第8話

 家に帰ると、母が花瓶の花を取り替えている最中だった。

 母は、毎月23日に定期便で花を調達している。今月は『 ツリガネソウ 』を選んだみたいだ。花の持つ特有の香りが出迎えてくれた。


「あら、おかえりなさい」

「ただいま」


 靴を揃え、手を洗いに向かう。

 外の暑さと打って変わって、冷たい水が気持ちいい。


 リビングはクーラーが効いていて、外との寒暖差を感じ、少し、身震いする。

 ソファーに座り、テレビを付けると、今夏の暑さについて取り上げていた。今年は過去に例のない猛暑で、国のお偉いさんも警鐘を鳴らしている。その上で、環境に配慮した過ごし方を伝授してくれている。


『────ですから、地球温暖化に配慮して、エアコンの設定は、室温28度に設定することをおすすめします──』


 リビングのエアコンを見てみると、27度に設定されていて、母の若干の抵抗を感じる。


 取り替えが終わったのだろう。母も椅子に座り、最近、話題になっている芸人の1発芸を、くだらなそうに眺めている。


「………………ねえ、母さん」

「んー?どうした?」

「僕の名前の由来ってなんなの?」

「最近、急な疑問が多いわね」

「………俺の名前ってなんか女の子っぽいじゃん?だから気になって……」

「そうねぇー…………たしか、おじいちゃんが決めたのよね、『 千尋 』って」

「おじいちゃんが?」


 僕のおじいちゃんは、寡黙な人だ。僕が帰省したときも、あまり話さないで終わることが多い。だからか、そんなおじいちゃんが決めたとは意外だ。


「そうよ。『千尋にする』って譲らなかったんだから」

「へぇー………で、由来は?」

「うーん…………忘れちゃったわ。今度、おじいちゃんに会った時に聞いてみなさい」


 そう言って、さっきの1発芸よりも下らないギャグで、大袈裟に笑った。どうやら、もう話すつもりは無いらしい。


「………そうするよ」


 志半ばで話を切り上げ、部屋に戻ることした。


 部屋に戻り、今日出された宿題に取り組む。


 今日の宿題は数学だ。白紙のノートに数式を書き込んでいき、止まることなく解き終える。それを4、5回続ける。そうもすれば、さすがに手が止まってくる。


 僕はペンを置いて、一息つき、『 名前の由来 』について考える。



 ………あのおじいちゃんのことだ。思いつきだろう。



 そう結論づけることにし、残っている数問に取り掛かった。


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