第9話

 僕の快眠は、一通の着信音で破られた。


 眠たい眼を擦りながら、スマホに目を向ける。


 電話の主は、奈弘だった。


「…………もしもし?」

「はー。あんたその声、さては寝起きね?」

「そうだけど………」

「もちろん、約束。忘れてないよね?」

 約束?……………………そうだった。今日は奈弘と映画を見に行く約束をしていたのだった。すっかり忘れてしまっていた。

「…………ごめん、今から向かう」

「今日は全部奢りだからね」

「承知しました」










 待ち合わせの駅前に着くと、不機嫌そうな奈弘が待っていた。


「遅い。映画、間に合わなくなっちゃう」

「本当にごめん。今日の服装、可愛いな」


 今日の奈弘は、白いドレスのようなワンピースを着ていて、いつもはおろしている自慢の髪の毛もポニーテール?にしてきている。そんな奈弘を見て、可愛いと思ったのは本当だ。まるで、舞踏会に来たシンデレラだ。


 ……………遅れてきたのは僕なんだけど。


「そ、そんなこと言っても、チャラにはならないからね!」と奈弘は綺麗な髪の毛をクルクルしながら、可愛らしく照れた。

「本当に間に合わないから急ぐよ!」

 奈弘は僕の手を引いて、歩いていく。元気になったようでよかった。









 時間通りに映画館に着くことが出来た。


 今日見るのは、今大人気の恋愛映画だ。

 若くして不治の病にかかってしまったヒロインと主人公の高校生たちが繰り出す最後の夏休み。その結末に号泣間違いなし。とのことだ。

 僕としては、映画代を払ったことによる金欠状態に涙が出そうだ。バイトでもしようかな。


 上映予定時間の数分遅れに席に着くと、お馴染みの予告と注意喚起が放映されている。

 隣の奈弘を見ると、それすらも真剣に眺めていた。



















『─────私のこと好き?』


『────もちろん、好きだ』


『ふふ。よかった。わたしね、みんなに愛されているうちに死にたいの』


『───そんなこと言わないでくれ。君のいない人生じゃ僕が生きている価値はない』


『─────知ってる?命の数は平等だけどね、命の価値は不平等なんだって。この前読んだ本に書いてあったの。それでね、思ったの。わたしにそれほどの影響はないんだって。私がいなくても、君の時計は回ってくんだよ』


『そんなこ『それでも!』


『……っ、それでも、わたしは生きたかった。君と、もっと、同じ時間を過ごしていたかった……っ!』












 横では、奈弘がすすり泣く声が聞こえる。

 これは人気になるのも頷ける。僕も隣に奈弘がいなかったら号泣しているところだ。








 最後のエンドロールが終わり、暗闇から少しずつ光が見え始める。明るさに目が慣れる頃には、各々帰りの支度をし始める。隣の奈弘は、目があかく、少し腫れていた。


「すごい、感動したね……っ」

「そうだね。目、冷やしにいこっか」

「そうする………」








 それから、近くの喫茶店に寄って、映画の感想を話し合った。あーだこーだと話してると、奈弘はまた泣いてしまった。こんなに泣けるのは、奈弘が優しい人だからに違いない。いい幼なじみをもったものだ。













「送ってくれてありがとう。明日こそ遅刻しないでよね」

「頑張ってみるよ」

 ついつい話し込んでしまって、辺りも暗くなったので、奈弘を家の前まで送り、僕も急いで家へと向かった。

 家では母親がソファーに寝っ転がってテレビを見ていて、ようやくそこで現実に引き戻された。





 今日はいい夢が見れそうだ。






 少し早いが、明日遅刻しないためにも、もう寝ることにした。



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