出会い

 「やっと着いた……」


 たっぷり三〇分。下り続けてようやく到着した地の底は、思ったよりも明るかった。

 

 「でも、まだ廊下が続いてんのね……」


 辟易しながら真愛まなが呟く。

 そう。やっとの思いで底まで来たのに、お次は横に長く続いていたのだ。

 その上、ご丁寧に実験体まで配置されている。


 「当然見つかっているか」


 剣を抜き、渦巻く風を纏わせるセシリア。

 配置されている実験体は二人。二メートル近い長身と筋骨隆々の体、手にはその体躯に見合った巨大な斧とメイスをそれぞれ持っている。

 ゆっくりと歩きながら、ズルズルと得物を引きずる。鈍い金属音が、長い廊下に不気味に響く。


 「ウゥオオオオオ!!」


 いきなりギアを上げたように、男の一人がメイスを振り上げ走り出す。

 巨大な金属の塊であるメイスは壁や天井を擦って火花を散らす。


 「力任せの攻撃などッ!!」


 空気が震えるほどの金属音を響かせて、両者の得物が激しくぶつかる。

 一瞬だけ膠着したが、すぐさまセシリアの剣から巻き起こった竜巻が男の巨躯を持ち上げて弾き飛ばす。

 だが男も宙を舞ったまま手にしたメイスを振り回す。

 竜巻の拘束を強引に引き千切って、その勢いを残したまま床へと叩きつけられるメイス。

 一回りは膨らんだように見えた筋肉から放たれたその一撃は、床をへこませるだけには収まらず、三〇センチ近くも陥没させてしまった。


 「げ……なんてバカ力なのよ……」


 「ガァオオオオ!!!」


 驚いている余裕などなかった。

 横から、もう一人の男が斧を横薙ぎに振るってくる。

 空気を斬り裂く音すら聞こえるような凄まじい速度。

 一撃で両断されるような威力だが、真愛まなには当たらなかった。

 身を屈め、頭上を振り抜ける斧を見送るとそのまま男の懐に潜り込む。


 「ちょっと甘いかな?」


 ズバンッ!! と空気が爆ぜるような音と共に男の体が優に五メートルは吹き飛ぶ。

 猛烈な衝撃が体の内側を駆け巡り、受け身を取ることも出来ず無様に床を転がってぐったりと動かなくなる実験体の男。

 

 「動きが単調なのよね」


 柔よく剛を制すといったところか、真愛まなはもう片方の男へと視線を戻した。

 今まさに、そちらも片がつくところだった。


 「やはり遅いな、もう少し筋肉の使い方を覚えた方がいい」


 風を纏った強烈な斬撃。だが、それは目晦ましの囮。

 メイスで受け止めたところを、足に纏わせた突風が男の頭を強烈に揺さぶった。

 

 「ガ……ッア!?」


 一瞬だけ耐えた様子だったが、すぐに体をビクビクと痙攣させて仰向けに倒れ込んだ。


 「ふぅ……まったく、一体何人の実験体を造ったんだ?」


 男たちがすぐには動き出しそうもないことを確認しながらセシリアが嫌気がさしたように呟く。

 人間を使った遺伝子改造。通常、忌避されるべきその『医術』をスペディア帝国はお構いなしに実行している。

 心底嫌悪する所業だった。


 「……む、分かれ道か」


 男たちを降した後はしばらくは代わり映えしない光景だったが、遂に変化が訪れた。

 二股に分かれた通路。

 片方は舗装も塗装も剥がれてボロボロ。もう片方は今までの道と何ら変わりのない、無機質は白亜の道が続いている。


 「どっちに行く?……って決まってるか」


 真愛まなが足を進めようとしたのは、当然綺麗な方の道。

 誰がどう見たってボロボロの方はヤバいと分かる。そのまま地続きの道を行った方が安全というものだ。

 だから、そのまま真愛まなは一歩を踏み出した。


 「ッ!? 待て、止まるんだ!」


 叫んだが遅かった。

 真愛まなが足を進めた通路。その奥から淀んだ虹色の光が霧となって噴き出してきた。そして、その霧は巨大な手となって真愛まなの体を鷲掴みにして引きずり込んでいった。


 「マナッ!! くそ……なんだ、今のは?」


 まったく理解ができなかった。

 属性がなんなのか、その性質、特性。その何もかもがわからなかった。

 推測すらも思いつかない、淀んだ虹色の光。

 螺旋階段を降りているときも、一瞬だけ同様に光を感じた。


 「勇者の……実験体の力か?」


 その程度の推測しかできずにいたが、そんなことはどうでもよかった。

 今はすぐに真愛まなを助けに行かなければならなかった。同じように、霧の手に掴まれるかもしれないがそれならば彼女のところへとすぐに行けるから都合も良かった。

 なので、セシリアも綺麗な道の方へと足を踏み出そうとした――


 「ガ……アァアアアッ!!」


 「バカな……早すぎるぞ」


 今の今まで意識を失っていた男たちが、ゆっくりと立ち上がったのだ。

 まるで操り人形の糸を引っ張ったように。普通ではないような動きで立ち上がる。

 虚ろな瞳をセシリアに向けて、口をだらしなく開ける男たち。そこに、先ほどまでの威圧するような迫力は見られなかった。


 「どうなっている……? あれではほとんど意識も……」


 「ウゥ……アァアア!!」


 力なくも吠えながら、男たちはだらりと下げた腕に武器を持ちながら足を進める。

 その武器に淀んだ虹色の光を灯しながら、男たちはそれぞれ横薙ぎに振るう。

 放たれた斬撃と打撃。

 空間を歪ませるほどの破壊が、通路を埋め尽くしていった。

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