第29話 古代の遺物
「アイリスさんから手紙?」
レインは、上から降りてきた
『いいや、どこへ飛ばされたのか見ておかないと、使いの役目を果たせないからね。確認のために追いかけてきたんだが……ふむ? ここは、人間の国……カゼイン帝国とノイゼン王国の境にある古代遺跡だね』
執事服の黒猫が、微かに鼻をひくつかせながら言った。
「カゼイン帝国の国境にあるってこと?」
『まあ、そうだね。悪夢を見せる瘴毒に覆われるから、人間はこの辺りを"嘆きの樹海"と呼んでいるそうだ』
「嘆きの樹海……悪夢を見せる霧?」
レインは、ロンディーヌが居る部屋を振り返った。
『当人が一番思い出したくない……忘れたい記憶を
「悪夢を防ぐ方法は?」
『君には、瘴毒なんて効かないよ?』
「僕じゃない」
『ふむ。あちらの娘さんか……』
「トリコ?」
『人の子にしては、魔力がとても多いね。魔力を
「聖法術の結界や防壁なら防げる?」
一応、部屋の周りには聖法術による簡易な結界を張ってある。
『一時的に軽減できる……だが、やがて侵食されるだろう』
「じゃあ、どうすれば?」
『君は、ここに住むつもりなのかね?』
「えっ?」
『さっさと、ここから連れ出したらどうかね? その後は、聖光を使って身体の中に巣くった瘴毒を浄滅すれば良い』
瘴毒が及ばない場所へ移動することが、一番の対処方法だということだ。
「霧の範囲は?」
『かなり広いし、昼夜で移動するようだが……色付きだから見れば分かるんじゃないかね?』
「樹海の外に出たら、悪夢は見なくなる?」
『毎夜見るということはなくなるだろうね』
「それなら……」
今すぐにでも、ここを離れた方が良い。
身を
『何か来たね』
「変な気配……」
意識の大半を向けていないと居場所が分からない。微少な気配だった。
一つだけだが、危険な気配だった。
争わずに済むのなら、このまま距離を取って逃れたいくらいに……。
(これは……絶対、人間じゃない)
緊張しつつ、相手を刺激しないように、ゆっくりとした足取りで部屋へ戻った。
「レイン?」
戻ってきたレインを見て、ロンディーヌが立ち上がった。
「危険な奴が居ます」
レインは、人差し指を唇に当てて見せた。
「……私には分からないな」
ロンディーヌが
「さっきまで居ませんでしたから……どこからか、やって来たんでしょう」
先ほどの"鼓音"に誘われたのかもしれない。
レインは鞄を背負うと、"折れた剣"を手に斜め上方から動かない気配に意識を向けた。
(トリコ?)
黒猫の姿が消えていた。
『これは、ちょっとした驚きだね』
どこからか、
(なにが?)
『古代の魔導生物だ』
(……なにそれ?)
『そのまんまさ。古代の……魔導国が栄えていた頃の産物さ。まだ動く個体が残っていたとはね』
(そんなのが、なんでここに?)
『言っただろう? ここには、古い遺跡群があるんだ。どこかで眠っていたんじゃないかな?』
(襲ってくる?)
