第30話 解錠

 

「……去ったか」

 

「いえ、まだ……」

 

 レインは、右手前方にある大きな樹を指差した。

 

「どこだ? 私には……」

 

 言い掛けて、ロンディーヌが口をつぐんだ。

 大樹の枝上と幹の中程に、3体の化け物が居た。

 

「周りに、もっと居ます」

 

 <霊観> を使っているレインには、50体を越える触手の化け物が見えている。

 

「魔力が尽きた。私は、しばらく役に立たんぞ」

 

 ロンディーヌが小さく息を吐いた。


「どうですか? もう、毒は浄化できたと思いますけど?」


 レインは、ロンディーヌが脇腹に負った傷から手を離した。赤黒く変色していた肌が元の白さを取り戻し、無惨に裂けていた傷が綺麗に消えている。

 触手のとげを避けきれずに受けたかすり傷だったが、猛毒に冒されて全身が痙攣し、呼吸困難に陥って死にかけた。

 レインの聖法術が間に合って命を繋いだところだ。

 

「これほどの聖法術を……凄いなレインは……」

 

 傷痕が消えた脇腹を撫でて、ロンディーヌが長衣の前を合わせた。

 

「大丈夫です」

 

「えっ?」

 

「あいつらは襲って来ません」

 

 レインは、化け物達の動きを見ながら呟いた。

 

「レイン、それはどういう……?」

 

「理由は分かりませんが……ここには、近づいて来ないようです」

 

「そうなのか?」

 

 ロンディーヌが周囲を見回した。

 

 2人が隠れているのは、遺跡の残骸の陰だ。

 複数体の化け物に追い回され、崩れて傾いた石壁の下にある隙間に逃げ込んだまま、身動きが取れなくなっている。絶対絶命の状況なのだが、どういうわけか触手の化け物達に襲われないまま静かな時間が過ぎていた。

 

「ここに何かある感じはしませんけど……」

 

 レインはこけむした石壁を見回し、背後の暗がりに目を凝らした。

 付近に、瘴気塊は無い。地脈のような霊力の高まりなども感じられない。

 

(でも、何かあるんだな)

 

 だから、化け物達が近づいてこない。

 執拗しつように追い回してきた化け物達は、レイン達を見失ったかのように動きを止めて、キョロキョロと多眼を動かして辺りを見ていた。

  

 化け物の何体かは、レイン達がよく見える位置に居座っているのだが……。

 

「このまま下がりましょう」

 

 レインはロンディーヌを促して後退あとずさると、後ろ向きに崩落した石壁の下へ入っていった。 

 

(こっちが動いても反応しない)

 

 どうやら、本当にレイン達を見失っているようだ。

 レインとロンディーヌはちらと視線を交わし、後退るのを止めて後ろを振り返った。

 

(何もない……かな?)

 

 少しくぼんだ地面から、瑞々みずみずしい下草が生えている。奥は、崩れた石壁が塞いで通れない。 

 

 

 ……<霊観>

 

 

 レインは、再び術技を使って周囲を調べてみた。

 先ほども使った時は、これといってめぼしい物は見つからなかったが……。

 

(……ん?)

 

 草が生えている辺りの窪地くぼちが二重に歪んでいた。

 

(霊力が乱れた?)

 

 一度、<霊観> を切って肉眼で見てみる。

 

「何かあるのか?」

 

 ロンディーヌがレインの横顔を見た。

 

「う~ん……」

 

 小さく首を傾げつつ、レインは再度 <霊観> を使用した。

 

(……やっぱり、あそこだけが歪む?)

 

 よくよく注意をして見ないと分からないが、生えている下草の茎が肉眼とは少しズレて見える。

 

「何か……おかしいです」

 

 レインは背後を振り返って、触手の化け物達が動いていないことを確認してから、下草が生えている場所へ近づいていった。

 

「その草がどうかしたのか?」

 

 ロンディーヌが訊ねる。

 

「草が……」

 

 レインは"折れた剣"の先で、草を押してみた。

 

「ぁ……」

 

 ロンディーヌが小さく声を漏らした。

 "折れた剣"が草を素通りして抜けたのだ。

 

「幻……幻影か」

 

「そうみたいですね」

 

 草に触れた感触はない。精巧な幻を見せられていたようだ。

 

「だが、何のために?」

 

 ロンディーヌが当然の疑問を口にする。

 

「……何かを隠すため」

 

 レインは、草の幻影がある場所に"折れた剣"を突き立てた。

 

 

 ……ガッ!

