 

 ロンディーヌが魔力を練りながら確認をしてくる。

 

「はい。弱い魔物なら良いんですけど……」

 

 強くても弱くても、全力で浄滅しなければならない。 

 なるべく反撃の余地を与えず、一気に攻撃をして押し切って討ち滅ぼす。 

 

「僕をあの人のところへ!」

 

 レインは霊力が完全に整うのを待って、白い巨人を振り返った。

 すぐさま、光る輪がレインを運んで繭玉まゆだまの怪人のかたわらへと下ろす。

 

「始めます!」

 

 横たわってる怪人の蛇頭に左手を伸ばして触れた。

 

すこやかなるをねたみ、むしばむ……哀れな穢魔わいまに告げる」

 

 詠唱と共に、レインの足下に赤黒い八角形の魔法陣が幾重にも出現し、ゆっくりと回転を始める。 

 

「我が名は、レイン! 哀れな妖物に滅びを告げる者なり!」

 

 低く呟くレインの声に呼応し、足下の赤黒い魔法陣が赤々と輝きを放つ。

 

「告げる! 汝、血肉を喰らいし怪異である! 汝、病を楽しむ狂魔である! 汝、光に怯えるけがれである!」

 

 ゆっくりと開かれたレインの双眸が黄金色に輝き、蛇頭の眉間に黄金色の紋章が浮かび上がった。 

 

「……穢魔わいま招来っ!」

 

 レインは、地面に突き立てた"折れた剣"を指差した。

 

 掛け声と共に、蛇頭の怪人の全身から黒々とした小さな粉のようなものが噴き上がると、床に刺した"折れた剣"めがけて降り注いでいった。

 

(……効いた!)

 

 "穢魔祓わいまばらい"は、人間とは異なる生き物にも通用するらしい。

 黒々とした瘴気の粒子が、"折れた剣"を中心に集まり、大きな塊になって凝縮されてゆく。

 

「僕をそちらに戻して下さい!」

 

 レインが声を掛けると、光る輪が移動してロンディーヌの横へと戻った。

 

(顕現に時間がかかってる。大物なのかも?)

 

 黒々と渦巻く瘴気の塊を見ながら、レインは床に埋めた弱体化の法陣に霊力を流した。

 

 見つめる先で、凝縮された瘴気が渦を巻きながら膨らんでゆく。ゼール伯爵に行った"穢魔祓わいまばらい"より、魔物のりが遅いようだ。

 

(……大きい)

 

 瘴気塊が、繭玉まゆだまより大きく膨らんでいる。

 

(あ……あれ?)

 

 大きく膨らんだ瘴気塊が収縮を始めた。

 呆気にとられて見守る先で、瘴気塊が手鞠てまりほどの大きさに縮むと、黒々とした表面に亀裂がはしり、卵の殻のように割れた部分からがれ落ちていった。

 

驢馬ろば? じゃなくて、仔馬こうま?)

 

 現れたのは、馬のような四足の獣を模した幼獣だった。

 片手でも抱き上げられそうな大きさで、やたらと大きな頭をしている。体は真っ黒な毛に覆われているが、短い四足の先だけが白い毛色をしていた。

 つぶらで大きな瞳に、長い睫毛……ぬいぐるみのような姿をした仔馬こうまだった。

 

(でも……魔物だ。すごく強い魔瘴を感じる)

 

 

 ……メェェェェェ

 

 

 仔馬こうまのような穢魔わいまが、山羊やぎのような鳴き声を上げて、大きな金色の瞳でレインを見つめた。 

 

(ん? 何か……おでこに触れた?)

 

 レインは、顔の前を手で払った。

 

 途端、

 

 

 ……パンッ!

 

 

 乾いた音が鳴って、目の前で金色の光粒が飛び散った。

 

(えっ!? あっ……もしかして、何かの術を仕掛けられてた?)

 

 レインは、顔をしかめて黒い仔馬こうまを見た。

 今の一瞬で、レインに何かの術を掛けようとしたらしい。

 

(ん?)

 

 黒い仔馬こうまが宙に浮いたまま、ころん……と横倒しになった。そのまま、起き上がろうとする素振りもなく、脇腹をゆっくりと上下させている。

 

「レイン……これは?」

 

 ロンディーヌが小声で訊ねてくる。

 

「分かりませんが……やりましょう!」

 

 レインは、半狐面を顕現させると、寝息を立てている黒い仔馬を "念縛" で捉えた。 

 拍子抜けするくらい何の抵抗もなく、あっさりと拘束が完了する。

 

「……良いのか?」

 

「はい」

 

「では……」

 

 ロンディーヌが準備をしていた"火焔嵐カグドーラン"を発動した。床面から業火の渦が噴き上がり、仔馬こうまを呑み込んで天井まで立ち昇る。

 直後、黒い巨人達から薄い紅色をした光線が無数に放たれて、火焔に包まれた黒い仔馬こうまを捉えた。 

 

(ここからだ!)

 

 これで終わりにはならない。

 燃えさかる炎柱をものともせず、反撃をしてくるに違いない。 

 

(長い戦いに備えて……僕は、霊力を温存しておこう) 

 

 ロンディーヌが"炎槍百華カグナード"を撃ち込み、黒白の巨人達が螺旋状の熱線を照射する。

 レインは、油断なく身構えたまま、魔物の反撃に備えて防御の法陣を準備していた。 

 

「えっ!?」

 

「あっ……」

 

 レインとロンディーヌが声を漏らし、互いに顔を見合わせる。

 

(……霊格が上がった)

 

 2人の体が淡い光に包まれていた。霊格が上がった時の現象である。

 

(えっ? これで……終わり? まさか、そんな……本当に?)

 

 レインは、唖然としたまま立ち尽くしていた。霊格が上がったということは、穢魔の調伏を完了したということなのだが……。


(……弱すぎる)


 白い巨人達を相手に、大見得を切って、戦闘参加までお願いしたというのに……。

 レインは、ちらとロンディーヌの方を見た。

 その時だった。 

 

 

 ……キンコ~ン!

 

 

 びっくりするくらい大きな音が鳴り響いた。 

 慌てて周囲を見回すと、白い巨人の前に、円い硝子ガラス板のような物が浮かび上がっていた。 

 

(あれは?)

 

 

 ……ヨオ……ゴスタ……

 

 

 白い巨人が"声"を発して、円い鏡のような物をレインの目の前へと移動させた。

 

「え……あっ、トリコ?」

 

 円い硝子板に、執事服姿の黒い猫が映っていた。 

 

 

 ……ヨオ……ゴスタ……

 

 

 白い巨人が"声"を発した。おそらく、黒猫トリコについて質問されている。

 そう感じて、

 

「これ、僕の知り合いです」

 

 レインは大きな声で返事をした。 

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