第3話 流刑島の骸骨

(ここ……どこ?)

 

 気が付くと、レインは薄暗い部屋の中に倒れていた。

 

「ぅわぁっ!?」

 

 驚きが口をついて出る。

 レインのすぐ近くに、骸骨があった。

 いや、見回すとそこら中に人骨が散乱していた。

 天井が高い神殿のような館の中に、衣服を着た人骨が折り重なって散らばり、無数の髑髏ドクロが転がっていた。

 重そうな甲冑や盾、大きな斧槍なども落ちている。人骨に混ざって、骸骨の荘園で拾ってきた黒いお面があった。

 

(夢……じゃない?)

 

 しばらく、身を縮めたまま周囲を観察してから、レインは息を吐いた。

 

(生きてる)

 

 自分の体をさすり、手足を確かめる。

 

(服が濡れて……冷たいけど)

 

 どうやら生きている。

 ここに居るのは、壁面の小部屋で光に包まれた結果なのだろう。ボロを纏った骸骨の館とは別の場所にいるらしい。

 

(あの骸骨が追いかけて来るかな?)

 

 レインは呼吸が整うのを待って、ゆっくりと立ち上がった。板を敷き詰めた床には、あちこちに焦げた痕があった。

 奥に大きな暖炉があるのに、床板が焼けるほどの火を部屋の真ん中で使ったのだろうか?

 

(これは……神様の像?)

 

 少し離れた場所に祭壇のような場所があり、美しい女性の姿をした石像があった。

 右手に天秤を持ち、左手に波打った槍のような棒を握っている。

 

(どこかの神殿?)

 

 レインは、水が漏れて滴る天井を見上げた。

 その時、小さくお腹が鳴った。

 

(僕……お腹が空いた?)

 

 自分のお腹が鳴った事を不思議に感じた。刑場に繋がれていた時ですら空腹を覚えなかったのに……。

 

(でも、こんな所に食べる物なんて……)

 

 レインは、薄明かりに埃が舞っている館の中を見回した。

 他に部屋はない。

 石像だけがある建物だ。生き物の気配がまったく感じられなかった。

 

(……扉があるけど)

 

 しっかりとした造りの大きな扉はあったが、内側から掛け金をおろし、木板を打ち付けて塞いであった。扉の掛け金は、レインの力ではびくともしなかった。

 

 レインは、一通り建物の中を見て回ってから、石像の近くへ戻って座り込んだ。

 

(外に出られない)

 

 よく調べると、勝手口らしき小さな扉が見つかったが、そこも頑強に塞いであった。

 

(……天井からなら?)

 

 頑張って壁を登れば、天井の破れた部分から外に出ることはできそうだったが、今はその気力が湧かない。疲れ切っていて体が重かった。

 

(これから、どうしよう)

 

 レインは、膝を抱くようにして座ったまま、今日の出来事を思い出していた。

 次々に色々なことが起こり過ぎて頭が追いつかない。

 

(なんか……骸骨ばっかりだ)

 

 床に散乱した人骨を横目に、レインはため息を吐いた。

 空腹を感じていたが、それよりも心身の方が擦り切れそうだった。

 

(少しだけ……)

 

 少し気がゆるんだのか、レインは膝を抱えたまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 ******

 

 

 館の中に微かな寝息が聞こえ始めた頃、床に散乱していた白骨がカタカタ……と音をたてて震え始めた。

 床に落ちていた髑髏ドクロの空虚な眼窩に赤光が灯り、バラバラだった骨が繋ぎ合わさって、大きな骸骨人スケルトンになると、ゆっくりと左右に体を傾けながら、ぎこちない足取りでレインに向かって歩き始めた。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨が、口を開閉させて、小さな音を立てながら、骨の手を伸ばして眠っているレインの左腕を掴んだ。

 途端、レインが苦鳴を放って眼を覚ました。

 

「うあっ! あぁっ!」

 

 骨の手に掴まれた左の二の腕から白煙が立ち上っていた。

 凄まじい激痛がレインの体を痙攣させる。

 

「やっ、やめろ!」

 

 レインは遮二無二体を振り、足をバタつかせて逃れようとして暴れた。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨がレインを片手で吊り上げ、床めがけて叩きつけた。

 

「ぐっ……あっ!」

 

 レインは床を転がった。左手の肘のところが焼かれたように痛む。肌が黒ずんで煙を立ちのぼらせていた。

 

(また……骸骨……)

 

 あまりの激痛に顔を歪めながら、レインは後退った。

 

 

 カカカ……

 

 

 骸骨があごを鳴らしながら、後退って逃げるレインを追いかけて来る。

 

(いっ、いやだ! 来るな! 来るな!)

 

 骸骨がゆっくりと身を屈めると、レインめがけ大きく口を開いて覆い被さってきた。

 

 

 カツン!

 

 

 反射的に身を引いて避けたレインの鼻先で骸骨の歯が打ち合わされた。

 咄嗟とっさに近くに落ちていた骨を拾って投げつけたが、骸骨にはなんの痛痒つうようも与えられない。

 

(何か……何かない?)

 

 レインは必死に周りを見回した。

 

(……あの棒で)

 

 レインは、落ちていた木の破片を拾って、骸骨めがけて叩きつけた。

 しかし、骸骨が羽虫でも払うかのように手を動かしただけで、レインの手から棒が失われていた。

 

(あ……)

 

 手にした棒が黒ずんで腐り落ちている。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨が嘲笑あざわらうように下顎を動かした。

 レインは、武器になりそうな物を探した。

 

(あっ! あれって……剣!?)

