第13話 道占い

 

『レイン……』

 

 懐かしい声が呼びかけてくる。

 

(ん? もう、朝?)

 

 レインの意識がぼんやりと戻ってきた。 

 

『レイン……さっさと起きなさい!』

 

 叱咤の声が耳朶じだを打つ。

 

(……えっ!?)

 

 レインは大急いで飛び起きた。

 

「お、お祖母ちゃん!?」

 

 慌てて周囲を見回したレインだったが……。

 

(あれ? ここは……)

 

 青々と茂った草の間に寝ていたようだ。

 

(……さっきの声……夢だった?)

 

 ため息を吐きつつ、レインはあらためて周囲の様子を確かめた。

 

 広々と開けた丘陵地のようだった。

 レインの膝ほどの丈がある草が、強い風に押されて草が大きく傾いでいる。

 

(ちょっと寒いな)

 

 そう思いつつ、ふと自分の着ている衣服に気が付いた。

 

(あぁ……)

 

 マニルという神官と会った時の白い衣服のままだった。

 それまで着ていた服と"折れた剣"を残したまま、アイリスに飛ばされてしまったのだ。

 

(……取りに戻りたいけど)

 

 どこへ行けばいいのやら……。

 

 レインは、草に覆われた丘陵地を見渡してから空を見上げた。

 

(……ん?)

 

 わずかに、レインの眉根が寄る。

 眩い太陽の中に何かが見えた。

 瞬間、レインは真横へ身を投げ出すようにして転がった。

 

 

 ジャッ……

 

 

 直後、草間を掠めて何かが過ぎる。視界の隅を、切断された草と地面の小石が舞い散った。

 

(鳥?)

 

 過った一瞬の飛影は、大きな鳥のようだった。

 

(いや……なんか違う)

 

 レインは姿勢を低くして左手を地面についた。

 

(頭が二つ? 蜥蜴トカゲみたいな尻尾……)

 

 飛影を目で追いながら、霊法の術陣を地面に描いてゆく。

 初めて見る怪物だ。

 だが、怪物の襲撃には慣れている。軽く驚きはしたものの、おびえは無い。

 

 ……<霊観>

 

 上空を旋回する飛影を目で追いつつ、周囲を霊力で観る。

 

(……ん)

 

 地形も生えている草も、吹き抜ける風も……すべて肉眼で捉えたままの姿形をしている。幻術の中に居るわけではないようだった。

 他に襲ってくる存在は感知できない。とりあえず、上空の怪物に集中しても大丈夫そうだ。

 

(鳥と蜥蜴が合わさったような……変な怪物)

 

 馬や牛くらいなら一呑みにしそうな大きな鳥だった。翼は羽根に覆われているが、尾翼がある辺りから、長い蜥蜴の尾のようなものが2本伸びていた。

 

(……来る)

 

 上空を旋回していた怪物が、レインめがけて急降下を始めた。

 

(さっきと同じように襲うつもり?)

 

 レインは、地面にうずくまったまま直上から降下してくる怪物を待ち受けた。

 

(何かやってくるのかな?)

 

 ぎりぎりまで回避を我慢しながら、レインは怪鳥の変化を待った。

 

(……ただの突進?)

 

 レインの頭上で翼を広げて姿勢を変え、大きな鉤爪でレインに掴みかかってくる。

 

 直後、

 

 

 ……カァーン……

 

 

 鋭く乾いた"つつみ音"が鳴った。 

 先ほど地面に描いた霊法の術陣が発動した音だ。

 

 

 ケエェェェェ……

 

 

 怪鳥が叫び声を放った。両脚の付け根辺りの腹部をごっそりとえぐりとられて失っている。普通の生き物なら致命傷だ。

 

(でも、平気で動き回る魔物がいるから……)

 

 レインは、半狐面"三日月みかげ"を顕現させた。

 

(……念縛)

 

 両翼を羽ばたかせて飛び立とうとする怪鳥を異能で縛って地面に留める。

 

 

 ……カァーン……

 

 

 再び、"鼓音"が鳴った。

 多重に仕掛けてある術陣が発動したのだ。

 絶叫をあげて暴れようとする怪鳥が身動き一つできないまま……。

 

 

 ……カァーン……

 

 

 ……カァーン……

 

 

 レインが埋設した"破砕"の術を浴び続ける。

 

(あ……)

 

 幾度目かの"破砕"の鼓音が鳴った後で、怪鳥の巨体が黒い砂粒のような物に変じて崩れ始めた。

 

(魔瘴の生き物だったのか)

 

 レインは、半狐面を解除した。

 

 あっけなく片がついてしまった。もっと長い闘いを覚悟していたが、ドリュス島の魔物と違って欠損した体を再生することができなかったようだ。

 

(結局、鳥なのか蜥蜴なのか分からなかった)

 

 風に吹かれて散ってゆく瘴気の黒粒を眺めながら、レインは空を見回したが他には見当たらなかった。

 

(ここ、どこだろう?)