『分からない。話に聞いたことがあるだけで、実物に出くわしたのは初めてだからね』
「レイン?」
「……何となく、このまま見逃してくれる気がしません」
ロンディーヌを背に
『動くよ』
「ぅ……あっ!?」
何かが正面から迫った。そう感じた瞬間、レインはロンディーヌを押しのけるようにして"折れた剣"で受けた。
ヂュイィィ……
手元で異様な音が鳴る。
直後、後方へ抜けたものがレインの背中めがけて舞い戻る。
……<剛力>
霊法の術技を使用し、不十分な体勢のまま打ち払った。
ギュイン……
嫌な擦過音を響かせて、それが上方へと戻っていった。
屋根板や石壁を紙のように突き抜けて穴を開けている。凄まじい貫通力だった。
「レイン!?」
「遠くに届く……強い魔法を撃てますか?」
背に庇ったロンディーヌに声を掛けながら、レインは足裏で床を軽く蹴った。
霊法陣がレインの足下に幾重にも展開されてゆく。
「炎槍なら……おおよその方向を指示してくれれば放てるぞ」
「じゃあ、それの準備をお願いします」
「分かった!」
ロンディーヌの返答に重なるように、レインの正面から螺旋の突起物が飛来した。
今度は、眼で追うことができた。
(……念動で縛れない)
レインの操る異能では、勢いを減衰することさえできなかった。
「せぃっ!」
レインは、気合い声を放って"折れた剣"を振り下ろした。
同時に、<剛力> を重ねている。
ギィィィン……
硬質な衝突音と共に激しい閃光が飛び散り、打ち落とされた飛来したものが床に転がる。
(
白っぽい石のような質感をした螺旋状のものだった。
床に転がったものを一瞥し、レインは <霊観> の範囲を拡げた。
(……
風船のようなものから、吸盤が付いた無数の触手が生え伸びている。
(違う……何だ?)
風船のような部位に、人間と同じような形をした"眼"が八つあった。
「レイン、待たせた」
ロンディーヌが
「この先に!」
レインは"折れた剣"で、触手の化け物を指し示した。
間髪を入れず、
「
ロンディーヌが声を発した。
レインの肩越しに突き出したロンディーヌの手の平を中心に、円形の魔法陣が顕現し、紅蓮の光を放つ。
瞬間、魔法陣の中央から、人の背丈ほどある円錐状の炎柱が撃ち出された。続けて、2発、3発……と連続して射出される。
炎槍が天井を破り、石壁を破壊して、触手の化け物が居る辺りに吸い込まれる。最初の一本は外れたが、次の炎槍は触手に、その次は風船状の膨らみに命中したように見えた。
炎槍が当たった箇所は焼けて崩れているようだったが……。
(効いてる? でも……)
触手の化け物は、避ける様子もなく、無数の炎槍をその身に受けながら、まだ焼けていない触手を振り上げた。
(……来る)
レインは"折れた剣"に仕込んだ法陣に霊力を注いだ。
建物を突き破った無数の触手が、レインとロンディーヌめがけて迫ってきた。
「次を準備しようか?」
炎槍を撃ち終えたロンディーヌが
「逃げます!」
レインは全速力で飛翔した。
追いすがる触手が廊下の石壁を打ち砕き、方々を貫きながら迫る。
(……
ただ速いばかりでなく、自在に方向を変えることができるらしく、レインが回避した方向、回避しようとする方向へ追尾し、先回りをしてくる。
「……ロンディーヌさん?」
魔力の高まりを感じて、レインはロンディーヌを振り返った。
「相手の位置が分かった。別の魔法を使ってみる」
念動で抱えられることに慣れたのか、忙しく左右に揺すられながらも、ロンディーヌが両手を胸の前で合わせて魔法を準備していた。
「分かりました」
頷きつつ、足下から迫る触手を避ける。すれすれを掠めた触手から無数の
……<金剛身>
咄嗟に術技を使って
(危なかった!)
ぎりぎりのところで、ロンディーヌを狙う触手を斬り払うことができた。
代わりに、レイン自身は何本かの
「レイン!?」
「大丈夫です」
まだ<回復> を使うほどではない。<金剛身> の効果で、皮膚を浅く裂かれた程度で済んでいる。
(……触手の焼けたところが少し盛り上がってる。たぶん、再生するんだな)
様子を観察しながら、レインは触手の化け物の至近に閃光を発現させた。狙い通り、化け物が八つの目を閉じる。
「今です」
「……
レインが脇へ退くと同時に、ロンディーヌの手元に浮かんだ魔法陣から紅蓮の炎が噴射された。
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