第31話 異人の館

 

(転移……のような?)

 

 レインとロンディーヌは、なまり色をした大きな部屋の中に居た。自然のものではない、何者かに造られた構造物である。

 光柱に包まれた一瞬で、どこともしれない構造物の中に移動していた。

 

「今のは、転移だろうか?」

 

「たぶん、そうですね」

 

 答えつつ、レインは前に出て"折れた剣"を構えた。

 正面の壁面に音も無く四角い穴が開き、人のような姿をしたものが姿を見せた。

 

(……大きい)

 

 レインの三倍以上の背丈がある。頭には円筒形の兜、光沢のある白い外套のようなもので全身を包んでいるため、顔は見えず手足の様子も分からない。

 

「し……神人……」

 

 背後で、ロンディーヌが震える声で呟いた。

 

(しんじん?)

 

 レインは、白い巨人を見つめた。

 

(異能の……"浮動"かな?)

 

 巨人が床から少し浮いて、脚を動かすことなく進んでくる。生命感が希薄で、作り物のようだった。

 

(う……?)

 

 いきなり、耳障りな音が響いた。

 金属を擦り合わせたような音だった。

 

(……なんだ?)

 

 顔をしかめ、レインは音の源を探して視線を左右した。

 

 ややあって、布が擦れるような音に変わった。

 

(これ……巨人の声?)

 

 レインは、円筒形をした巨人の頭部を見上げた。

 

 

 ……ギュ……キ……リィ

 

 

 巨人から奇妙な音が漏れ聞こえた。少しずつ、音が変化している。

 

「僕は、レイン。こちらは、ロンディーヌ。外で化け物に追われて、ここに逃げ込んだところです」

 

 レインは、試しに話しかけてみた。

 

 

 ……ギャイ……ラディノ……

 

 

「レイン……ロンディーヌ」

 

 身振りで、自分自身とロンディーヌを指し示す。

 

 

 ……ロイン……ロディーヌ……

 

 

「レイン、ロンディーヌ」

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……

 

 

「そうです」

 

 レインは、大きく頷いて見せた。

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……ゲムゼラ……ホル……

 

 

「なんと言ったのか……僕には意味が分かりません」 

 

 困り顔のレインの足下に光る輪が現れた。

 

「レイン……」

 

 呼ばれて振り返ると、ロンディーヌの足下にも光る輪があった。

 

 

 ……ゲムゼラ……ホル……

 

 

 巨人が何かを言うと、レインとロンディーヌの体が宙に浮かび上がった。巨人と同じように、立った姿勢のまま僅かに床から浮かんでいる。

 

「あの……」

 

 慌てるレインの前で、巨人がくるりと向きを変えて、壁に開いた四角い穴に向かって移動を始めた。

 見えない綱で引かれるように、レインとロンディーヌも移動を開始する。

 

(……<霊観> が通らない)

 

 先ほどから<霊観> を使っているのだが、何かに遮断されていて、巨人も、壁や床なども見通すことができなかった。

 

 レインは、ロンディーヌを振り返った。

 

「様子を見ましょう」

 

「そうだな」

 

 緊張顔のロンディーヌが小さく頷いた。

 

 先を行く巨人が壁面の四角い穴に吸い込まれて消え、続いてレインとロンディーヌも四角い穴に引き入れられる。

 

(あ……また?)

 

 一瞬だが転移と同じ感覚に襲われた。

 

(なんだ、ここ……どこか高いところ?)

 

 レイン達が連れてこられたのは、雲海のような白く煙った中にある黒色の円板の上だった。

 十字路のように、円盤から四方に向けて細い道が延びていたが、どこまで続いているのか先を見通すことはできなかった。

 

 

 ……ヘアイ……ホル……ウェタミニタ……

 

 

 巨人が何かを告げてから去って行く。レインとロンディーヌはその場に残された。

 

「なんか……妙なことになりましたね」

 

 レインは苦笑を浮かべた。

 

「……よく笑っていられるな」


 青白い顔で、ロンディーヌが溜息を吐いた。

 

「だって、どうしようもないですから」

 

「まあ……そうなのだが……」

 

 ロンディーヌが小さく頭を振った。

 

「さっき言った、"しんじん"って何ですか?」

 

「……神の人だ。古代の魔導文明を研究した学者の文献に、先ほどの巨人……だろうと思うが、神人についての考察が記されていた」

 

「その学者さんは、あの巨人に会ったんですか?」

 

「いや……古代遺跡の中に、極めて精緻な絵画が飾ってあり、その絵に白い巨人の姿が描かれていたそうだ」 

 

「巨人の絵ですか。じゃあ、実際に会ったわけじゃないんですね」

 

 レインは、四方に視線を配った。

 四本の道の上を、先ほどと同じような姿をした巨人達が近づいてくる。

 

「逃げたくても……ここが何処だか分かりませんね」

 

「先程から魔力操作を阻害されていて、身体の強化すら満足に行えない」

 

 ロンディーヌが小声でぼやいた。

 

「僕の霊法も……」

 

 レインは"折れた剣"を見た。

 仕込んである霊法の陣は発動できるのだろうか? いざという時、"動きませんでした"では困るのだが……。

 

「さしあたって、近づいてくる巨人だが……どうする?」

 

「どうしようもないです」

 

 レインは首を振った。


「ただ、やられるのを待つしかないのか?」

 

「攻撃してきますか?」

 

「その可能性は……あるだろう?」

 

 ロンディーヌが四方から迫る巨人達を見た。

 

「その時は、まあ……なんとかします」

 

 レインも巨人達に目を向けた。

 

「頼もしいな。私は体が震えてしまって上手く笑えん」

 

 ロンディーヌが唇を歪める。

 

「そうですか? ちゃんと笑えていますよ?」

 

 レインは足下にある光る輪を見た。

 理屈は分からないが"念動のような力"を発生するものだ。

 

(これくらいなら抜け出せるかな?)