 

 振り返れば、遙か遠くに雪を被った山が見える。他は、どこまでも続く広大な草原だった。

 

(……ん?)

 

 微かな気配を感じて、レインは背後を振り返った。

 同時に、半狐面みかげを顕現させている。

 

『レイン様……』

 

 どこからともなく、女の声が聞こえてきた。

 

(……神官さん?)

 

 精霊神に仕えているという女神官の声だった。

 

『はい。メリア海から声を届けております』

 

(そんなことができるんですね)

 

『お忘れ物がございましたのでお届け致します。今、お忙しかったでしょうか?』

 

(え? いえ……特に何も)

 

 レインは、地面に散った黒い瘴気の結晶を見ながら答えた。

 

『では、しばし、そのまま動かずに……レイン様をめがけて転送致します』 

 

(……はい、分かりました)

 

 レインが頷いた時、すぐ目の前の地面が淡く光り、ドリュス島で着ていた神官服と"折れた剣"、見覚えの無い茶色い背負い鞄が現れた。

 

(あれ? 鞄は、僕の物じゃないです)

 

『その背負い鞄は、かつてメリア海を訪れた人間の旅人が使っていた物を模して作ったものです。レイン様の旅にお役立て下さい』

 

 レインの疑問に答えるように、女神官の声が告げる。

 

(あの、ここはどこなんでしょうか?)

 

『人の世のことは存じ上げません。近くに人が住む場所などは見当たりませんか?』

 

(なんか、どっちを向いても草しかなくて……遠くにある山に行けば良いのかな?)

 

『そちらの状況は分かりかねますが、広い場所のようですね』

 

(……はい。もう……右も左も……草しか見えません)

 

 厳密には、風が吹きすさぶ草原には岩が点在している。数は少ないが、葉を散らせた低木もあった。

 

『それでは、道を占う術をお教え致しましょう』

 

(えっ……占いの術……道を占うんですか?)

 

えにしを探りますので、本来は人間にはお教えできない術なのですが、レイン様は精霊紋をお持ちですから問題ございません』

 

えにし……占術)

 

『お受け取り下さい』

 

 物静かな声と共に、再び目の前が光って目の前に小さな紙片が降ってきた。

 

(わっ……)

 

 レインは、風に吹かれて飛んできそうな紙を慌てて掴んだ。

 真っ白な紙の中央に、見慣れない模様が描かれている。話の流れからして、占術を習得するための紙のようだが……。

 

(あの、これは? どう使えば良いんでしょう?)

 

『呪符の紋に御身の霊力を注いで下さい。顕現に必要な量を満たせば、符に織り込んだ知識を会得することができます。精霊の占術より粗いですが、何かしらの役には立つでしょう』

 

(呪符に霊力……それなら僕にもできそうです)

 

 レインがほっと安堵の息を吐くと、

 

『それでは、よい旅路を』

 

 物静かな声と共に、気配が感じられなくなった。

 もう少し話をしてみたかったが……。

 

(何かの術を覚えれば、あちらの世界の人と話すことができるのかな?)

 

 レインは、半狐面"三日月"を顕現させた。

 

 ……<金剛身>

 

 ……<剛力>

 

 退魔法を重ね掛けする。瞬間、直上から巨大な飛影が覆い被さってきた。

 先ほどと同種の魔物が急降下をしてきたのだ。

 

 

 ガッ!

 

 

 レインは、掴み掛かってきた怪鳥の鉤爪を左手一本で受け止め、降下してきた勢いのまま地面へ叩きつけると、"折れた剣"を旋回させて怪鳥の2本の首を切断した。

 体を頑強にする <金剛身> と怪力を発揮する <剛力> 、異能の念動で"折れた剣"を操る合わせ技がきれいに決まった。思い描いた通りの結果だった。

 

 ……<回復>

 

 すかさず、傷んだ体を回復させてゆく。

 

(今くらいの時間でも、きついのかぁ……)

 

 霊法の重ね掛けをすると、わずかな時間でも体のあちらこちらの筋が切れてしまう。

 

(もっと何か……工夫しないと)

 

 レインは、小さく息を吐きながら"三日月みかげ"を消した。

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