 

 神像がある祭壇とは反対側、骸骨の後背に暖炉があり、積もった灰の中から剣の柄らしい物が突き出していた。

 

 レインは走った。

 骸骨を迂回して暖炉に向かって走ろうとする。

 

 

 カカカ……

 

 

 骸骨が、レインに向けて手を差し伸ばした。

 直後、骸骨の指先から赤黒い球が放たれ、レインの脇腹を捉えた。衝撃でレインの体が真横に弾け飛び、床上を転がって壁にぶつかって止まった。

 

「がっ……ひゅぅっ」

 

 脇腹で弾けた衝撃に身を折り、レインは床の上で痙攣していた。

 

(かっ、体が……)

 

 レインは苦悶の表情で転がったまま身動きができなくなった。痙攣するばかりで、手も足も動いてくれない。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨がゆっくりと体の向きを変え、倒れて痙攣しているレインを指さした。

 

(……なんなの、今の……)

 

 レインは、必死に体を起こそうとしたが、体が思うように動いてくれなかった。

 気持ちばかりが焦り、何とか動こうとして身をよじる。

 レインめがけ、骸骨の指先から赤黒い炎球が放たれた。

 

「ぎぃっ……あぁっ!」

 

 肉を灼かれる痛みに苦鳴を漏らし、レインは床の上を跳ね転がった。

 

 

 カカカ……

 

 

 骸骨が体を左右へ揺らしながら、ゆっくりと近付いて来る。

 

(う、動いて……動けっ! 動けっ!)

 

 レインは、四つん這いになって獣のように呻きながら自分の体を叱咤しったした。

 かれた痛みはあるが、痺れて重かった体に感覚が戻りつつある。じっと我慢していると、体を焼かれる痛みが和らぎ、手足の感覚が戻ってきた。

 

「ふぅっ……ぐぅ!」

 

 苦鳴を噛み殺し、レインは死に物狂いで立ち上がった。

 すぐさま暖炉めがけて走る。暖炉には剣がある。

 

 

 カカ……

 

 

 骸骨が先ほどの赤黒い球を放ったが、レインは暖炉の灰めがけ頭から飛び込んで回避した。 

 

(剣……剣は? どこっ!?)

 

 懸命に灰の中を手で掻き回して、剣の柄を探り当てると、レインは灰の中から抜き出した。

 子供の小さな手には大き過ぎる剣の柄だったが……。

 

「あっ……」

 

 レインは、左手一本で持ち上げた剣を見て暗然となった。

 剣は中程で折れていた。

 

(……そんな)

 

 レインは、暖炉の灰にうずくまったまま、近付いて来る大きな骸骨を見上げた。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨が嘲笑あざわらうように顎と鳴らしながら、手を伸ばしてレインが居る暖炉を指さした。

 直後、無数の黒い弾が放たれて、暖炉の組石を粉砕し、床石を抉って灰燼かいじんを噴き上げた。

 

 

 カカカ……

 

 

 骸骨が暖炉を見ている。

 舞い上がった灰が煙幕のようになってレインの姿を隠していた。

 大きな暖炉だが逃れる余地は無い。禍々まがまがしい黒弾は、確実にレインを撃ち抜いただろう。

 

 

 カカ……

 

 

 骸骨が頭部を傾けた。

 灰煙が収まってきた暖炉の中に、レインの姿は見当たらなかった。

 

 

 カカカ……

 

 

 ゆっくりと建物の中を見回した骸骨が、暖炉に近付いて行った。

 暖炉の灰は分厚く積もっていたが、子供が隠れられるほどではない。

 しばらく立ち尽くしていた骸骨が、ぎこちない動作で身を屈めると、暖炉の中を覗き込んだ。

 

 

 カカカカ……

 

 

 骸骨が賑やかにあごを鳴らした。

 立っていると見えないが、暖炉には煙突へ抜ける縦穴が開いている。小さな子供が入り込むには十分な大きさだった。

 

 骸骨は、髑髏の眼窩に赤光を宿らせながら器用に身を屈めると、真下から煙突穴を覗き込んだ。

 

 その瞬間だった。

 

「やぁっ!」

 

 煙突穴を覗き込んだ骸骨めがけて、レインが降って来た。

 折れた剣身を下に向け、剣の柄を抱え持って煙突口から飛び出してくる。

 反撃を予想していなかったのだろう。レインが抱えていた折れた剣は、髑髏ドクロの眉間をまともに捉え、分厚い頭蓋を突き破っていた。

 

 

 ガシャァ……

 

 

 硬質な破砕音と共に、頭骨を支えていた骨の体が崩れて暖炉の床に飛び散った。

 

 

 オオォォォォォ……

 

 

 腹腔を揺るがすような唸り声が響き、神殿がビリビリと鳴動し始めた。

 

(……く、苦しい)

 

 レインは剣の柄を握ったまま、全身を寒気に襲われて震えていた。

 黒々とした何かが骸骨から噴出して、レインを呑み込んで心身をさいなんでくる。レインは、半ば意識を朦朧もうろうとさせながらも必死に剣を握って耐えた。

 

 

 オォォォォォ……

 

 

 唸るような鳴動が小さくなり、神殿に静けさが戻った時、レインは逆手に握った剣を抱いたまま昏倒していた。

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