蠢く闇 part3

 「はぁ……はぁ……、ダルぅ」


 まだ先は長そうだというのに、だいぶ疲れてしまった。

 この先もこの調子が続くのかと考えただけで、足取りも重くなる。


 「ソイツ、一体何なの? あの勇者と同じ力っぽかったけど」


 意識を失った男。後ろ手に縛られて身動きを取れなくされた姿を見ながら真愛まなが聞く。

 淀んだ虹色の光。確かにこの男は、その力を行使してきた。もちろん、あの勇者とは全く比較にならないほど弱く、脅威にも感じないほどだったが。

 あれが、勇者の放ったものだったなら掠めただけで真愛まなの頭は吹っ飛んでいただろう。


 「一番下まで行けばわかるが……まぁいいか。そいつはな、遺伝子改造を受けているんだよ」


 「遺伝子改造?」


 「ああ、わざわざこんな場所まで来たのもそれが理由だ」


 そう言って語り始めたセシリア。

 湖で出会った勇者の、異質な力。そして彼女の放った「時間切れ」というワード。さらに、帝国が製薬会社と繋がっていたこと。

 その全てが、人体実験を行っていることを証明していた。

 人間の持つ遺伝子。それを歪めて、より強固な肉体へと変貌させる。

 こんな、地下深くに潜んでまで行わなければならなかったのが「それ」である。


 「うぇ……聞いただけでヘドが出そうな話ね」


 「勇者も、男も実験体だ。それに……また来たぞ!!」


 キラりと下方で光が見えた。それと一緒になって、人がまた跳んでくる。

 両足に、淀んだ虹色の光を纏わせて壁を蹴る。

 まるで、小さな部屋の中でスーパーボールを投げつけたかのように跳ね回っている。


 「イィィイイヤッ!!」


 またも奇声を上げて突っ込んでくるのは丸々と太った女だった。ベリーショートに揃えられた、あせた茶色の髪。こちらを睨み据える瞳は、異様に開かれて真っ赤な双眸を不気味に光らせている。

 肉のせいで短く見える腕には槍が握られ、その先には淀んだ虹色の光が怪しく煌めく。


 「舐めるなッ!!」


 跳ね回る、と言ってもその動きは直線的。

 セシリアは意に介さず、冷静にその軌道を読んで剣を振り下ろす。


 ギィイイン!!!


 思わず耳を塞ぎたくなるような、不快な金属音が螺旋階段に響き渡る。

 女は派手に階段を転げ落ち、やっと止まって立ち上がったその顔は血まみれだった。


 「動きが単調だな。その程度で私たちをれると思ったのか?」


 その言葉を挑発と捉えた実験体の女は、激昂したように唸り声を上げながら全身に力を込める。

 ビキビキと、音が実際に聞こえてきそうなほどに筋肉が隆起していく。普通ではなかった。

 人体の限界を大きく超えた、その現象に真愛まなはあっけにとられる。今の今まで、肉団子のようだった体がまるでボディビルダーのようになっていた。


 「ウォオオオオオオオ!!!!!」


 「ふん、言葉を失っているのか?」


 雄たけびを上げる実験体にも怯まず、セシリアは剣を構える。

 長すぎる刀身のせいで上手くは振れない。だが、先ほどの男のような高速の連撃でないのならやりようはある。


 「ガァアアアアア!!」


 「まるで魔獣だな」


 全身の筋肉を活かした突進。

 まるで、ダンプカーのような迫力で迫る実験体だがセシリアは慌てる様子もない。

 猛烈な勢いで駆け上がる筋肉の塊。それから伸びる二本の巨腕がセシリアの体を砕く寸前――

 真一文字に振り上げられた剣によって、実験体の女は真っ二つに両断された。

 片方はそのまま壁に激突して。もう片方は手すりを乗り越えて遥か地下へと落下していく。

 一切の躊躇のない、冷徹な斬撃。

 しっかりと、風の魔法で返り血も防いでいる。


 「うわ……マジ? 相手人間だよ……?」


 まるで機械だった。

 無駄のない、真っ直ぐな斬撃。相手が人間だろうとなんだろうとお構いなしに斬り伏せるその姿に、今更ながら怖くなってしまう。

 だが、セシリアはそんな真愛まなの視線も気にすることなく言ってのける。


 「これは戦争だからな。手心を加えればこっちが殺されるだけだ」


 殺したいから殺しているわけではない。

 殺さないで済むのなら、そちらを選択している。先ほどの男をそうしたように。

 だが、今回はそうも言っていられなかった。

 異質なまでの膂力では、拘束しても引き千切られるのがオチ。ぶつかり合っても勝ち目はない。ならば、直線的な軌道を利用して殺す以外の選択肢がなかったのだ。

 そこからは躊躇ってはいけなかった。迷いは自身の死を招く。ただひたすらに感情を消して、冷徹に斬り伏せるのみだった。


 「マナも、いよいよ覚悟はしておいた方がいいぞ。この先、私ではどうにもできない場面もあるかもしれない。そうなった場合には……」


 「ストップ」


 言いかけた言葉を無理やりに止める真愛まな


 「この国に来ることを決めた時点で、その辺は覚悟決めてるっての。ホントはヤだけど、もしもそんな時がきたら迷わない」


 できる限りは回避する。

 だが、それでも『戦争』に足を突っ込んだ以上は避けて通ることは不可能だろう。

 

 人を殺す


 今までは気絶までで済ませていたが、もうそうも言っていられなくなってきている。

 この階段を下りるたびに、それが現実味を帯び始めている。


 「だからさ、全部背負い込もうとしないでよね」

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