 

 いざという時、動きを操られているままではどうにもならない。

 

 

 ……レトツ……コウ……ゴスタルマ……

 

 

 上方から、"声"らしき音が響いた。

 

(なんだ?)

 

 四方の道から迫っていた巨人が、円盤の縁で止まった。

 直後、レイン達が居る大きな円盤が光柱に包まれた。眩い光の粒が視界を下から上へと流れて過ぎる。


(……また、転移?)


 腹腔をくすぐるような感覚に、レインは顔をしかめた。

 誰が何のために作った施設なのか分からないが、施設内の移動手段は"浮動"と"転移"らしい。

 

「レ、レイン……」

 

 ロンディーヌがレインの上衣の袖を掴んだ。

 

「……まゆ? ちょうまゆみたいですね」

 

 レインは目の前に聳える巨大な物体を見上げた。

 

「こ、こんな大きな虫が……?」

 

「これも、本に載っていました?」

 

 やや青みがかった半透明の繊維によって作られた大きな繭の中に、薄らと人間のような影が透けて見える。 

 

「いや、こんなものは……」

 

 首を振ったロンディーヌが、巨大な繭玉の横に佇立している巨人に気が付いて身を固くした。

 

「僕達は……レインとロンディーヌは、外の化け物に追われて逃げ込んだだけです。少し休んだら……」

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……リパラン……タウ……オワ……モサラ……

 

 

 レインの言葉を遮って、白い巨人から"声"が響いた。

 

(何を言っているんだろう? この繭玉まゆだまが何か? 何かをやれってこと?)

 

 レインは、ロンディーヌを見た。

 

「……何かを求められているように感じる」

 

 ロンディーヌが呟いた。

 

「僕達に、何かをしろってことですか?」

 

 広い部屋の中には、白い巨人の他には、レインとロンディーヌ、そして巨大な繭玉まゆだましかない。 

 

「……このまゆに何かある?」

 

「そうかもしれない」

 

 レインとロンディーヌは、透き通るような色をした繭玉まゆだまに目を向けた。

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……リパラン……タウ……オワ……モサラ……

 

 

 再び巨人の"声"が響くと、レインとロンディーヌの足下で光輪が輝きを増し、上方へと浮かび上がると、巨大な繭玉まゆだまを見下ろす位置へと移動した。

 

(これは……)

 

 低い位置からは、人間のように見えていた影だったが、上から見ると明らかに姿が違っていた。 

 

「……人間ではないな」

 

 繭玉まゆだまの中に横たわる怪人を見て、ロンディーヌが呟いた。

 

「違いますね」

 

 たてがみのある蛇のような頭部をしている。これだけでも、レインが知っている"人"とは違っている。

 首から下は人間の女のような体だが青緑色の鱗に覆われていた。

 背には、大きな鳥のような翼がある。

 そして、腰から下は、無数の蛇の尾が生え伸びていた。

 

「胸が上下している」

 

「……眠っているみたいですね」

 

 鱗に覆われた大ぶりな乳房が、呼吸に合わせてゆっくりと動いていた。

 

「私達は、これの餌にされるのか?」

 

「僕達みたいな小さいのを食べても仕方ないでしょう」

 

 

 ……レイン……ロンディーヌ……リパラン……タウ……オワ……モサラ……

 

 

 白い巨人が浮かび上がって近づいてきた。

 

「やっぱり、何かしろと言っているのかも?」

 

「そうらしいな」

 

 白い巨人の胸元から、赤い光が伸びて、横たわっている怪人の喉を照らした。

 

「喉に何かあるの?」

 

 レインは、怪人の喉元を凝視した。

 

 

 ……モサラ……カズス……ナドメレレ……ランゲ……ランゲ……

 

 

「彼女を起こせと言っているのではないか?」

 

 ロンディーヌが囁いた。

 

「喉に何かあって……それが原因で目覚めないってことでしょうか?」 

 

 変な物でも食べたのだろうか?

 

 レインは、<霊観> を使用した。

 しかし、打ち消されてしまって発動しなかった。

 

 

 ……リパラン……タウ……オウ……モサラ……

 

 

「何とかしたくても、霊法も魔法も使えません。僕達は、術技を使わないと何もできませんよ?」 

 

 レインは、白い巨人を見上げて言った。

 

 

 ……イナジフルド……ポウ……ギフ……カン……リパラン……

 

 

「えっと……とにかく、霊力と魔力を使えるようにしてください。心配だったら、護衛を呼んで良いですから……このままじゃ、本当に何もできません」

 

 レインは、大きな声でゆっくりと訴えた。 

 

 

 ……ギアド……コル……デン……コト……イナジフルド……

 

 

 白い巨人が何かを言って、宙空に溶けるように消えていった。

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