第10話(1)

 今日、僕は珍しく寝坊せずに、学校へと向かうことが出来た。昨日早く寝たのが、功を奏したのだろう。道中は、奈弘と昨日の映画の話題で盛り上がった。あれから奈弘は、小説版のもネットで注文したらしく、すっかりあの映画の虜になってしまっていた。


 玄関で奈弘と別れ、それぞれ自分たちの教室へと向かう。僕の席は、窓際の後ろから3番目だ。前の席の子は長らく学校に来ていない。噂によると、病気で入院しているらしい。

 素早く自分の席に座り、荷物の整理を始める。まだ周囲は、週末の出来事を話す、マウント合戦の真っ最中だ。


「なーなー、ちょっと聞いていいか?」

 カバンから、筆記用具を取り出そうと中をのぞきこんでいると、突然、前方から話しかけられた。

「………それは、僕に言っているのか?」

「お前以外に誰がいるんだよ。お前、面白いな」

 そう言うと彼は、控えめな声で笑った。

 よく見ると、彼はいつも陽キャの中心にいるクラスメイトだった。まあ、名前は知らないんだけど。


「そこまで仲良くない人に話しかけられたら、警戒するのも当然だろ?」

「たしかにな。俺は檜原 涼也ひのはら りょうやだ。そんでもって、お前は本村 千尋だ」

「ご親切にどうも。それで、いったい陽キャさんがなんの要件で僕なんかに?」

「ああ。まあ、俺はどうでもいいことなんけど、昨日3組の奈弘さんと映画館に行ってたか?」

 どうやら、昨日奈弘と出かけていたところを見られていたみたいだ。一瞬、誤魔化そうか考えたが、目撃者が1人とは限らないし、正直に答えることにした。


「行ったな。それがどうした?」

「………もしかして、付き合ってるのか」

「まさか。僕と奈弘じゃ釣り合わないでしょ」

「別にそんなことないけど……。まあ、付き合ってないならいいや。ごめんな、どうしても友だちが聞いて来いってうるさくてさ」

「別に、影でコソコソ噂されるより100倍マシだよ」

「……………お前、面白いやつだな。いつも本ばっか読んでるから、てっきり変なやつなのかと思ってたわ。あと怖いし」

「今の話のどこが面白かったのかわかんないけど、そんなやつに話しかける、君の方が変なやつだよ」

「卑屈なやつだな。なーなー今度さ「席に着けー、HR始めるぞ」

「やべ、じゃあまたな」

 彼は急いで自分の席へと戻って行った。嵐のような男だな。絶対ひとりっ子だろ。


 担任のHRの挨拶を右から左に聞き流しながら、今日は『 toi et moi 』にでも行こうかな。と放課後の予定に胸を弾ませることにした。






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