 

 

 剣を握った左手に、硬質な衝撃が返る。

 一瞬、幻影が揺らいで半透明の板が現れ、すぐに下草が生えた地面に戻った。 

 

「……魔導認証!?」

 

 ロンディーヌが興奮気味に身を乗り出した。

 

「まどうにんしょう?」


「先ほど見えた硝子ガラス板のような物だ。古の魔導文明が遺した設備……施設の出入り口を施錠している魔導鍵……だと考えられている」

 

「魔導の鍵ですか」

 

 レインは、手の平で触れてみた。初めは、土のような感触だったが……。

 

(触れた感覚まで惑わす幻影なのか)

 

 そこに、"硝子ガラス板のような物がある"と意識をすると、土に触れている感触が失せて、ヒンヤリとした硬い板が感じられた。

 

「これを開ける魔法があるんですか?」

 

 レインは、ロンディーヌを見た。

 

「魔法錠のたぐいかな?」

 

「……霊力を流してみます」

 

 レインは、練り上げた霊力を注いでみた。

 しかし、何の反応も起こらなかった。

 

「私の魔力が回復するのは、まだ先だ」 

 

「う~ん……」

 

 レインは腕組みをして唸った。

 <剛力> を限界まで重ねれば、"折れた剣"で打ち破れるかもしれない。

 

「これが扉なら、中に古代の人間が居る……施設だったということになるな」

 

「こんな縦穴の下に? 昔の人は地下に住んでいたんですか?」

 

「……何か……天変地異があって埋もれたのかもしれん」

 

「ふうん……でも、そうか。これが扉なら、鍵がなくても内側から開けられるようになっていますよね?」

 

「うん? まあ、そうだろうな」

 

「それなら……」

 

 レインは、<霊観> を硝子ガラスのような板に凝らした。

 

(う……)

 

 細緻な模様のような導線が、びっしりと刻まれている不思議な板だった。

 

(法陣の霊力導路とは違う……変わった流れだ)

 

 レインは、霊力を板の中の導線に纏わせて識別しながら、一つ一つの流れを確認していった。導き出される効果は、魔法や霊法の導路とは異なるが、なんとなく想像できる。 

 

(質と圧を決めて、メス型を形作っているんだな……オス型は固定魔力を放射する魔導具? ふうん……)

 

 表層の"鍵"は、規定された質と圧の魔力を正確な位置に当てることで解除できる。

 

(次の"鍵"は……回転)

 

 第二の"鍵"は分かりやすかった。ただ、回すものが円形ではなく球形をしていた。回転させる角度と量が幾通りもあり、順番も大切なようだった。

 幸いなことに、注ぐのは"霊力"と指定されている。

 

(……"鍵"が無いと大変だけど)

 

 落ち着いて調べれば解くことは難しくない。

 

(3つ目は……えっ?)

 

 レインの眉根が寄った。

 第一と第二の"鍵"が解錠された時点で、"門番"がやって来て扉の施錠を解く……そう記されていた。 

 

(門番? そんなの何処に……)

 

 <霊観> で見る限り、扉の向こう側に、動いているものは存在しない。

 

(まさか……)

 

 レインは、背後を振り返った。

 外に集まっている触手の化け物が"門番"なのだろうか?

 

「レイン、何か分かったのか?」

 

 ロンディーヌが小声で訊ねてきた。

 

「……そうですね。まあ……」

 

 レインは、手の平で触れている板に視線を戻した。

 

「開けてみます」

 

 このまま、この狭い場所に籠もっているわけにはいかない。

 

(第一は、魔力……)

 

 幸い魔力量は必要としていない。練気で魔力の質と圧を調整するだけでいい。

 魔力の総量が少ない分、繊細な操作には長けている。

 

(これくらいかな?)

 

 規定されたメス型に合うよう、魔力の質と圧を調整して放射する。

 

 

 ……ブン

 

 

 羽音のような低い音が聞こえて、手の平を置いた板が淡い光を帯びた。

 

(第一鍵の解除……確認)

 

 次は、霊力で回転球を動かす"鍵"だ。

 

(全部で、9通り……)

 

 霊力を操って、球体を思い浮かべながら慎重に転がしてゆく。

 

 

 ……ポ~ン

 

 

 いきなり、ぎょっとするような大きな音が鳴った。

 思わず身を固くしたレインとロンディーヌが周囲を見回す。

 

「"鍵"が……第二の"鍵"が開いた音みたいです」

 

 レインは小さく息を吐いた。

 

「本当に、これを開けることができるのか? 魔導文明の扉なのだぞ?」

 

 ロンディーヌがレインの横顔を凝視する。

 

「これを開けないと、外の化け物が去るまで、ここで生活することになります」

 

 レインは、<霊観> の範囲を拡げながら"門番"の登場を待った。

 触手の化け物に動きは見られない。

 

(他に何も居ないけど……"門番"は何処に?)

 

 内心で首を捻った時、

 

 

 ……キンコ~ン!

 

 

 奇妙な音が鳴り響き、レインとロンディーヌの足下から円柱状の光が立ち上った。

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